あの人からのリモート通話
水野さんの家にお邪魔させてもらう。
麦茶が出てきた。
コップは我が家と同じ、プリンの容器だ。
大阪人でこのプリンの容器をコップとして使っていない人ゼロ人説を検証してほしいくらい定番のコップだよな。
家の中を見る。
綺麗に片付いているけれど、あちこちに並べてある玩具が気になった。
「プラモデルとかいっぱいあるんだな。親父さんか弟くんの趣味なのか?」
「趣味じゃなくて仕事だね。うちの工場ってこういうの作ってるから」
「え? プラモの組み立て工場?」
「違う違う。組み立てる前の奴だよ。金型にプラスチックの材料を流し込んでガシャンってね。昔はいろんな玩具屋さんがプラモデルを作ってたから、その下請けでやっていたんだけど、最近はそういうおもちゃ屋さんも減っちゃったみたいで。電化製品とか家具なんかの部品を作ってる感じ」
そんなものも作ってるのか。
「これは木彫りの銃?」
「あぁ、それは私の失敗作。木彫りの銃を作って、それをばらして図面にして、金属の金型を作って流し込むの。小学校の自由研究で作ってみようかなって」
と言って、水野さんは金型を持ってきて俺に見せてくれた。
って、細かっ!?
こんなの小学生が作れるのか?
「機械で作るの?」
「細かいところはどうしても人の手になるよ」
「へぇ……」
「でも、お父さんのに比べると失敗作もいいとこだよ……お父さんの作った金型は本当に凄くて……仕事、辞めないでほしいな」
水野さんはそう言って金型を棚に戻した。
それほどまでに工場の経営は厳しいらしい。
水野さんの親父さんがお金を水野さんの通帳に入れにいったのも、会社が倒産し、自己破産したときでも彼女が自分でバイトをして彼女の名義の通帳に入れているお金なら取られる心配がないからだそうだ。
「ねぇ、壱野くんって探索者だよね。鍛冶師がどれくらい稼げるか知ってる?」
「レベルによると。一流の鍛冶師だったら年に何億も稼ぐらしいけど、スキルや才能に左右されるらしいし。スキルを手に入れるにはレベルを上げないといけないから――」
「やっぱり、魔物を倒さないといけないんだよね……」
「でも、お金をいくら稼いでも、水野さんの親父さん、お金受け取ってくれないだろ?」
「……うん、たぶん無理だと思う。でも、会社が倒産したら家族の住む場所を用意しないといけないから。本当はずっとここに住んでいられたらいいんだけど――いくらボロ家でも、住み続けようと思ったらお金を稼がないと」
水野さんは、鍛冶師になるともならないともどちらも言わず、また相談に付き合ってほしいと言ってきた。
俺は快諾した。
弟くんと妹ちゃんに、「さよなら、また遊びに来てね」「かた焼き煎餅ありがとう!」と手を振って見送られ、今度遊びに行くときはドーナツを持っていくことに決めた。
土曜日。
天王寺のホテルの姫が泊っている部屋に予定より一時間早く着いた。
聞きたいことがあるからこの時間に来ることは伝えていたので、姫は普通に出迎えてくれる。
ただ、いつもと違うのは髪を下ろしていることだ。
「今日はツインテールじゃないのか?」
「さっきまでお風呂に入ってたのよ。それで、聞きたいことってなに? 電話じゃ言えないこと?」
「うーん、実はな――」
と俺は「友だちの家」とだけ言って、水野さんの相談をした。
姫ならなんとかできるんじゃないかと思ったが――
「無理ね。素人の提案でどうにかなる問題なら、融資してる銀行が何か提案しているわよ。工場が倒産して困るのは取引先とお金を貸してる銀行だもの。泰良がいままで荒稼ぎしたお金を貸してあげればどうにかなるわね。この前の調査だって、一人当たり300万円以上は取り分あったんだし。でも、そういう話じゃないでしょ?」
「違うな。多分――いや、絶対受け取ってくれない」
「まさか、聞きたいことってそれだけ?」
「いや、本題は別だ。あっちはどうなってるか気になってな」
「あっちね……まぁ、大方の予想通りよ。大半はダミーの情報に引っかかってる。そんな中、情報を精査し私たちまでたどり着いたのは組織が4、ジャーナリストが1、個人が1ってところね」
前回の日下遊園地の調査。
俺たちはいろいろやらかした。
まぁ、事前に決めていた通りのやらかしだったわけだが、それでも幸運の尖端異常者に、薬魔法というユニーク魔法、オーガの胸に風穴を開ける超魔法と、それはもうやらかした。
当然、それについて調べようとする人は現れる。
本気で調べられれば俺たちまでたどり着くと思っていた。
でも、それでも別にいい状況になった。
その状況を作ってくれたのは、他ならぬダンポンだった。
ダンポンから政府に圧力を掛けた。
調査の際、俺たちの迷惑にならないようにと。
だから、俺たちと接触しようとしてくるマスコミや企業に、政府が圧力を掛けることになる。
「なのでこっちが把握している組織も記者も引き下がったわ。残っているのは個人の一人だけね」
「そいつは政府からの圧力に屈しなかったと?」
「というより、政府が圧力を掛けなかったのよ」
……なんだと?
