バレたPDの秘密
「すみません、私、壱野さんがトイレに行くっていったので私も行こうと思ったら、背中にくっついちゃって――元に戻れなくなっちゃったんです。声を上げても通じなくて」
アヤメがそう言って謝罪をする。
背中にくっついて?
だからミコトは俺の背中を見たのか。
「うむ……腰巾着というスキルじゃな」
「腰巾着? そんなスキル聞いたことがないけど」
「本来、魔物にしか使えないスキルじゃからな」
魔物にしか使えないスキル?
「吸血ノミが使っていたスキルをラーニングしたのかっ!」
「え? でも、吸血ノミは私についていたわけじゃないですよね?」
「ラーニングのスキル取得は自分にスキルを使われた場合の方が取得しやすいのですが、そのスキルを実際に見るだけでも確率で取得できるのです。元に戻るときは離れたいって強く念じれば戻れたはずなのですよ」
ダンポンが説明する。
そういえば、姫がゴーストが持つ浮遊や物理無効スキルも入手できるって言ってたな。
そういう条件がなければ、ラーニングでそれらのスキルが取得できないことになるか。
強く念じたら元に戻れる。
アヤメが元に戻らなかったのは、きっと混乱して強く念じることができなかったからだろう。
まさか、ずっと俺の背中にくっついた生活でもいいやなんて思っているはずがあるまいし。
「腰巾着スキルは相手にくっついて移動するスキルなので、それを使って僕の結界をすり抜けてきたのです。ズルいのですよ」
「え? ごめんなさい」
ダンポンが頬を膨らませて言うので、アヤメは訳が分からずに謝った。
謝る必要はないぞ。
最初にこのPDに来た時、普通の方法では入れないってダンポンも言ってたから、こういう裏技的な方法でPD内に入って来るのは想定の範囲内だったのだろう。
「あの、壱野さん。ここってダンジョンの中なんですよね? でも、京都のダンジョンって管理人のダンポンさんがいないんじゃ……それに、なんで壱野さん、地面に潜っていったんですか? ダンジョンって入り口以外の場所を掘ってもダンジョンの中に辿り着かないんじゃ……」
俺にくっついている間も、別に入り口が見えていたわけじゃないのか。
ここまで見られたら話すしかないか。
「あぁ……ここは京都ダンジョンじゃないんだ。PD……プライベートダンジョンって言って、俺のスキルで作った俺専用のダンジョンなんだよ」
「え!? 壱野さん専用の!?」
「ああ。きっかけは初めてダンジョンに潜ったときのことで――」
と俺はアヤメにこのダンジョンの説明をした。
PD スキルを入手した経緯。
このダンジョンの仕組み。
「ズルいって思われるのが嫌で黙ってたんだ」
「んー、それほどズルくないと思いますよ?」
「でも、俺だけが使えるダンジョンなんだぞ?」
「それって、お金持ちだから参考書をいっぱい持っていてズルいっていうのと一緒ですよね? 参考書がいっぱいあっても勉強を頑張らないと意味がないですし、参考書があるだけで頭がよくなるのなら本屋さんの子どもが誰よりも頭がいいことになります。壱野さんはPDで頑張って魔物を倒したから強くなったんです。ズルくなんてありません」
アヤメ……ありがたい。
そう言ってもらえて少し心のつっかえがなくなった。
「壱野さん専用のダンジョン……こんなにいっぱいD缶があったり、どこか生活感があるんですね。これ、壱野さんの部屋に初めて入ったことになるんですかね?」
とアヤメは山盛りのD缶と、冷蔵庫や電子レンジ、寝袋等を見て言った。
まぁ、そこは半分男の一人暮らしの家みたいなものだから、俺の部屋と言えなくもないな。
生活感があって悪い。
ゴミとかないだけマシだろ?
