1-1 目覚めて1時間で薬草販売
仕分けテーブルに積まれた薬草とアイリスの記憶をながめて、売り出し方法を考える。
商品は薬草。品質は良い。金額も適正。顧客はほぼ常連。うーん、たぶんアイリスに同情している年配者ね。
アイリスのやり方じゃ、常連以外のお客さんに売れないのも当然だわ。まず、商品の見せ方が効果的でない上に、薬草屋としては衛生面で不安を感じるビジュアルね。それと……セールストークが弱すぎる、質問にもテンパってちゃんと答えられていない。これじゃ、どんなにいい薬草を売っていても売れないって。
再び前世の記憶がフラッシュバックする。
◇
オフィスの会議室。大型のディスプレイに映し出された商品企画。
「この商品、パッケージングを変えるだけで売上が18%は上がります。ターゲット層の心理を考えれば……」
次々とデータを映しながら、自信に満ちた声で説明する自分。
実物サンプルのパッケージ案を数種類見せると、クライアントの目が輝いていく。
プレゼンの手応えに、満足した笑顔の自分。
◇
記憶が薄れ、現実に戻る。
私が前世で勤めていたコンサル会社は、社員8名で、弱小……じゃなくて少数精鋭の会社だった。外資大手のコンサルから独立したやり手の社長がとってくる色んな案件に、いつも振り回される日々で、いつの間にか『何でも屋』のように、コンサル以外の仕事もやっていた。仕事漬けで不健康な毎日だったけど、刺激的で不満は無かった。若さゆえかもだけど……いやでもさ、なんでうちが、海外シンポジウムの運営なんてするの? ほんとあの無茶ぶり社長は……
薬草の売上を伸ばす、つまり、薬草売り場のコンサルと思えばいいのよね。
財務やM&Aは苦手だけど、戦略やマーケティングはそれなりの数をこなしてきた自信がある。
私は市場へ向かう準備を始めた。
「よし、これで準備オッケー! 市場へGO!」
玄関の扉に手をかけた。
「アイリスの薬草知識と、私のビジネス能力。この二つを組み合わせればイケるはず!」
自分に言い聞かせるように声を上げる。
扉を開け、石畳の路地に一歩を踏み出す。お昼前の柔らかい日差しに照らされた町並みが、輝いている。新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。荷車を引いて、アイリスの記憶を頼りに、市場へと向かう。前世の私ならともかく、やせ細ったアイリスの身体では、かなりの重労働だ。ハードな筋トレをしている気分。栄養失調の身体なのに……
市場に到着すると、そこは活気に満ちていた。色とりどりの野菜や果物が山積みにされ、新鮮な魚が水に浸かっている。肉屋の店先からは香ばしい臭いが漂い、パン屋の焼きたてのパンの香りが食欲をそそる。商人たちの威勢の良い掛け声が飛び交い、値段交渉する客の声も聞こえてくる。
私は市場の端っこに荷車を止めた。ここがアイリスのいつもの場所だ。周りの商店も、とっくに商売を始めている。かなり出遅れてしまったようだ。
「サクッと映える売り場を作らなきゃね」
前世の仕事で、花屋さんの店舗アドバイザーをした知識を思い出しながら、荷車から薬草の束や瓶を取り出す。何でも屋でよかった。
まず、大きな木の箱を中央に置き、その上に段差をつけて小さな箱を並べる。立体感を出して視線が上下に動くように配置し、お客さんから見やすくするのだ。
それぞれの箱に白い布を敷き、その上に乾燥させた薬草を種類ごとに分けて、風通しの良い籐かごに入れて置いていく。色彩的なバランスを考え、緑の葉物、赤や紫の花、黄色い根っこなどを交互に配置だ。後ろの段は、お客さまの目を引くように、色のグラデーションを意識して統一感を出した。
フレッシュな摘みたての薬草は、ガラスの瓶に水を入れて、霧吹きを行い新鮮さを演出する。
それぞれの薬草の前には、簡単な効能と値段を書いたPOPを置く。前世、日本育ちとしては、値段交渉は苦手だ。明朗会計バンザイである。
視線が最初に集まる140cm位の高さにかけた黒板には、今日のおすすめ薬草とその効能を簡潔に書き出した。「霞雲草:頭痛・熱に効果絶大!」「闇月根:不眠症にさようなら」 一目で効果がわかるはず。 鏡や照明の工夫は、現時点ではムリね。
「さあ、準備オッケー!」
満足げに自分の仕事を眺めていると、最初の客が近づいてきた。若いの女性で、少し疲れた表情を浮かべている。
