ミルクが嘘を吐いた理由
金曜日の午後。
俺は放課後、荷物を持って梅田のオフィスに向かった。
オフィスにいる明石さんには事前に電話してスケジュールは確認済みだ。
大阪駅は相変わらず凄い人の多さだ。
人混みはあまり好きではないので、できるだけ人の波を避けるように移動。
ビルのエレベーターホールはやはりまだ緊張する。
上の方の階にはバーとかレストランがあるみたいだけど、一人で行く場所じゃないよな。
少しため息をつき、オフィスに入る。
「明石さん、こんにちは」
「こんにちは、壱野様。今日はどうなさいましたか?」
「ああ、勾玉のことでお話がありまして」
「期日の変更でしょうか? まぁ、数が多いですからね。もしも間に合わないと判断しましたら、押野グループの探索者を使って集めますので、可能な限り頑張っていただければ――」
「あ、いえ、持ってきました」
「持ってきたとは?」
「勾玉です。1000個」
俺はそう言って、リュックサックを置く。
この中にちょうど勾玉が1000個入っている。
一度全部出してから、99個インベントリに入れるのを10回、さらに追加で10個入れて数えた。
間違いなく1000個入っている。
「もう集めたんですか? 期日までまだ二ヵ月ありますが」
「こういうのは早い方がいいと思って」
明石さんが無表情でリュックサックの中を見ると、勾玉を一個取り出した。
「明石さん?」
「……驚いておりました」
「驚いてたんですね」
「正直、集められないと思っていました」
「……え? 期日以内に集められると判断してのあの数じゃなかったんですか?」
「はい。姫お嬢様から聞いた情報を元に判断したら集めることが可能だと判断しました。ですが、姫お嬢様が少し大げさに評価しているのではないかと疑っていました。なので、最初に壱野様の実力を測るため、比較的失敗してもこちらでフォローできる仕事を依頼致しました」
「そこまでぶっちゃけるんですね」
本来なら達成できない依頼を俺に押し付けて、実力の限界を測ろうとしていたということか。
「壱野様には申し訳ないことをしました。謝罪いたします。壱野様は姫お嬢様が仰る通りの――いえ、それ以上の方でした」
明石さんはそう言ってもう一度謝罪をし、勾玉を数え始めた。
どうやってこの短時間で集めたのかは一切聞いてこない。
一応言い訳を考えてはいたけれど、正直助かる。
「確認しました。報酬は政府からの入金が行われ次第行います。お疲れ様でした」
「いえ、どういたしまして。ところで、明石さんは今日は何の仕事を?」
「いろいろとありますが、目下の課題は鍛冶師の雇用ですね。鍛冶のスキルを持っている人は少ないですし、誰でもいいというわけではありません。姫お嬢様の理念についていける方でないと雇う意味がありませんから。そうなってくるとどうしても」
世界一を本気で目指している姫の下で働くんだ。
適当な仕事をさせられないって気持ちはわかる。
俺も手伝うことができればいいんだが、俺の伝手なんて高校の友だちと家族くらいなものだ。
結局、大人に頼ることしかできないんだな。
スマホが鳴った。
発信者を確認する。
「すみません、姫からです」
俺はそう一言伝え、電話に出た。
『明日のことなんだけど、泰良は石舞台ダンジョンに行くの?』
「いや、行かない。ちょうどいまオフィスにいて、勾玉は明石さんに納品したぞ」
『もうっ!? 本当に規格外ね。あぁ、明日なんだけど、実家で用事があってそっちに行けそうにないのよ。だから、ダンジョン探索は自由にして。アヤメにはもう伝えてあるから』
「オッケー、わかった」
『それと、ミルクにも伝えようと思ったんだけど、あの子電話に出ないのよ』
「なんか体育祭の準備とかで忙しいらしいぞ?」
『え? 桐陽高校の体育祭は十月でしょ? なんでいま忙しいの? そもそもあの高校は体育祭の準備に三年生を使わないわ。受験の追い込みシーズンだから低学年の生徒が中心となって行われるはずよ』
……ん?
どういうことだ?
