日本1位の剣士と世界0位の学生
そろそろ時間が迫ってきたので、五人で車に乗って移動を開始。
わざわざ途中で倉庫のような建物に入り、そこで別の車に乗り換える。
運転手が自衛隊になった。
小型のトラックの後部に座る。
これから戦争に行く軍人になったみたいだ。
自衛隊の人に守られながら俺は天女ヶ池に到着した――のだが。
「え?」
天女ヶ池が巨大な天幕に覆われていた。
結構な大きさの池のはずなのに、完全に覆われて外から見えないようになっている。
どうなってるんだ、これ?
帯剣して待機する自衛官と、銃を持っている自衛官、物資を運ぶ人たちも全員迷彩服姿だ。
「ダンジョンが作られるときは毎回こんなのだったらしいわよ。万が一のことがあったら困るからね」
「万が一のことがあったらどうするんだ?」
「ここの自衛官は全員探索者のレベル20以上だからダンジョンの中で魔物を制圧するのよ」
「銃は? ダンジョンの中にはもって入れないし、魔物には効果なかっただろ?」
「ええ、そうね。でもそこは改良してるわ。銃弾の素材を魔物に効果のあるものにすることで、魔物に対して効果が少しだけ出るようになったの」
魔物に対して効果のある素材?
それって――
「もしかして、勾玉か!?」
「ご明察。銃弾として勾玉を使うにはかなり苦労したみたいだけどね」
勾玉の市場買い占めと大量納品依頼はそれが理由か。
明石さんは近くのテントにダンジョン配信用の器材の設置に向かう。
ダンジョンはまだできていないようだ。
四人で雑談に興じていたら、ミルクが誰かに気付いたようにそちらを見る。
彼女が見ている先に視線をずらすと、この中で唯一剣道の袴姿の男性がいた。
「おじさまっ!?」
「ん? おぉ、誰かと思ったらミルクちゃんか。大きくなったな」
「ご無沙汰しています。まさかおじさまもいらっしゃっているとは思っていませんでした」
「政府からの依頼でね。牛蔵のことは聞いているよ。まぁ、あいつは殺しても死なない男だ。きっとニューヨークでもハンバーガーを食べながらダンジョンで魔物を屠っているさ」
と彼は笑いながら語る。
どうやら牛蔵さんの知り合いのようだ。
年齢は七十歳くらいだろうか? 明らかに一人空気が違う。
ただ、強そうなのに、気配が最も希薄であることも気になるんだよな。
持っているのも竹刀か。
なんでこんな場所に竹刀?
鑑定で見てみると――
【黄金の竹刀:かぐや姫が眠りし黄金の竹を元に作られたといわれる竹刀。(※竹内信玄専用)】
ユニーク装備だった。
かぐや姫の眠っていた黄金の竹から作られた竹刀って、凄い設定だな。
ってあれ? 竹内信玄ってどこかで聞いた気がする。
「ミルク、知り合いならそちらの紳士を紹介してほしいんだけど」
「あ、ごめん。こちらはパパの探索者としての師匠で、竹内信玄おじさま」
「竹内信玄――日本で1位の探索者の!? これは失礼しました。私は押野姫と申します」
急に姫が態度を変えて深く頭を下げる。
日本一位の探索者……っ!?
思い出した、メディアが嫌いで滅多に表舞台には出てこないっていうあの人か。
牛蔵さんの師匠だったとは知らなかった。
「ああ、知っているよ。君の御父上は、私が最も尊敬する探索者の一人だ。それに、富士のダンジョンで我々が外に逃がしてしまった魔物の後始末をしてくれたようだね。感謝するよ」
「いえ、私はできることをしたまでです。感謝するなら、あの仮面のヒーローに言ってください」
「名前も知らない彼か。うむ、もしも会う機会があればその時に改めてお礼を言わせてもらいたいが、ひとまず君から伝えておいてほしい」
と竹内信玄さんが姫にそう言って、こちらを見た。
ミルクが改めて紹介してくれる。
「おじさま、紹介します。彼が私の幼馴染の壱野泰良、彼女が私のクラスメートの東アヤメです。押野姫さんと四人で天下無双というEPO法人でパーティを組んでいます」
「なるほど。若いが中々修練を積んでいるようだ。将来有望と見える。しかし、泰良君と言ったかね? 無断で他人の持ち物を鑑定するのは感心しないな」
「――っ!?」
バレたっ!?