「あら、かわいらしいお嬢ちゃんね。薬草売ってるの? これは、どんな効果があるのかしら」
女性が手に取ったのは、薄紫色の花をつけた薬草だった。アイリスの記憶が即座に反応する。
「はい、こちらは紫ブルーム草と言いまして、リラックス効果抜群なんです。葉っぱを寝る30分前に煎じて飲むと、ぐっすり眠れますよ」
前世の商談とプレゼンで鍛えたトークで、笑顔を絶やさず説明する。
「それに、この花の香りには気分を落ち着かせる効果もあります。枕元に置いておくだけでも、安眠を促してくれますので、2倍お得ですよ」
女性の目が輝いた。
「ほんとだわ。すごく落ち着く香りね。最近、眠りが浅くて困っていたの。これをいただくわ」
「ありがとうございます。それでは、3本で6銅貨になります」
女性が支払いを済ませ、満足げに立ち去る。
出発前、薬草の販売員として清潔な印象を与えるため、私は慎重に身支度を整えていた。
「アイリスの可愛らしさは武器になるわ。よし、これで完璧。清潔感よし! 華やかさよし! 健康的アピール……は、まぁこれからね」
クリーム色のブラウス、深緑のワンピース、その上に清潔感のある白いエプロン。鏡の前に立ち、ダークブラウンのロングヘアを丁寧に梳かし、編込みのハーフアップに結う。
庭に咲いていた小さな白い花をいくつか摘み、リボンと一緒に髪に飾った。昔は薬屋の看板娘だったのだ。華やかすぎず、でも人目を引くかわいらしい装いだ。
やせ細った身体は、ふんわりしたワンピースとふんわりさせた髪型で少しはカバーできていると思う。早速、声をかけられたし、作戦は成功ね。
すぐに次の客が現れた。今度は中年の男性だ。
「ねえ、お嬢ちゃん。ここにある薬草で、肩こりに効くようなものはないかな?」
「はい、もちろんございます!」
即座に答え、カゴから緑がかった根っこを取り出す。
「こちらの翠根草がおすすめです。お湯で煮出してお風呂に入れると、体の凝りがほぐれてスッキリしますよ。特に肩や首のコリには効果抜群です」
男性は興味深そうに根っこを手に取る。「ほう、そんな効果があるのか。使い方は難しくないかい?」
「いいえ、とても簡単です。この根っこを刻んで、布袋に入れてお湯で10分ほど煮るだけ。それをお風呂に入れて、15分ほど浸かっていただくと効果が出ます」
アイリスの知識と、前世の経験を組み合わせて丁寧に説明する。男性は納得した様子で頷いた。
「よし、じゃあそれを2つもらおうかな」
「ありがとうございます。2つで10銅貨になります」
こうして、次々と客が訪れる。私は笑顔を絶やさず、一人一人のニーズに合わせて薬草を勧めていく。
それにしても、アイリスの薬草の知識がすごい。記憶をたどると、毎晩、父親の薬草採取記録や書物を読んで、一生懸命に知識を増やそうと努力していた姿が浮かんでくる。自分が12歳の頃を思い出すと、マンガを読んでゲームで遊んでいた頃だ。
自分で自分の手を優しく撫でながら呟く。
「あなたはすごく努力家だったのに、接客が苦手でなかなか売れなかったのね、アイリス……あなたが努力して身につけてくれた知識が、今日、私を助けてくれているわ。ありがとう」
日が傾き始める頃、ふと気づくと薬草がほとんど売り切れていた。最後の客を見送り、やっとひと息つく。ふぅ、ほぼ完売ね。めっちゃすごいじゃない。えっと……84銅貨の売上げ!
うん。アイリスの最高売り上げが23銅貨だったことを考えると、驚異的な成果だわね。
でも、その喜びもほんの一瞬で終わった。
急に全身がズシンと重くなってきた……アイリスの体で、アヤメの調子で一日中動き回ったのが、さすがにきつかったらしい。足はガクガクだし、腕も上がんない。
「うっ……」
反省だね、これは。アイリスの体のこと、もうちょっと考えなきゃダメだなぁ。これからは、ちゃんと休憩を取りつつやっていかないとね。
帰り際、ふと屋台から漂う香ばしい匂いに惹かれた。串焼き肉だ。よく見ると、野菜を売る屋台もまだ開いている。今日は頑張ったご褒美ってことで、ちょっと奮発しちゃおっかな。
串焼き肉を2本と、新鮮そうな野菜を買い込む。ついでに、調味料も! アイリスの身体には久しぶりのお肉のはずだよね。
「うまっ! ビールほしい!!」
一口かじりながら、ゆっくりと家路についた。