それって、かなりの大物ってことか?
裏社会の首領とか?
「その個人とリモートで対談を希望しているわ」
「それって断れないのか?」
「断りたいのなら断れるわよ」
姫はむしろ俺が断るのを望んでいるようにそう言った。
『お久しぶりですわね、参野!』
「壱野です。ええ、お久しぶりですね」
個人で調べて俺たちにまでたどり着いたその人物――それは姫の姉である――
「妃さん」
押野妃だった。
『調査の動画、拝見いたしましたわ。ちゃんと仕事をなさっているようで安心しました。私たち押野ホテルズ&リゾーツと姫の押野リゾートグループは別会社なのですが、世間はそうは見ていませんもの。その姫が経営するEPO法人が政府からの仕事に失敗したとなれば、私たちも迷惑を被るところでしたわ』
『妃お嬢様は姫お嬢様のことが心配で心配で仕方がなかったのです』
『明石、お黙りなさい! 誰も心配なんてしておりませんわ!』
明石君代さん――姫の付き人である明石翔上さんのお姉さん――の声が聞こえた。
あぁ、なるほど、妃は姫が心配で色々調べていたから、いち早く俺たちの情報に辿り着いたと。
いや、それでも、そこまで調べられるのは凄いことだ。
「それで、妃さんの用事ってなんですか?」
『そうでしたわ。肆野』
「三つ増えてます。壱野です」
『あなた、鍛冶師を探していましたわね? 私の伝手で一人優秀な鍛冶師を紹介できるかもしれませんの。同じ東大に通っている学生なのですが――』
「ちょっと待ってください! 少し音声を切ります」
待て、鍛冶師の話で驚いたが、それより待て。
俺は姫の方を見て尋ねる。
「えっと、妃は灯台守でもやってるのか?」
「言いたいことはわかるけど、妃は間違いなく東大生――東京大学の学生よ。性格がどれだけおかしくてもテストの成績さえよければ入学できるもの」
……信じられん。
いや、世の中には不思議なことがある。
十年前、異世界からダンポンが現れたってニュースを聞いたときも同じ気持ちだったが、それは事実だったじゃないか。
よし、受け入れた。
事実は小説よりも奇なりだ。
「すみません、続けて下さい」
『続けるもなにも、その学生が鍛冶師に覚醒していて、卒業後に仕事先を探しているそうですの。まだこちらからは声を掛けていませんが、貴方さえよければ紹介いたしますわ』
「なんで、俺にその話を? 姫に言えばいいのに――」
『それは――』
『身代わりの腕輪のことで、姫お嬢様を説得なさった壱野さんに直接お礼を言いたかったけれど、照れ臭かったのでこのような形にしたのです』
『明石、黙りなさいって言ってるでしょ!』
妃さんが激昂して画面の外にいる明石さんを睨みつける。
この二人って、実は妃の方が主人だけど、明石さんの方が主導権を握ってるのか?
『それで、どうですの? 彼は再来年の三月に卒業ですから仕事はその後になりますが、いまから誘っておいて損はないでしょう? どうせあなたたちが本格的に鍛冶師を必要とするのはまだ先なのですから』
それはありがたい話だ。
とてもありがたい。
だが、俺の脳裏には悩む水野さんの顔が過ぎった。