ゲリラ豪雨と偽りの黒髪乙女
土曜日。
学校もダンジョン探索も休み。
父さんと母さんは白浜で姫から貰った食事券を使ってランチを楽しむため、今朝から出掛けているので、家は俺一人だ。
今日は一日、ド〇ゴンボールのDVDを鑑賞する気でいたのだが、思わぬ人物から電話があり、俺の家に遊びに来たいと連絡があった。
俺は快くそれを受け入れ、彼女を招き入れる。
「壱野くん、急に頼んでごめんね」
「ようこそ、水野さん」
水野さんが家にやってきた。
彼女の目的はもちろん俺――ではなくシロだ。
シロも水野さんのことを覚えていたらしく、彼女が庭に行くと駆け寄ってきて彼女の胸に飛び込むとその口元を舐める。
「シロちゃん、元気そうでよかった。クロちゃんも一緒に遊んでくれてありがとう」
どうやら、水野さんはずっとシロに会いたかったらしい。
とはいえ、普段はアルバイトや家の仕事で時間がなかった。今日はアルバイトも休みらしい。
「てっきり、水野さんは毎日アルバイトしてるかと思ったよ」
「あはは、バ畜じゃないんだから、そんなにシフト入れてないよ。というか、高校生を休みなく働かせるって違法だよ?」
「バイトの掛け持ちとかは?」
「してないしてない。平日は工場を手伝ったりしているけど、土日は作業ラインも止まってるしね。あ、もしかして、壱野くん、うちのこと貧乏だって思ってる? うちは貧乏じゃなくて、お金に余裕がないだけだから」
貧乏とお金に余裕がないって違うのか?
って思ったら、全然違うらしい。
「貧乏っていうのはね、お金にも心にも余裕がない人のことを言うの。私たちは心に余裕があるから全然貧乏じゃないの」
負け惜しみって感じでもない。
水野さんは本気でそう思っているようだ。
心に余裕があれば貧乏じゃない――か。
好きだな、そういう考えって。
「そうだ、せっかくだしシロとついでにクロの散歩を頼んでいいか? 昼飯用意して待ってるからさ」
「散歩は嬉しいけど、お昼は悪いよ」
「ほら、見てみろよ、このキノコの量。どれだけ食べても近所に配ってもおいつかないくらい余ってるんだ」
と俺はビニール袋に大量に入れてあるうまキノコを見せた。
げきうまキノコを優先的に消費しているため、うまキノコはほとんど残っている。
「え? 壱野くんの家って、キノコの自家栽培でもしてるの?」
「似たようなもん。もちろん、味と安全性は保障するから消費を手伝ってくれ」
「そういうことなら、お言葉に甘えるね。じゃあ、その分しっかりクロちゃんとシロちゃんの散歩してくるから」
クロとシロの首輪にそれぞれリードをつける。
クロには、水野さんとシロをしっかりと守るように言いつけた。
さて、キノコは七輪で焼くか。
確か、PDで使おうと思って買っていたものがある。
ダンポンに煙たくなるから使うなって怒られたので、庭にある物置の肥やしになっていた。
それを使って焼くか。
ついでに肉も焼きたいな。
インベントリの中を確認する。
リザードマンの尻尾、サハギンの魚肉、ウルフ肉……ろくなのがないな。ていうか、クロとシロの前でウルフ肉を焼くとかどんな所業だよ。
冷蔵庫の中のウインナーでも焼くか。
と思ったら、雨が降ってきた。
俺は慌てて庭に出していた食材を家の中にしまい、七輪も家の中に。
結構なドシャ降りだ。
天気予報だと降水確率10%だったのに。
スマホで雨雲レーダーを見ると、この辺りだけが真っ赤だった。
「ゲリラ豪雨か……直ぐに止みそうだが」
水野さんたち、大丈夫だろうか?
どこかで雨宿りしているのなら迎えにいかないといけないけれど、どこにいるかわからない以上、探し出すより雨が止むのを待った方が早そうだ。
と思ったら、本当に雨が上がった。
木炭をしまうのが遅かったので濡れてしまった。
七輪で焼くのは諦めて、フライパンで焼こう。
そして、料理ができあがったところで、水野さんたちが帰ってきた。
「ふぅ、凄い雨だったね。雨宿りして遅くなっちゃったよ」
水野さんが下駄箱の上に眼鏡を置いて、三つ編みを解く。
「おかえり。バスタオルあるから使ってよ。それと着替えだけど……え?」
「どうしたの?」
「あぁ……着替えだけど、俺のジャージに着替えて乾燥機で乾かしたらいいと思うよ」
「ありがとう。でも、私はほとんど濡れてないから大丈夫だよ。あ、クロちゃんとシロちゃんを拭くのに使わせてもらうね」
といって水野さんがクロとシロの濡れた毛を優しく拭くのだが、それよりも俺は水野さんの髪の方が気になった。
別に三つ編みの眼鏡の少女が眼鏡をはずしてストレートヘアにしたから美人になって驚いている――というわけではない。
かわいい子は三つ編みのままでも眼鏡をかけていてもかわいいし、水野さんもその例に漏れていない。
俺が驚いたのは髪型ではなく、髪の色だ。
彼女の髪、頭頂部の部分だけ銀色になっていた。
「さっきからどうしたの、壱野くん……って……あ」
玄関にある鏡。
それを見て水野さんも自分の髪の変化に気付いたらしい。
俺がそのことに気付いているのも。
「いやぁ、困ったよ。まさか、墨汁がこんなに簡単に色落ちするなんて思ってなくて」
「……水野さん、覚醒者だったんだね。てか、墨汁で染めてたの?」
水野さんは覚醒者だった。
事情を聞いたところ、彼女が覚醒したのは半年前らしい。
そのことに気付いた彼女は覚醒したことを隠すことにした。
銀色の髪は鍛冶師の覚醒者の証。
鍛冶師として成功すれば、大金が手に入る。
だが、鍛冶師として大成するには、命の危険も伴うことも知った。
自分が鍛冶師の覚醒者であることを知られたら、家族に期待されるかもしれない。そうしたら、水野さんはその期待に応えないといけないと思うかもしれない。
でも、死ぬのは怖い。
だから、覚醒者であることを隠すことにした。
最初はお父さんの白髪染めを使っていたらしい。
その後も、バイト代の一部を使って髪を染め続けた。
しかし、白髪染めも決して安くはない。
そこで、つい魔がさして墨汁で染めてしまったらしい。
「油性マジックにした方がよかったかな」
と本気か冗談かわからないことを言う。
「別に隠さなくてもいいんじゃない? 水野さんが嫌がってるのなら家族も無理に鍛冶師の道を勧めたりはしないよ」
「私もそう思うんだけどね。ねぇ、このキノコもらってもいい?」
「そうだ、食べよう食べよう」
そう言って、二人でキノコを食べる。
うまキノコは醤油だけのシンプルな味付けだが、とても好評で、二人で20本分消費した。
それでもまだまだ余っているので、30本ほどお土産に持って帰ってもらった。
今度から墨汁では髪を染めずに、また白髪染めを買って頑張るらしい。
さて、水野さんのことどうしたものか。
鍛冶師になりたくないと聞いたばかりで、鍛冶師としてスカウトする勇気が俺にはなかった。
明石さんや姫に相談していいものだろうか?
水野さんが帰った後、俺は仰向きに寝そべって答えの出ない考えを巡らせるのだった。




