1-11 芽吹く商売と芽吹かない種
後書きに、イメージイラスト(AI生成+加筆)を載せています。見たくない派の方は、後書きを下までスクロールしないようにご注意ください。
町の収穫祭が無事に終わり、朝晩が冷えるようになってきた。
つい先日、アシスタント君に「これからアイリスとして生きるから、これからはアイリス とお呼び」宣言したアヤメことアイリスである私は、ついに努力が形になる日を迎えた。
「いよいよ、新しい露店のお披露目ね!」
アシスタント君が今日の天気を教えてくれる。
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本日の天気予報:晴れ、午後から薄曇り
本日の売上目標:380銅貨
風は穏やかです。テント屋根は最大に広
げても問題ありません。
風は穏やかで、商品の固定も不要です。
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「いい感じ! デビュー日和だわ」
私はウキウキしながら、新しい台車をいつもの場所に設置した。真っ白な車体に、水色と白のストライプの屋根が可愛らしい。イメージぴったりの出来だ。今までの横幅1.5mの簡素な露店から、折りたたみ式で 2.5mまで広がる立派な露店へと変わった。貯めていたお金のほとんどを使い果たしたけど、それだけの価値がある初期投資だと信じてる。それに、めっちゃ気分が上がるし!
新しい露店を広げると、ディスプレイスペースも進化している。以前使用していた木箱から、水色の作り付けの棚に代わり、棚に並ぶガラス瓶に詰められた薬草の色彩が美しく映えていた。組み合わせ商品を入れる籐かごも新しく用意し、中に水色の布を貼った。全体的に統一感のある色彩で、以前よりも遥かに洗練された印象になっている。
「うんうん、これなら目を引くわね。お客さんは見やすく、私は取り出しやすくなったわ」
私の服装も、ローズピンクのワンピースと白いエプロンに衣替えだ。髪はツインテールに結って、同じくローズピンクのレースのリボンを結んだ。私自身もディスプレイの一部として新しい露店の雰囲気に合わせてコーディネートしている。
深い紺色にして高級感をだそうかとも考えたが、やはりこの『ピチピチ12歳』のかわいさアピールの方が売り上げに結び付くと計算したのだ。ジェンダー的にはアレだが、売上的にはコレが正解だろう。
実は、前世の私のクローゼットは、黒紺ベージュで埋め尽くされていたし、シンプルイズベスト主義だった。そういう意味で、ピンクのワンピなんてかなり恥ずかしかったけど、美少女アイリスにはめっちゃ似合っている。パステルピンクでなく、ローズピンクにしたのがせめてもの抵抗だ。今後は開き直って、ゴスロリワンピとか、顎下で大きくリボン結びするボンネットとか、是非是非チャレンジしていきたい所存である。うん、かわいいは、正義。
準備を整えると、大きな声で声掛けを始めた。
「おはようございまーす! 今日から新しい店舗でお迎えしていますよー。新商品『初冬の温暖セット』はいかがですかー!」
通りかかった男性にニッコリ微笑む。つられて男性も笑顔を見せ、興味深そうに新商品を手に取った。
「へぇ、店が大きくなったんだね。これは、どんな効果があるの?」
私は、自信を持って答える。
「こちらは、3種類の薬草をセットにしています。緋雫草は血行促進効果があり、体を内側から温めます。蒼炎草は消化器系の機能を改善します。そして、ミスヴェル草は風邪の症状緩和と抵抗力向上に効果があるんです。この三つを組み合わせると、体を温めながら 、冬に起こりやすい風邪や胃腸の不調を予防します」
鑑定と薬草辞典の知識を駆使したセールストークに、お客さんは納得した様子で薬草セットを購入していった。美少女スマイルで引き付け、丁寧な接客で売り上げに繋げる。計算通りの一人コンビネーションだ。
日が昇るにつれ、次々と声をかけられ始めた。常連客たちも驚きの声を上げている。
「アイリスちゃん、すごいじゃない! お店、おしゃれになったわねぇ」
常連のマリアおばあちゃんが声をかけてきた。おばあちゃんは少し涙ぐんでいる。一人ぼっちになった私をいつも心配してくれていた、大好きなおばあちゃんだ。
「ありがとうございます。今までよりいっぱいの薬草をご用意できるようになりました ! そういえば、今日はスタンプ10個目ですよね。次回は15%オフでお買い求めいただけます!」
おばあちゃんは喜んでいたが、私の頭の中では顧客生涯価値の計算が走っていた。それはそれ、これはこれである。
マリアおばあちゃんの平均購入額は週に30銅貨。15%オフで25.5銅貨になるけど、購入頻度が上がればすぐに相殺できるわ。それに、おばあちゃんは知り合いが多いから口コミ効果も期待できるもんね!
