思わぬ逸材の水野さん
水曜日。
水野さんと梅田のオフィスに行くと、何故か明石さんではなく姫が契約の相手をすることになったが、無事に契約も終了。
晴れて水野さんもEPO法人の俺の直属の部下という形でEPOの正会員となったわけなのだが、俺と水野さんはその後、正座をさせられていた。
二人並んで汗を垂らして説教を受けることになった。
「で、泰良。私の言っていることはわかったかしら?」
「勝手なことをしてすみませんでした」
「具体的に言ってくれる?」
「成長の指輪や成長のリボンなどの重要な情報を漏らして、契約前にも関わらず水野さんに個人的に経験値薬を提供したことはあまりにも軽率でした。心から反省し、二度とこのようなことがないように精進する所存にございます」
「本当にもう。契約書は大事よ。まぁ、うち以上に条件のいいところは他にないから、他の企業に奪われる心配は無かったけど」
昨日電話で話していたとき、姫がなんか笑っていた気がしたのはこれが原因らしい。
水野さんたちは信用できるからこのくらいはセーフだと思っていたけれど、アウト三つでチェンジどころか、一発試合終了級の不祥事だとめっちゃ怒られた。
「あ、あの……姫ちゃん。なんで私も怒られているのかな?」
「そりゃ怒るわよ。なに? バイトして親の財布にお金をこっそり入れてた? そんなの普通の親なら怒って当然よ。あなたの両親が怒らないのはあなたに引け目があるから」
「うっ……でも、他にどうしようもなかったし」
「そりゃ当然よ。あなた一人でどうにかできているなら、あなたの両親がなんとかしてるわ。どうしても何かしたいって思ったのなら、やりたい仕事を見つけてそれに打ち込むか、仕事がまだ決まってないのならいい大学にいけるように一生懸命勉強していい大学に行く。それが最大の親孝行でしょう?」
「おっしゃる通りです」
水野さんも撃沈した。
こういう時の姫はだいたい正しい。
「真衣が実家に生活費を入れるのは別にいいんだけどね。泰良、甘やかして大金ポンポン渡すんじゃないわよ。鍛冶師の給料の相場を渡しなさい」
「明石さんが提案していた額でよろしいでしょうか?」
俺は敬語で尋ねる。
確か基本給20万円だったはずだ。
「いいわけないでしょ。あれは危険手当込みの給料よ。まぁ、鍛冶スキル三つあるから使えないことはないけど、それでも週2日の出勤で1日6時間勤務で基本給15万円の技能給3万円で計18万円ってところね。当然、事務仕事も手伝ってもらうけど」
「それでもコンビニのバイトより遥かに高いです。ありがとうございます」
水野さんが深く頭を下げる。
「もう普通にしていいわよ」
「ありがとう。ところで、二人に見て欲しいものがあるんだけど」
「見て欲しいもの?」
「これ――鍛冶スキルで作ってみたの。壱野君から鉄のインゴットを貰って」
と水野さんが出したのは、手裏剣と、なんか尖った鉄の棒だった。
「手裏剣はわかるけど、この棒はなに? 手裏剣の輪っかに入れて回すとか?」
「こっちの棒は棒手裏剣よ。そして泰良が手裏剣と呼んでるのは平型手裏剣ね。棒手裏剣は持ち運びが便利で投げるときに音が出ないけれど、その代わり投げるのがとても難しいの。平型手裏剣は投げやすいけれど持ち運びが不便で投げる時に音が出るわ。これを作ったの?」
「うん」
「鍛冶師スキルを使えば炉とかなくてもハンマーと金床さえあれば作れるけど。でもね、鍛冶師だからって危険物を作ったり持ち歩いていいわけじゃないのよ?」
「許可なら取ってます。うちの工場、ダンジョン関連の武具の部品を作る下請もしていたことがあって、その時に必要だろうからって」
あぁ、水野の親父さん、付き合いでダンジョンの中に入ったことがあるって言っていたけれど、それが理由なのか。
「明石っ!」
「はい。ただいま調べたところ、水野様のお父様の工場は確かに七年前に大阪府のダンジョン局にダンジョン武具匠技術開発研修会の修了資格を経て、ダンジョン局からダンジョン用武具作成の許可を取っています。工場の技術もとてもよく、良質な武具の開発に携わっていたようですね」
「なんでそんな工場が倒産の危機にあるのよ」
「武具の部品製造の依頼をしていた会社が経費節約のために契約を打ち切って東南アジアの工場に部品の製造依頼をしたことと、あとは水野様のお父様が友人の連帯保証人となってその友人が行方不明になったことが原因です」
「――っ!? え、そうだったの!?」
どうやら水野さんも知らなかったようだが、聞かせてよかったのか?
しかし、このパターン。
最高の展開なんじゃないか?
「工場の技術を見込んで資金を援助するとかそういう流れになったりするのか?」
俺の言葉に、水野さんも期待の眼差しで見ている。
「ドラマの見過ぎ。私たちはできたばかりのEPO法人よ。工場に資金援助をするにも、ノウハウも人材もないわ」
そうだよな。
すまん、水野さん。
変な期待を持たせてしまった。
「ん? 姫、この手裏剣凄いぞ?」
「どうすごいの?」
「命中率上昇、破壊力上昇、投擲時の速度上昇の三つの属性がついている」
「本当に? 三つの属性付与は難しいのよ?」
と姫が手裏剣を持って、水野さんを見る。
水野さんは頷いて説明をする。
「最初は上手にできなかったんだけど、何個か作っていくうちに、装備強化のスキルと併用できるんじゃないかって思ってたら属性っぽいのが付いた感覚がして。さらに何個も作っているうちに今みたいにできるようになったの」
「なったって、鍛冶スキルは使うのにかなり集中力が必要で、初心者がそう簡単にできるものじゃないわよ?」
「そうなの? 昔から金型を彫ったりしてたし、それに比べればそこまで苦労しなかったけど?」
これにはさすがの姫も驚いているようだ。
もしかして、思わぬ逸材なのか、水野さん。
とその時、このオフィスに近付いてくる気配が二つ。
ものすごい勢いだ。
そして、その気配の主は中に入ってきた。
「「泰良(壱野さん)が新しい女の子を連れて来たって本当(ですか)!?」」
ミルクとアヤメが部屋に入るなり大声で叫んだ。
修羅場「……(ガタッ)」




