D缶データベース化計画
久しぶりのPDだ。
ダンポンにはいろいろと聞きたいことがあった。
ダンポンならば、異世界への行き方を知っているかもしれない。そうすれば、キングが何をしようとしているかもわかるかもしれない。
俺がそのことに気付いたのは家に帰って母さんに説教されてダンジョン禁止令が下った後だったが、姫は最初からその可能性には気付いていたらしい。
それでも聞こうとしなかったのは怖かったからだという。
異世界に行く方法を知ることじゃない。
キングが異世界に行くために子供たちを犠牲にしようとしたと知ることをだ。
既に姫の中では、あの黒のダンジョン攻略へのキングの関与は決定的だった。
しかし、それを知った時、つまりは姫がPDで修行をしている時、そのことは姫にとって全然嫌ではなかった。
姫は思っていたのだ。
ダンプルは悪である。
どうやったかは知らないがキングはダンプルと交渉し、自分の子どもたちを信じて、黒のダンジョンを破壊するためのメンバーに入れさせたのだという期待。
その期待は、もしかしたらキングの狙いは別にあるのではないかという不安を隠すためのものだった。
そして姫はダンプルに尋ねて、キングの目的を知った。
彼女にはその期待が泡と消えた事実を呑み込み、前に進むための時間が必要だったのだ。
それがちょうどこのテスト期間だったというわけだ。
という事情を、水野さんが来るまでの間に教えてもらった。
「タイラ、随分と久しぶりなのです。何をしていたのですか?」
ダンポンは相変わらずゲームで遊んでいた。
「テスト期間だったんだよ。それで、お前に聞きたいことがあるんだが」
「答えられないことが多いのですよ? でも、最近は甘い食べ物に飢えているので――」
「異世界――ダンプルのいた世界に行く方法について教えて欲しい」
口元が緩んだダンポンの表情が一気に引き締まった。
「教えられないのです」
教えられない。
知らないでもなく、わからないでもなく、教えられない。
それはつまり、異世界に行く方法が存在するということと同義だ。
「教えられないっていうのは、リソースが足りないってやつですか?」
アヤメが尋ねる。
「ダンプルと話をしたのです?」
俺たちは頷いた。
「はぁ……まぁ、少し違うのですよ。リソースっていうのは言うなれば資源なのです。たとえば僕が今遊んでいるこのゲームも僕のリソースによって作られたものなのです。他にもみんなの魔力を回復させたり武器を修理したりするのにもリソースを使っているのです」
「じゃあ、リソースがなくなればお前も――」
「確かにリソースがなくなれば僕は死ぬのですが、そこは問題ないのです。みんなが持ってきてくれるDコイン。あれを本体に渡すことでリソースは回復できるのですよ。そして、一部の情報はリソースを使って話をすることもできるのですが、異世界への行き方はリソースを使っても話せない事柄なのです」
「なんでそんなややこしいことになってるんだ?」
「僕たちダンポンも、黒のダンジョンにいるダンプルも本体はそれぞれ一つに過ぎない。残りは分体なのです。でも、分体といっても自分の意志はあるし、なんなら仲間同士で言い争いになることだってあるし、本体の意志に逆らうことだってできるのですよ。だから、分体には制限があるのです。異世界への行き方っていうのは、教えてはいけない制限の一つなのです」
おやつで釣っても頑なに教えてくれない情報がいろいろあったが、そういう理由だったのか。
「でも、キングさんはその行き方を知っている。誰から聞いたんだ?」
「知らないのです」
まぁ、そうだろうな。
ダンポンやダンプルの本体、もしくは情報の制限のかかっていない分体の仕業か。
自力で見つけたという可能性もある。
とりあえず、異世界に行く方法はある。
それが分かっただけでも良しとするか。
「じゃあ、さっそく始めるとするか」
と俺たちはD缶の方に行く。
今日これから行うのはD缶の解放条件をデータベース化して効率よくD缶解放を進めることだ。
アヤメが背負っていた鞄からノートパソコンを三台取り出して――
「なんでノートパソコン持ってきてるのですかっ!」
「手書きが面倒だから?」
「そうじゃなくて、ダンジョン内に機械は持ち込めないはずなのですよ!」
うん、普通なら持ち込めないよな。
でも、持ち込む方法を見つけたんだ。
というか、一度持ち込んでいた過去があった。
アヤメの腰巾着だ。
彼女はあの時、着替え終わってダンジョンから出てきた直後に俺にくっついて、誤ってPDの中に入ってしまった。
当然、スマホをどこかに保管したり隠したりする時間はなかった。
聞いてみると、やっぱりあの時アヤメはスマホを持ってPDの中に入っていたのだ。
どうやら、腰巾着スキルを使うと本来なら持ち込めない物品のダンジョン内への持ち込みも可能らしい。
本来PDに入れないはずのアヤメが入れた時点でイレギュラーなのだから、機械類を持ち込めたとしてもイレギュラーついでなのだろう。
「そんな方法で機械類を持ち込むなんて――ズルいのですよ。D缶を外に持ち出してそっちですればいいのです!」
その案もあったが、あの量のD缶を持って出て、鑑定して再びPDに持って入るのは面倒だった。
「まぁまぁ……今度美味しい物持ってきてやるからさ。何がいい?」
「泰良が一番美味しいと思うものがほしいのです」
俺が一番うまいと思うもの?
高級品とかじゃないと思う。
なんだろう?
「わかった。考えて今度持ってくるから、今日のところは許してくれ」
「……仕方ないのです。ただし、他のダンジョンにはあまり持ち込まないでほしいのです」
「わかったよ」
ダンポンの許可を貰った。
てことで早速データベース化開始。
ミルクとアヤメはそれぞれ既に付箋に開封方法をメモして貼っているものを入力していき、メモをしていない開封方法を俺が読み上げ、姫が入力していく。
「次、フルマラソン完走」
「え? 前にフルマラソン完走したわよ?」
「ん? あぁ、そういえば渡したな……あっちは必要俊敏値があるD缶で、こっちは俊敏値が足りなくてもいいみたい」
「一度に持って走ればよかったわ」
気付かなくてすまん。
しかし、おかしいな。
探しているものが見つからない。
「どうしたの?」
「いや、ダンジョンを破壊したら開くD缶があったと思ったんだが……ダンポン、開いてるD缶なかったか?」
「踏んじゃうと危ないから預かっているのです」
危ない?
剣かなにかだろうか?
確かにそんなものがその辺に転がっていると、下手に歩いて踏みつけたら大怪我に繋がる。
預かってくれたのなら助かる。
「今出せるか?」
「なのです」
「じゃあ出してくれ」
なのですが肯定の言葉になるのかどうかは無視してダンポンに要求。
ダンポンはそれを出してくれた。
それは剣ではなかった。
武器でもない。
というより、危険なものだと一目見てわからなかった。
それはスノードームのような置物だった。
半球のガラスの容器の中に、地球のような、でも地球ではない惑星が浮かんでいる。
【廃世界:かつてエルフたちが過ごした世界の成れの果て】