午後になると、市場の他の商人たちも興味深そうに私の露店を覗きに来た。
「おや、アイリス。随分と立派になったじゃないか。頑張ってる証拠だな!」
果物屋のおじさんが声をかけてきた。商売仲間に褒められのは、ちょっと恥ずかしい。
「はい、お客様により良いサービスを提供したくて……売り切れも多かったので」
「その意気だよ。若いっていいねぇ」
おじさんは笑顔で言った。私も笑顔でお礼を言いながら、心の中では商品開発のことを考えていた。
よしよし、市場のコミュニティの中での評価も上がっているわね。おじさんには、今度、ドライフルーツを安く卸してもらおう。ドライフルーツ入りの薬草茶も試してみる価値ありよね。ベリー類か、オレンジか、リンゴもいいかもしれない。楽しみ!
夕暮れ時、新装開店初日の商売を終えた私は、新しい露店を飽きずに眺めていた。売上は予想以上に好調で、新しい棚はほぼ空になっている。今日の売上は、目標以上の421銅貨だった。
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本日の売上は、平均と比べて68%増
加しています。新しい露店の効果が
顕著に表れていますね。
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アシスタント君がすかさずデータを教えてくれる。
「よかった。投資の元金は、予定より早く回収できそうね」
アイリスとして生きることを決め、今までどこかにあった元のアイリスへの遠慮が無くなり、いい意味で開き直れるようになった気がする。視界が遠くまでクリアになった感じだ。次は何に投資しようかな、実演販売できる器具かな、量り売りもありかもしれないなと考えながら露店の片付けを始めた。
市場に並んだ外国語の商品を、翻訳スキルで読みながら帰るのも、毎日の楽しみの一つだ。
「えっと……これは"ガルリア風チーズフォンデュの素"? おいしそうね!」
「こっちは"エルフの森の冒険記"……えぇぇ! エルフっているの?」
この世界の多様な文化を楽しみながら、新商品のアイデアを探す。
そんな中、美しいグラデーションの紺色の袋に目が吸い寄せられた。文字が金糸で刺繍されている。初めて見る露店だった。
これは見たことない文字ね。翻訳スキルで確認だわね……っと、これが特殊文字の『神聖ニナリア語』なんだ……『月詠草の種』……薬草なのかな?
「この袋の中を見せていただけますか?」
ちょっと変わった服を着て、白いひげを生やした外国人らしき店主が袋を開けると、三日月のような形をした種が現れた。
「珍しい種ね……」
「お嬢さん、お目が高いですな。そちらは古の賢者が育てていた特別な植物の種ですよ」
一気に胡散臭くなったぞ。賢者ときたか。しかも『いにしえ』って……。
念のために薬草辞典をそっと確認すると、ページはあるものの、各項目には『詳細不明』の文字が並んでいた。怪しさ満点な種に3銀貨は高いと思いつつも、購入することにした。 例え種がインチキだったとしても、この夜空色の美しい袋だけでも十分に価値がある。
家に帰ると、キッチン横の小さな温室のプランターに種を植えて水をやる。家の前の薬草畑は非力な今の私には厳しかったので、パントリーを温室もどきに改装し、ちょうど薬草栽培を始めた所だった。
「さあ、お水だよ~! 早く芽を出してね」
前世では、話しかけると植物は成長が良くなるとよく聞いたし、これからは、毎日、話しかけていこう。辞典が埋まる日がめっちゃ楽しみだー!
その夜、寝る前に恒例のステータス確認をすると、久しぶりにレベルが上がっていた
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【スキル】 緑知の指
(採取、鑑定、探知、調合、栽培)
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「栽培」の技能が新たに加わっていた。
なんでだろ? 今までもプランターで薬草を育ててたのに。うーん、月詠草がトリガーってこと? 謎すぎるけど、楽しみが増えたから、まぁいっか。どんな薬草かなぁ。
窓から差し込む月明かりを見つめながら、私は期待に胸を膨らませていた。
────しかし、この後、何年も芽を出さないことを、もちろんこの時の私は知る由もなかった。




