告白
俺たちは生駒山上遊園地北のキャンプ場に移動。
ここも現在は一般人の立ち入り禁止で、現在はプレハブだらけになっていて、自衛隊の宿舎等の生活スペースになっている。
そのプレハブを一つ丸々借りた。
防衛大臣は隣のプレハブにいるから、答えが出たら声を掛けるようにと言って俺たち四人だけにしてくれた。
場の空気は重い。
最初に口を開いたのは姫だった。
「私はダンジョンに潜るわ。どうもダディがダンプルに目を付けられているのは間違いなさそうだし、娘の私が投げ出すわけにもいかないわ。でも、三人は私に巻き込まれただけ。断るのも好きにしていいわよ」
ミルクが続く。
「私も行くよ。パパはダンジョンから出てきた魔物によって呪いを受けたんだもん。魔物がダンジョンの外に出る危険性はわかっている。そんなの絶対に阻止しないといけない」
正直、この二人はこう言うだろうと思っていた。
二人とも責任感の強い女の子だ。
特に姫は彼女の父親が関わっているというのなら猶更放ってはおけない。
そして俺も――
「俺はいまからレベルを上げて来るよ。まだ二十時間くらいあるんだし」
「二十時間でできることなんて限られてるでしょ? それよりも――」
「俺の最後の秘密、姫とミルクには言うよ」
黙っていられる状況ではない。
俺は姫とミルクに話をした。
PDのことを。
PDの中は時間が100分の1の速度になるので、20時間修行したら2000時間分レベルを上げることができる。
魔物の出現率が5倍になるので、効率だけで言えばさらにいい。
「だから、20時間を修行の時間に使えば、レベルを一気に上げられると思う」
「泰良の強さの秘密はそこだったのね……アヤメは知ってたの?」
「……うん。今日、偶然知っちゃって。吸血ノミが使っていた腰巾着っていうスキルをラーニングして、それで壱野さんにくっついてPDに入っちゃったんです」
「くっついて? じゃあ、私たちも手を握っていけばPDには入れるの?」
「試してみるか?」
俺は目の前にPDの入り口を作った。
当然、そこに階段が現れたことは他の三人には見えていない。
俺は階段に一歩足を踏み入れた。
三人からは俺の足が床に沈んでいるように見えることだろう。
俺は姫に手を差し出す。
俺の手を姫は握った。
俺は階段を降りていく。
だが、途中で姫の足は階段を踏む事なく宙に浮いた。
入っていかない。
やっぱり手を握るだけで入れるほど、PDの仕組みは甘くない。
「この床を捲ったら入れないかしら」
「無理だろ。ダンジョンは異空間だ」
「壱野さん! 私も一緒にPDに潜ってレベルを上げます! そうしたら黒のダンジョンのコアを破壊できる確率も上がりますよね?」
「いいのか?」
「はい!」
アヤメは覚悟を決めた目をしていた。
正直、彼女がレベルを上げてくれたら心強い。
「私たちは入れないのかな……二人を待つことしかできないの?」
「……残念ね」
ミルクが悲しそうな眼でこちらを見て、姫が悔しそうに爪を噛む。
「一応、俺のパートナーはダンジョンに入れるらしいが……」
「パートナー?」
「結婚相手ってことらしい」
「「「――っ!?」」」
途端に、三人の顔色が変わった。
「結婚!? 泰良と結婚!?」
「まさか泰良と結婚するとそんなボーナスがあるなんて……もう自分の気持ちを偽るなんてせずに……」
「いま、壱野さんと一緒にこのダンジョンに入れるのは私だけ……ってことは、結婚しているのは私?」
すると、姫は部屋を飛び出した。
どうしたのかと思ったら、三枚の紙を持って帰ってきた。
それは全部婚姻届だった。
「大臣に頼んで、急いで印刷してもらってきたわ」
「おまっ、防衛大臣に何を頼んでるんだ!?」
「考えたのよ。結婚の定義。事実婚なら三人同時でも可能だと思ったわ。でも、さすがにいままでバラバラに暮らしていて、今日一緒にいるだけで事実婚なんて周囲は認めないでしょ? やっぱり婚姻届を出すのが一番なのよ」
「日本で重婚はできないだろ!」
「そうね。まず、戸籍に記入する際、三人も同時に出されていたらたとえ受理されても審査の段階で無効になるわ。でもね、法律では婚姻届が受理された瞬間は確かに結婚していると認められた状態なの。審査で婚姻届が無効だってなったらその婚姻状態も無効になるけどね。だから、大臣に頼んでこの婚姻届を三通とも受理させる! そして、私たちが黒のダンジョンに潜るまで審査をしないと約束させる。そうしたら、いまの日本の法律でも、黒のダンジョンの攻略が終わるまでは、重婚状態を維持できるわ。戸籍にも記載されない。死ぬ可能性があるダンジョン探索だから、万が一のことがあった時のために、せめて私たちの絆を書類として残しておきたい――みたいなことを言ったら受け入れてくれたわ」
納得したのか、大臣!?