お手伝いさんに体育祭だと嘘をついてどこかに出かけているのか?
夜遊びをするような奴とは思わないが、万が一ということもある。
帰りにあいつの家に寄ってみるか。
「わかった。ミルクのことはこっちに任せてくれ。なんか知らんが実家の方頑張れよ」
『頑張るような内容じゃないけどね。じゃあ、ミルクのことは頼んだわよ』
通話終了。
「姫はなんか実家の方で大変らしいですよ」
「奥様がニューヨークから帰っていらっしゃるので、その出迎えでしょうね」
調べようと思えばわかることなので、特に隠すことなく明石さんは教えてくれた。
姫の母さんが帰って来るのか。
お金持ちの出迎えって大変なんだろう。
明石さんに教えてもらったが、姫の母さんは一年のうち半分は日本で、もう半分はアメリカで過ごしているらしい。
社長がそんなのでいいのかって思ったけれど、GDCグループから派遣されている部下が優秀だから問題ないとのこと。
それに、最近はリモートで仕事ができるのでそれがなくても問題ないらしい。
オフィスを出て、駅に向かう。
思ったより遅くなってしまった。
母さんには事前に遅くなることは伝えているけれど、クロとシロの散歩は俺の仕事だから帰ってから行かないとな。
そう思って駅に向かう途中――
「ミルク? なんでここにいるんだ?」
「泰良こそ、なんで?」
ミルクがいた。
「天下無双のオフィスが梅田にあるんだよ。そこに行ってた。ていうかお前、電話に出ないだろ? それに、お手伝いさんに体育祭の準備だって嘘ついて、なにやってるんだよ」
「……ダンジョンに行ってたの」
「ダンジョンって、姫には平日には行くなって言われてただろ?」
「うん……でも、明日までに薬魔法を使いこなそうと思って。せっかく泰良のお陰で覚えられた魔法だし」
「学校サボってるんじゃないだろうな?」
「ちゃんと行ってるよ。ダンジョンに潜るのも一時間くらいだし。魔力を全部使い切ったら帰ってるし」
あぁ、魔法の熟練度を上げるのが目的なら何時間もずっと潜る必要もないのか。
「それで、成果は?」
「うん、何種類か魔法を覚えたよ。魔力もだいぶ増えた。明日見せてあげる」
「そうだ、それだ。明日は姫が用事があるから、自由行動らしいぞ」
「え? そうなの?」
「そうだよ。あと、明日からこれを使え」
「……リボン? 泰良からのプレゼント?」
ミルクがリボンを見てそう尋ねる。
俺は頷いて説明をする。
「成長のリボンだ。成長の指輪と同じで経験値二割増しの効果がある。二つ併用したら四割増しだぞ。昨日手に入れてな」
「え!? 本当に? これって高かったんじゃないの?」
「牛蔵さんから貰ったD缶の中に入ってたんだ。だから無料」
と説明する。
牛蔵さんからのD缶なら、ミルクも素直に受け取ってくれるだろう。
「まったく、昨日はこれをプレゼントしようと思って電話したのに、折り返しもしてこないし――どうせ怒られると思ったんだろ」
「うっ……泰良には土曜日に魔法を見せて驚かせたかったの。大事な用事ならメールをしてくるから別にいいかなって思って」
確かに大事な用事だったら絶対にメールしているな。
癖を完全に見抜かれている。
これだから幼馴染ってやつは厄介だ。
そして、ミルクと二人で家に向かう。
「そういや、捨て犬を拾ってな。白い犬なんだが――」
「それ、本当に犬なの? 実はフェンリルじゃないよね?」
「ただの犬だって。とりあえず三カ月間預かってみるんだが、お前、飼う気はないか?」
「あぁ……飼いたいんだけど、うちのお手伝いさん、犬アレルギーなの。ごめんね」
犬アレルギーじゃ仕方がないな。
いきなり当てが外れてしまったが、まだ三カ月もある。きっと直ぐに見つかるさ。
それにしても、ミルクの魔法――どんなことになってるのか。
日曜が少し楽しみだ。
ありがとうございました。
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