アヤメの呪い
呪い!?
牛蔵さんの呪いみたいなものがアヤメにもかかっているっていうのか?
イビルオーガに襲われたときか?
イビル……なんか呪いとか使ってきそうなイメージじゃないか。
でも、アヤメは今日倒れるまでは特に倒れたり病弱なところを見せたりはしなかったはずだが。
「間違いじゃないのか?」
「いや、これは蛇の呪いとみて間違いない」
ミコトはそう断言した。
「呪われたのはこやつではなく、恐らくはその先祖じゃろう。蛇は執念深く、七代祟ると言われている。それに、こやつの反応を見てみぃ……知っておったって顔をしておる」
「そうなのか?」
アヤメは頷いた。
「お婆ちゃんも呪われていたんです。でも、お婆ちゃん、生まれつき霊力が高くて、自力で呪いを克服していたそうなんですよ。それでお母さんは全然平気で、もう蛇も諦めたのかなって思ったら、私が呪われてしまったみたいで――お婆ちゃんに蛇の呪いを払う方法はあると教わったんですけど妹がいたから……」
「こやつの呪いを解いたら、その呪いは間違いなく妹子の方に行く。そして、一度解除された呪いを同じ方法で解くのは難しい……妹を庇ってその身に呪いを引き受けたのじゃな? そして、その呪いを抑えるために、さらなる呪いを重ね掛けしたと――まったく無茶をする」
「さらなる呪い?」
「ネズミの呪いじゃよ。呪いの中では弱い部類の呪いじゃ。じゃが、蛇を封じることができる。十二支において蛇はほぼ南、鼠は真北を示す。本来蛇を封じるには逆位の猪の呪いの方がいいのじゃが、猪の呪いは強力じゃから、ネズミの呪いを代わりに使ったのじゃろう。おかげで一応呪いの進行を止めることができていた」
二種類の毒を同時に投与して、二つの毒の効果をそれぞれ打ち消し合ってる――みたいな感じなのか。
そりゃ、ミコトが無茶だって言う気持ちもわかる。
じゃあ、アヤメが聖女の霊薬を欲していたのは、探索者として最高峰の証みたいな曖昧な理由じゃなく、自分の呪いを解くためだったのか。
アヤメが聖女の霊薬を求めていると聞いたとき、俺は尋ねた。
『もしかして、家族に重い病気の人がいるの?』
『ち、違います違います! 家族は全員元気です!』
家族は全員元気。
そこに、アヤメ自身は含まれていなかった。
俺はあの時、アヤメのことを心配するべきだった。
「養蚕守護によってネズミの呪いの効果が弱まったことで、蛇の呪いが表に出たのだろう」
「なんとかならないのか? お前、神様だろ?」
「稲荷信仰において、蛇は宇迦之御魂大神という主神じゃ。狐の力は蛇には通用しない」
そんな……なんてことだ。
アヤメも諦めていたのか俯いている。
うまくいくと思ったのだが。
と思ったら、ミコトはニっと笑った。
「というのが本来の話じゃが、お主は運がよい。狐神はその後白辰狐王菩薩と呼ばれ蛇をも凌ぐ力を手に入れた。さらに蛇は水の力を持つ神じゃ。水害を恐れたこの地の民は水を制する土の力を持つ狐を蛇の上に置くことでその水害を克服しようと考えたのじゃ。よって、妾は蛇を封じるプロフェッショナルじゃ――殺すことはできんが、強い封印を施してやろう」
「本当ですか!?」
「ああ、強い封印じゃ。お主の子孫にも呪いが引き継がれることはあるまい」
「ありがとうございます、ミコト様」
アヤメが涙を流してミコトに感謝する。
「よいよい、安心してガバガバ子作りに励むがよいぞ」
デリカシーってもんがないのか。
言葉を選べ、のじゃ狐。
「とはいえ、あくまで封印するだけじゃからの。呪いを解く術が見つかれば、その時は治せ。厄介な呪いじゃが聖女の霊薬とやらで治せるはずじゃ」