あの一瞬でっ!?
ていうか、そんなのアリなのか!?
「いや、待て! 姫はよくても他の二人は!?」
こんなことで結婚なんて――って思ったら、二人とも書類を書き進めている。
まるで学校の試験の開始直後みたいな感じで書類に必要事項を記入している。
アヤメは別に結婚しなくても、腰巾着スキルがあれば一緒に入れるだろうに。
「壱野さんも書いてください!」
「姫、アヤメ、証人欄に記入をお願い!」
マジかよ。
まさか、婚姻届を三枚も書くことになるなんて。
しかも、ミルクとの婚姻届の証人欄にはアヤメと姫、アヤメとの婚姻届の証人欄には姫とミルク、姫との婚姻届の証人欄にはミルクとアヤメが記入する。
いくら日本を守るためだからってこんな無茶苦茶な――
と思ったらミルクが言う。
「泰良、勘違いしているかもしれないから言うけれど、泰良と結婚するのは必要だからじゃないからね。私はずっと泰良のことが好きだったんだから。泰良は気付いてなかっただろうけれど」
は? 待てよ、ミルク。
お前、牛蔵さんより強い人じゃないと付き合わないって――
「ミルクちゃん、ズルい!? 抜け駆けしないって約束したじゃないですか。私だって、壱野さんに命を救われたとき、壱野さんが王子様みたいに輝いて見えて一目惚れしたんです! それからずっとこの気持ちは変わっていません。壱野さん、私と結婚してください!」
「女の子にここまで言わせるなんて、本当に泰良は鈍感よね。私が泰良のことを好きなのは一緒に居た時間の長さとか、一目惚れしたとかそんな理由じゃなくて、単純に一緒に歩んでいけるパートナーはあなたしかいないって思ってたの。だから、これにサインをしなさい」
と一番に書類を書き終えた姫が俺に婚姻届を差し出す。
俺は――なんて馬鹿なんだ。
女の子にここまで言わせて、ようやく三人の気持ちを知るなんて。
俺は姫の婚姻届にサインをしながら言う。
「姫にはいつも助けられてばかりだ。何かあったらお前に相談している。普段は子ども扱いしているが、同時に誰よりも頼りにしている。それに、世界一を目指すというお前のその目標はいつも輝いて見えた。正直、カッコいいって嫉妬もしたことがある。そんなお前にパートナーって言ってもらえて涙が出そうだよ。ありがとう。俺も好きだ。俺と結婚してくれ」
俺がそう言うと、姫はニッコリと「ありがとう」と返した。
そして、アヤメの婚姻届を受け取りサインをする。
「アヤメは最初会った時から守ってあげないといけないって思っていた。お前は俺のことを王子様って言ってくれていたが、女の子を守る勇者みたいな気持ちで、少し優越感に浸っていたところもあったと思う。でも、それは間違いだった。アヤメは誰よりも(呪いと)戦っていたんだよな。その苦しみを誰にも見せず、明るく振舞ってくれたアヤメに俺はずっと助けられていたんだ。でも、今度から困ったことがあったら、つらいことがあったら俺にちゃんと言って欲しい」
「……はい」
「ありがとう、アヤメ。好きだ、俺と結婚してくれ」
そして、最後はミルクだ。
俺は既に俺の欄の記入をするだけの状態となっている婚姻届を見て深いため息をついた。
「泰良、どうしたの!? なんで私の時だけため息吐くの!?」
