青木バイト始めるってよ
『突然富士山の山頂に現れたこの黒い祠の中にあるダンジョンについて、政府の指示で作らせたダンジョンではないと改めて強調し――』
『であるからして、ダンポンとは異なる異世界生命体によるダンジョン作製である可能性が――』
『許可のない人間の立ち入りを禁止し――』
『世界中でも同様の事態が複数確認され』
『専門家の話によると、ダンジョン出現による富士山の噴火の兆候は見られないと――』
うーん、テレビのニュースは富士山の山頂に現れたダンジョンの情報ばかりだな。
しかも日本だけじゃなくて世界中でダンジョンの出現が確認されているらしい。
PDのダンポンに聞いても、まだわからないとしか言ってくれないし。
たぶん、推測の段階で情報を漏らせないのだろう。
世間がこれだけ騒がれていても、世間はゴールデンウィークであろうと、今日は4月30日。つまり、普通に学校はあるわけだ。
「じゃーん!」
昼休み、弁当を食べている時に青木が元気に見せてきたのは、安物のラミネート加工した一枚のカードだった。
ダンジョン探索者補助兼配信用映像即時編集者と書かれたそのカードには、青木の名前と生年月日も併記されている。
「資格取ったぞ!」
「もう取ったのか」
「それで、バイトの面接に行って合格してきた」
「もう決まったのか」
行動力が神がかっているな。
「まだ小さい個人事務所だけどな。撮影の編集の手伝いだけじゃなくて出演もさせてもらえるんだ。早速、昨日動画に出演したぞ。ほら、これだ」
「へぇ、どれどれ――っ!?」
動画に映っていたのは青木とそしてもう一人――響さんだった。
動画の内容はD缶100個買って、一つ開くまで帰れませんって企画だ。
ダンジョン探索者にとって、ダンジョンの外では定番の動画らしい。
「凄いだろ? 俺も動画デビューだ」
「で、開いたのか?」
「まぁ、最後まで見ろって――」
俺は青木からスマホを取り上げ、一気に最後まで進めて視聴する。
最後、結局、一日目は開きませんでした! で終わってる。
「お前、帰ってるじゃん」
「ちゃんと書いてるだろ。助手くんは高校に登校していますが家には帰れませんって」
再生数3000か。
多いか少ないかはわからない。
「実際に開いたら伸びるんだけどな。D缶が開く動画は本当に十万再生は確実らしい。響さんが言うには絶対開けられないだろうから、今日一日D缶で遊んで、『ごめんなさい』で終わるんだってさ」
「ふぅん。そうだ、これやるよ」
俺は鞄から青木にD缶を渡す。
「これ、前お前が宝箱から出した奴か? 正直見るのもイヤなんだが」
「大丈夫だ。これを開くおまじないをしてやる。開けゴマ!」
「適当だな……まぁありがとうよ」
青木はそう言ってD缶を手に取る。
ここで改めてD缶を詳細鑑定した。
【開封条件:10人以上に所有権を移し5時間経過(残り時間4:59:52)】
ちゃんとタイマーが作動してるな。
しかし、青木が響さんの個人事務所に就職ね。
まさか俺の交友関係を知って外堀から埋めていく――なんてことはさすがにないよな。
さっきの動画を見せてもらう。
うーん、やっぱり詳細鑑定でも動画の中のD缶は鑑定できないか。
「そうだ。もしもその缶が開いたら、万バズのお礼に残りのD缶もらえないか聞いてくれよ。あ、それと俺のことは名前とか全部内緒な。ただ友だちから貰ったとだけ言ってくれ」
と俺からプレゼントした缶だとわかるように、蛍光ペンで数字の一を書く。
今日一日くらいなら消えないだろ。
「なんで内緒なんだ?」
「悪目立ちしたくない」
「ネット小説の主人公みたいだな。わかった、言わないよ」
青木はどうせ開かないだろうと簡単に安請け合いする。
よし、これでD缶をいくつかGETできるかもな。
その後も授業は続き、自宅に帰った俺は今日もダンジョンに行く。
先日の祝日で結構レベルを上げて、俺のレベルは21に達していた。
――――――――――――――――――
壱野泰良:レベル21
換金額:53519D(ランキング:10K-50K〔JPN〕)
体力:196/196
魔力:0/0
攻撃:98
防御:85
技術:78
