琴瑟相和
「アレを使うぞ」
俺がそう言った。
前方にいる姫が頷いた。
後ろに目がないが、ミルクとアヤメも聞こえたはずだ。
「ほう、この期に及んでまだ奥の手があるのか。見せてみろ。そして、拙者を――」
天狗の台詞は最後まで続けられなかった。
どうせ、拙者を楽しませてみろ――とでも言うつもりだろう。
だが、そんな三流映画の台詞は要らない。
ギリギリの戦い? 死闘? 死地からの奇跡の逆転?
そんな物語はない。
ここからあるのは、ただのチートだ。
俺の剣と天狗のヤツデの葉がぶつかり合う。
だが、一瞬にしてヤツデの葉は真っ二つになり、被っていた服に浅い傷を作る。
「ぐっ、これは一体っ! だが、貴様の弱点は既に――」
天狗は新たにヤツデの葉を取り出して宙を舞うと、アヤメに向かっていく。
だが――
「悪いわね。ここは私の領域よ」
「貴様では力不足だっ!」
アヤメを守っていた姫の分身二体が天狗を迎え撃つ。
これまでなら姫の分身では確かに天狗の相手にはならなかった。
だが――
「疾風突き!」
「紅斬雨」
姫の短剣が天狗のヤツデの葉を弾き、さらにその肉体を突き、さらに鼻が大きく曲がった。
その動きはこれまでの比ではなく、天狗の眼では追いきれないほどの速度に達している。
もはや音速の動きだ。
「せ、拙者の鼻がっ!?」
「雷撃破」
「グガガガガガガっ! て、天狗の抜け道っ!」
アヤメの雷魔法で感電した天狗が逃げる。
距離を取った天狗に、ミルクが銃を構えた。
「解放:火薬精製、解放:熱石弾」
「またその術かっ!? だがそれは拙者には通じぬ!」
天狗暴風による風の結界とミルクの放った銃弾がさらに激突する。
そして、その銃弾は風の結界を打ち破り、天狗の肩に命中した。
咄嗟に急所を避けたようだが、
「これで終わりだ」
天狗の抜け道の後に天狗暴風――両方を使った現在、こいつに逃げ場はもうなかった。
「な、なんだ。貴様らは一体っ!」
「答え合わせはあの世でやってな」
応用剣術其之漆。
「疾風怒刀」
刃が風の如く切り抜け、元から赤い天狗の身体を真っ赤に染め上げた。
「……見事……也」
天狗はそう呟くと、その姿が青い魔石とヤツデの葉を残して消滅した。
ふぅ、手ごわかった。
「やったわね、泰良」
「泰良、お疲れ様」
「壱野さん、最後のカッコよかったです」
「ああ……あのスキルがなかったらヤバい相手だったよ」
スキル、琴瑟相和。
このスキルはパーティ内で同時に使用することにより、3分間、魔法の威力や、攻撃、防御、技術、俊敏等のステータスが上昇するというスキルだ。
二人同時使用で+20%、三人同時使用で+50%、そして四人同時使用で+100%。
クールタイムは1時間と、ここぞという時にしか使えないが、その効果は非常に高い。
ていうか、琴瑟相和はかなりのレアスキルらしいので、これを四つ揃えるとか普通に探索していたら不可能に近いだろう。
実際、データとして残っていたのは二人同時に使用した+20%までで、三人同時、四人同時使用のスキル効果は俺たちで使ってみて初めてわかったんだし。
「じゃあ、十階層に行くか」
「その前に、彼らに何か言ってあげれば?」
姫が言う。
彼ら?
と姫が指さす方向には壁があった。
そして、その壁いっぱいにコメントが書き込まれていた。
〔天狗撃破おめでとー!〕
〔日本を救ってくれてありがとう〕
〔ベータの最後の攻撃、カッコよかった!〕
〔ありがとう! 本当にありがとう!〕
〔もうダメかと思った。本当に無事でよかった〕
〔ありがとう〕
〔最高のパーティだ〕
〔彼らに国民栄誉賞を!〕
〔感謝〕
〔ありがとう!〕
〔ありがとう〕
〔デルタちゃん、結婚して!〕
〔天狗、お前は強かった。だが、それ以上に四人が強かった〕
よろこび、安心、感謝、御礼。
さまざまなコメントが壁一面にぎっしりと埋め尽くされている。
百人や二百人のコメントじゃない。
どうやら、コメントを書き込めるリスナーの人数が緩和されたらしい。
ダンプルの奴、敵のくせに粋な計らいをしやがるな。
ただし、ミルクに結婚申し込んでる奴、おまえは許さない。
〔uematsu:ありがとう。君たちは英雄だ〕
英雄……か。
そう言われるのは二度目だな。
でも、これだけ大勢に祝われるのは新鮮で、なんか嬉しいな。
「どう、泰良。いっそのことアバター外してみんなに素顔見せてみる? どうせ私たちが世界一の探索者になる頃は素顔バンバンメディアに映ってるんだし」
「それはまた今度な。そうだな、国民栄誉賞が授与されるときにはメディアに出演でいいんじゃないか?」
「え? 冗談で言ってみたんだけど、本当にいいの?」
もう今更だろう?
さすがに国民栄誉賞を受け取るのにアバターってわけにはいかないだろうし。
「確か、十階層の様子は配信されないんだっけ?」
「そうらしいわね。十階層には配信クリスタルが埋め込まれていないって言ってたわ」
「そっか。じゃあ、配信はこれで終わりだな。皆さん、最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。またいつか、今度は政府からの依頼ではなく、個人的に配信したいと思います。よろしくお願いします」
少し配信が面白くなった俺はそう言う。
さらに多くの感謝と期待のコメントをいただき、姫、アヤメ、ミルクの順番でお礼を言う。
そして、一通り挨拶が終わったところで、階段を降りて行った。
階段のその先にいたのは、一階層でダンプルが見せてくれた髑髏の形の石と、そして――
「まさかクリアされるとは思っていなかった。これは意外だな」
ダンプルが不敵な笑みを浮かべて待っていた。