「いや、凄い遠回りをしてきた自分がバカだって思って来たんだよ」
俺はミルクを見て言った。
「だってお前、牛蔵さんより強い男の人じゃないと付き合わないって言ってただろ?」
「それは……確かにパパはそう言ってたの。だから、それを好きでもない男の人からの告白を断る言い訳にさせてもらったの。泰良以外の人と付き合うつもりなかったし――」
「それを言ってくれよ……お前のあの時の言葉を信じて、牛蔵さんよりランクが上の冒険者になることを目標にしてたんだからさ」
「え?」
「小学校の頃から好きだ。俺と結婚してくれ」
俺はそう言って三枚目の婚姻届のサインを終えた。
なんて最低な告白だろうか?
同時に三人の女性に結婚を願い出るなんて。
そして、彼女たちの言葉が本気なのだとしたら、この騒動が終わってから俺は結論を出さないといけないんだよな。
それは同時に、好きだと告白し、本当にそう思っている彼女たち三人のうちの二人を傷つけることになる。
それがいまから辛かった。
俺たちはその三通の婚姻届け書類を持って大臣のところに移動。
それを提出する。
「私はいま、超法的な立場と権限を国から委ねられている。これを正式に受理することが可能だ。しかし、まさかこのような婚姻届けを受け取るために権限を使うとは思わなかったがね」
「それと、黒のダンジョンに挑む報酬について話をするわよ。まず、前金代わりにダンジョン内に持ち込める食糧一年分とここにいる全員分の衣服を最低でも五十着ほど。下着も込みで用意して。何に使うかは聞かないで頂戴。それと政府が用意してくれる最高級の装備品とやらは私たちに貸与ではなく贈与。私たちが貰うわ。それが前金代わりだと思ってちょうだい」
「わかった」
「政府が保有する一般公開されていないダンジョンの全てにおける入場許可。成功報酬は一人につき30億円でいいわ。非課税でお願い。もっと釣りあげられるとは思うけど、足りない分は政府への貸しってことにしておいてあげる。以上を書面の契約書で用意して。こっちから事務員を呼びつけるから、細かいことは彼女と決めて契約書を作成しておいて」
おい、黙って聞いてるが、一人30億で政府への貸しって、貸し借り無しだったらどんだけ貰う気だったんだ?
俺と同じで金銭感覚が庶民のアヤメが目を白黒させてるぞ。
だが、防衛大臣は見透かされたとでも言いたげな笑みを浮かべ、頷いて、確約してくれた。
「最後に、これから四人でプレハブの中に入るけど、明日の12時30分まで誰も入ってこないで。他の人に聞かれたくない攻略会議をしている可能性があるから。さっき言った物資はプレハブの前に置いてて。こっちは至急お願い。一分一秒でも早い方が助かるわ」
「善処する。協力感謝する」
防衛大臣と姫が握手を交わす。
そして、俺たちはプレハブ小屋に戻って――
「見えているわね」
「はい、階段が見えました」
「これが泰良の言っていたダンジョンの入り口」
どうやら、三人にもPDの入り口が見えているらしい。
あんな出鱈目な方法でも、PDは正式に彼女たちを俺の婚姻相手と認めてくれたようだ。
残り19時間――いや、12時30分までなら18時間30分。
ここからどこまでレベルを上げられるかが、俺たち四人の黒のダンジョン攻略の肝となるぞ。