俊敏:73
幸運:183
スキル:PD生成 気配探知 基礎剣術 簡易調合
詳細鑑定
――――――――――――――――――
もうメダルの換金だけで250万円だ。
そろそろ1万位以内に入るはずなんだけどな。
だいたい、ランキング10000位の探索者ってもうプロ探索者の卵レベルだから、ポイントの層が分厚い。
もう梅田Dの三階層に行けるんだけど、受付をするのが同じ職員だったら、つい先日二階層にいったばかりでもう三階層に行ったら怪しまれるかもしれないな。
このGWにどこか別のダンジョンに行くか。
三階層だったら以前みたいに並ばなくてもいいだろう。
関西で一般開放されているダンジョンをピックアップする。
兵庫の白鷺城D、淡路D。
大阪の梅田D、万博公園D、岸和田D。
奈良の若草山D。
京都の京都D。
和歌山の和歌山D。
滋賀の琵琶湖D。
って感じか。
かつては和歌山の白浜、兵庫の城崎にもダンジョンがあった。
だが、石舞台Dみたいに押野グループが国から買い取って独占営業している。
企業所有だと固定資産税がバカ高くなるらしいけれど、レベルの高い探索者が増えてきたからそれでも採算が取れると読んでいるのだろうか。
魔物退治を終えて入り口に戻る。
ダンポンはゲームではなくパソコンでオンライン会議をしている。
声は一切聞こえてこない。
イヤホンも見当たらない(そもそもイヤホンを挿す耳が無い)し、念話でも使っているのだろうか?
とりあえず忙しそうなのでDコインとドロップアイテムの換金はあとにして部屋に戻る。
父さんのタブレットを借りてきて、設置。
動画サイトで響さんのライブ動画を見る。
ちょうど青木と響さんがD缶のキャッチボールをしていた。
缶を投げていたら開いたことがあるから試しているらしい。
あ、青木の頭に缶がぶつかった。
痛そうだ。
そんな動画を見ながら、俺がリュックサックの中から取り出したのは大量のキノコ。
これらを詳細鑑定で仕分けする。
毒キノコはダンジョンの入り口に置いてきたので、ここにあるのは食べても問題ないキノコばかりだ。
部屋に置いておく以上、間違えて母さんが使って大惨事――なんて被害を回避するためだ。
なのでここにあるのは食べられるキノコだけ。
経験キノコ51本。
癒しキノコ32本。
うまキノコ24本。
げきうまキノコ5本。
これらから薬を作る。
経験キノコは5本で経験値薬になる。500万でミルクの親父さんが買ってたやつだ。
癒しキノコは5本でキノコポーションになる。飲むと体力がかなり回復する。
うまキノコとげきうまキノコは食用なので調合はしない。
一応、うま味調味料みたいなものが作れるらしいけれど、それは市販の味の素。
薬を作るには簡易調合というスキルを使う。
レベル15になったときに覚えたスキルだ。
このスキルを持っていると、素材を持っているだけで薬が完成する。
ただし、経験値薬一本作るのに1時間、キノコポーション一本作るのに30分時間がかかる。
俺がレベル15から短時間で一気にレベル21まで成長できたのはこれが理由だ。
もう40本くらい飲んでいる。
晩御飯までまだ二時間ほどあるし、いくつか作れるだろう。
ちなみに、この作業をPDでしないで家でする理由は、PD内だとこのように時間を潰す道具がないからだ。
左手で経験キノコを抱えながら、右手でタブレットを操作。
コメントを見る。
[青木ナイスヘディング]
[二日目からキャラ仕上がってる]
[響さんに頭なでられる青きゅんかわいい]
【¥5000 青きゅんの治療費に】
[やっぱり響×青]
[腐るな腐るな]
え? あいつ青きゅんって呼ばれてるの?
たしかに母性本能くすぐる顔をしているが、もうファンがついてるのか。
そして5000円のスパチャって。
あいつ、配信者に向いてるんだな。
とそろそろ時間だな。
『え? 響さん、これ! D缶が光ってます』
『嘘だろ! D缶開いた! 生で初めて見た。え? なんで?』
『これ、俺が友だちから貰ってきた奴ですよ。蛍光ペンで書いてある。おーい、見てるか? 開いたぞ!』
うん、ちゃんと開いたな。
中身はなんだろ?