鑑定を看破するスキルがあるのか?
「その……すみません。つい――」
「なに、以後気を付けてくれたら構わない。か弱い淑女を三人も連れているんだ。日本男児である君が相手の得物を警戒するのは当然の義務とも言えるからね」
そう言って信玄さんは笑って許してくれた。
姫から小声で、「もう、何やってるのよ」とおしかりを受けた。
「君達は今日、十五階層まで探索するんだね?」
「「「「はい」」」」
「頑張りたまえ。なに、私が先に四十階層まで様子を見てくる。もしも通常のダンジョンと違って危ないようならば調査は中止になるから、君達はいつものようにダンジョン探索をしなさい」
調査は俺たちだけじゃなかったのか。
そりゃそうだよな。
俺たちだけなら十五階層より下がわからない。
「竹内様――大臣よりお電話が――」
「上松が? わかった、直ぐに行く。では、失礼する」
俺たちは頭を下げて彼を見送った。
凄いな。
最後の最後まで穏やかな気配の持ち主だったな。
隠形スキルなんかを使っているようには見えない。
ああいうのを明鏡止水って言うんだろうな。
今の俺には真似できないだろう。
「凄いな。あの人、どのくらい強いんだ?」
「ステータスだけならわかるわよ? 竹内さん、毎年一月にステータスを公表してたから」
「え? 本当に?」
「ええ……換金額とかはわからないし、あくまで内容証明による自己申告だけど、これよりステータスが高いのは事実よ」
どんな感じだ?
――――――――――――――――――
竹内信玄:レベル781
体力:5271/5271
魔力:0/0
攻撃:3202
防御:2918
技術:2942
俊敏:2195
幸運:300
――――――――――――――――――
文字通り桁が違った。
だいたい俺の10倍くらい。
レベルなんて俺の20倍はあるぞ。
勝っているのは魔力値と幸運値だけか。
「凄いな」
「日本一の剣聖だもの。このくらいはね。とはいえ、最近はステータスも伸び悩んでいるわね。レベル500の頃と比較してもあんまり変化がないわよ」
と姫が過去の記録と見比べてそんなことを言う。
そういえば、姫が20階層より下はレベルよりも才能が物を言うって言っていたな。
ステータスの伸びもその才能の一種なのだろう。
俺が感心している。
「幸運値が300っていうのも凄いですよね。もちろん、壱野さんも凄いけれど、信玄さんの幸運値を数字で見ると圧倒されます」
……ん?
「そうだよね。パパの幸運値は150から中々増えなかったって聞くから、やっぱり300とか見ると凄いって思うよね」
……あれぇ?
「ミルク、幸運値って高ければ高いほど増えやすいんだよな?」
「そうだよ」
「だったら、幸運値100になったら、あとはトントントンと増えていくものじゃないのか?」
俺が何気なく質問をすると、ミルクが首を横に振る。
「それは才能の限界値って言われる付近までね。人間の幸運値の限界はよく150付近だって言われているの。ちょうどミミックからトレジャーボックスが出るくらいの確率だね。泰良は初期値が高いみたいだし、もしかしたら信玄さんに並ぶ幸運値になるかもね」
「私も最近知りました。詳しいステータスの上限値って、探索者の入門書には書かれていないし、ネットにも規制がかかってるんですよね。初心者のやる気を削ぐ可能性が高いからって」
「ちなみに、公表されている世界最高の幸運値の持ち主は私のダディで379よ」
ミルクが教えてくれて、アヤメが追加で情報を伝え、姫が自慢げに言う。
へ、へぇ、牛蔵さんが150から増えなくなってて、信玄さんが300で、キングさんが379か……へぇ。
……俺の幸運値って、既に385になってるんだけど……世界一上回ってるんだけど……これってやっぱり異常なんだろうか?
世界1位の上って、もう世界0位じゃん。