「さて、話を続けてもよいかのぉ?」
「すみません、話の腰を折ってしまって。私、外に出た方がいいですか?」
「構わん構わん。話す相手が欲しいから来てもらっただけじゃ。むしろ聴衆が増えるのは喜ばしい」
ミコトはそう言って話を続けた。
確か、ミコトの正体についてだったな。
「妾のような聖獣というのはこの世界の記憶――さらにいえばこの土地の伏見稲荷の伝承という記憶と、異世界から流れてきた力の核によって生まれた存在なのじゃ。本当はもっと伏見山の山頂近くにダンジョンを創ってくれたら妾の力も強くなったのじゃが――」
「神聖な土地だからダメだって言われたのですよ。なんとか交渉してやっと駐車場にダンジョンを創れたのです」
トイレ横にダンジョンがあるのはそのためか。
そして、ミコトがお稲荷様ではないけれど、間違いではないと言った理由もわかった。
彼女は稲荷山の信仰心により生まれた姿ってわけか。
美少女の姿になっているのは――まぁ、そういうことだろう。
むしろ、ハ〇ワレ稲荷じゃなくてよかったと思うよ。
「じゃあ、ダンポンが伏見稲荷にダンジョンを創ろうとしたのは、聖獣を呼び出すためだったのか?」
「そうなのです。ミコトは力の核と波長が合うから聖獣化しやすかったのですよ。それで、別の世界からの力の流れを管理してもらっていたのです」
「うむ。特に生駒山遊園地ダンジョンと呼ばれる場所に流れる力をのぉ。さっきダンポンにも話しておったのじゃが、どうやら生駒山遊園地ダンジョンへの世界の記憶の流れは完全に停止しておる」
「完全に停止? ダンジョンとしての役割が終わってるってことか?」
「いいや、魔物が新たに生まれなくなったというだけで魔物そのものは残っている。そして、それは厄介な話でもある」
「やっかいなこと?」
「世界の記憶の流れは止まっているが、力の核の供給は止まっとらん。その一部はダンポンの作った日下遊園地跡ダンジョンに流れておるが、決壊一歩手前と言った状況じゃ。急ぎあのダンジョンに行き、ダンジョンの破壊をしなくてはならん」
ダンジョンの破壊って、そんなことできるのか?
いや、そういえばD缶の中にそんなものがあった。
「でも、生駒山ダンジョンのダンジョンには結界があって入れないだろ?」
「お主なら入れるじゃろう? 石舞台ダンジョンでお主がやったように――」
PD経由で黒のダンジョンに入れっていうのか。
おいおい、でも黒のダンジョンって魔物がものすごく強くて、かなり危険なんだろ?
俺一人で入ってなんとかなるものじゃないぞ。
「ミコトも一緒に来てくれるのか?」
「無理じゃ。妾は戦う力は残っとらん。せいぜい人々を救う加護を与えるくらいじゃ。商売繁盛、縁結び、五穀豊穣や豊作祈願、養蚕守護とかのぉ」
「養蚕守護――って、猫人形の特技か? あれは加護じゃなくて封印の一種だろ?」
「馬鹿を言うな。養蚕守護はその名の通り、蚕を食べるネズミを討伐するという守護じゃ! 災いから人を守る効果がある。狐はネズミを食べるからのぉ……もっとも、最近は招き猫による養蚕加護の方が良く聞くが」
「でも、その効果を受けてアヤメが倒れたんだぞ」
俺がそう言うと、ミコトはアヤメをじっと見る。
話の腰を折ってしまったか?
しかし、大事なことだ。
これはきっちりしておかないとな。
そして――
「ふむ……どれ」
「…………っ!?」
アヤメが声にならない驚きを見せた。
ミコトが突然アヤメの胸を鷲掴みにしたのだ。
アヤメでよかったかもしれない。
ミルクだったら18禁になりそうな映像だったし、姫だったらそもそも揉む胸が――ってそういう問題じゃない!
「おまえ、何を――」
「黙っておれ……なるほど、さっき感じた厄介な気配の正体はこれじゃったか。妾も耄碌したものじゃ、ここまでせんと気付かんとは」
「耄碌したって、お前、このダンジョンができたときに生まれたのなら、実はまだ十歳くらいだろ」
「あの……」
アヤメがおずおずと声を出すと、ミコトはその手を離した。
そして、まるで「犯人はお前だ!」と言わんばかりに指を突き出して彼女は叫んだ。
「お主、呪われておるなっ!」
説明回が進んですみません
次回、ちゃんと進展します