響さんが最初に中身を見る。
一体何が入っているんだろうか――と思ったらスマホが鳴った。
ミルクからだ。
電話に出ながら、タブレットの音量を小さくする。
「ミルク、どうした?」
『泰良、富士山ダンジョンの話聞いた?』
「うん、聞いた聞いた。てか、今そのニュース知らない国民いないだろ。で、どうした?」
『それでね、政府の要請でパパも富士山のダンジョンの調査チームに入ることになったんだ。だから、押野リゾートダンジョンに行けなくなったの』
「GWなのに仕事って上位探索者も大変だな」
『うん。でも、いまからホテルをキャンセルしてもお金も戻ってこないし、私とママだけで行くことになったんだけど、よかったら泰良も一緒にこない?』
「は? いやいや、女性二人のところに男子高校生が押しかけるのはマズイだろ」
『大丈夫。ゲストルームもあるから部屋は別だよ』
「ゲストルーム!?」
え? ホテルの部屋にゲストルームなんてあるの?
間違いなくスイートルームだよな。
一泊百うん十万で済むはずじゃない。
大阪人の俺でも「一泊おいくら万円ですか?」って聞くのが怖くなる額のはずだ。
『ママも泰良だったらいいって言ってくれてるし。どうかな?』
ミルクと幼馴染だった関係で、ミルクのお母さんともよく会ったな。手作りのケーキが美味しかった。
押野リゾートダンジョンか。
予約は三年先まで埋まっているっていうし、こんな時じゃないと行けないよな。
でも、いくら部屋が別とはいえ、一緒にホテルっていうのは。
「親父さんに許可取ってるのか?」
『うっ、パパには内緒だけど』
「ミルクの親父さんが仕事でいないのに幼馴染とはいえ男を連れ込むのはマズイだろ」
『うん……そうだね。泰良の言う通りだよ』
「あぁ、でも、ダンジョンだけ一緒に潜るってのはできないかな? お前の魔法、どんなものか見てみたいし」
『ちょっと待って――』
とミルクはスマホを置いて、固定電話から(?)別のところに電話している。
あ、ホテルに確認を取っているらしい。
『午前中はダンジョン初心者のための講習があるけど、午後の自由探索の時間なら大丈夫だって』
「じゃあ午後からそっちに行かせてもらうよ。でも、本当にいいのか?」
『うん、楽しみにしてるね』
「俺も楽しみだ」
――てことは、ミルクのための誕生日プレゼントも用意しないといけないな。
今度会った時に渡すつもりだったからいまは用意していない。
なにがいいだろう。
通話終了したら、直ぐに別の人から電話がかかってきた。
『泰良、見たか!』
「頭、大丈夫か?」
『いきなり暴言っ!?』
「ちげぇよ。たんこぶできてただろ」
『あ、そっちか。大丈夫大丈夫。てことはD缶の中身も見たんだな? すげーだろ!』
「電話に夢中で見逃してた」
『なんでだよっ!』
「それより、どうだった? D缶もらえそう?」
『D缶開いたからお礼に全部プレゼントしてもいいって――それより、中身聞けよ』
「中身なんだったんだ?」
俺も気になっていないわけじゃない。
いったい何が入っていたのだろう?
『金貨だ! 見たこともない金貨が大量に入ってた。もうネットニュースにもなってる。時価500万はくだらないって』
「へぇ、おめでとう」
スキルを覚える飴じゃなかったのか。
だったら別にいいや。
『最初は俺と響さんと編集仲間の三人で三等分しようって話になったんだが、響さんがお前にも取り分があるだろうって言ってくれて。今度の五日、響さんも都合をつけてくれるって――』
「悪い。俺、その日は用事があるんだ。取り分はいらないからそっちで処理してくれ」
『おまっ!? 取り分100万以上だぞ! 本当に』
「いいから。その金で親父さんに美味しい酒でも買ってやれ。仲直りまだしてないんだろ? あ、十八歳だと酒は売ってくれないと思うから、響さんと一緒に買いにいったらどうだ? 大学生だしうまい酒を知ってるだろ」
『たいら……お前ってやつは……くぅ、俺はいい友達を持ったな』
青木がなにやら感動しているが、そんなことより、ミルクの誕生日プレゼント――何を買おう。
そっちの方が大切だ。
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