聖女の霊薬についても知ってるのか。
そう簡単に手に入ったら苦労しないよ、牛蔵さんの呪いの件もあるんだし。
儀式が必要だというので、アヤメとミコトは奥の部屋に行った。ダンポンが休憩している部屋で、俺は入ったことがない。
ダンポンと二人で残る。
「で、さっき言ってたダンジョンの破壊って、俺たちがしないとどうなるんだ?」
「周辺に魔物が現れるのです」
「期限はどれくらいある?」
「んー、わからないのです。長くて十年。早ければいますぐにでもって感じなのです」
「いますぐ――って……マジかよ」
でも、今の俺では黒のダンジョンに潜るのは無理だ。
PDに入る時間を増やし、強くならなければ。
「でも、さっきの女の子も一緒に潜れるのでラッキーなのです」
「…………」
「どうしたのです?」
「アヤメを巻き込んでいいものかって思ってな……」
確かにアヤメが一人いたら楽になる。
彼女の補助魔法があれば俊敏値も高くなり、敵の攻撃を受ける確率が減る。
だが、せっかく呪いの恐怖から解放される彼女を死地に連れまわしていいのか?
「どっちにしても、今すぐってのは無理だ」
ここで焦って黒のダンジョンに潜って失敗したらおしまいだ。
せめてミルクか姫が一緒に来てくれたら。
「結婚……」
結婚すればPDに一緒に入れるんだよな。
俺もミルクも姫も全員十八歳。
結婚できる年齢だ。
回復とサポートでいえばミルクだが、いかんせん守備力が低い。
ミルクが狙われたとき、敵の注目を集めてくれる姫がいないと彼女の危険は跳ね上がる。
だったら回復は回復薬に頼って、姫と一緒に行った方が――
ってダメだ。
どっちと一緒に行くにしても「日本を救うために結婚してくれ」なんて言えるかよ。
それに、俺は……
「壱野さん、お待たせしました」
アヤメが戻ってきた。
その顔はまるで憑き物が取れたように晴れやかだった。
答えを聞かなくても、うまくいったのがわかる。
「じゃあ行こうか――」
「あの、さっきの話は? 大切な話だったように思うんですけど」
「うん。いますぐどうこうってわけじゃないから。とりあえず大阪に帰ってからゆっくりと考えるよ」
せめてあと一年。
レベルを上げればきっと。
ダンジョンの外に出てスマホを回収する。
「壱野さん、なんでそんなところにケータイを置いてたんですか?」
「ダンジョンの中にスマホを持って入れないから――ってあれ?」
そういえばアヤメはスマホを置いていってないのか?
……腰巾着スキルを使えば、本来ダンジョンに持って入れないものも持って入れる?
それって使い方を誤れば――
どうなるんだ?
んー、あんまり使い道が思い浮かばない。
まぁ、いつか思いつくだろう。
「泰良、アヤメどこに行ってたのよ! 大変よ!」
大変?
一体何があったんだ?
「政府からの緊急の呼び出しが掛ったわ。生駒山上遊園地Dに異変があったみたい」
もしかして、ミコトの言っていた異変が?
だとすると、呼び出されたのは謎の仮面のヒーローか。
「そうなんだ、じゃあ行くか。アヤメは観光地に行きたいとは思うけれど、ミルクと一緒に家に帰りなよ」
「違うわ、呼び出されたのは私たち四人。押野姫、壱野泰良、東アヤメ、牧野ミルクの四人。それで全員」
……?
政府はまだ俺が仮面のヒーローだと気付いていないはず。
いや、仮に気付いていたとしても、わざわざ名指しで指名しなくても仮面のヒーローを呼び出せばいいだろ?
それにアヤメやミルクは必要ないはずだ。
一体、どういう用件なんだ?