オフィス天下無双
買い物を終えた俺たちは姫に指定された場所に行く。
一階にカフェなどもあって比較的若い人の出入りも多いのだが、エレベーターホールはスーツ姿のサラリーマンばかりで場違い感がある。
今度来る時は兄貴の結婚式用に仕立てたスーツで来た方がいいだろうか?
「――ここだな」
事前に姫から送られてきたIDカードを使って鍵を開けて中に入った。
そこはやけにすっきりとしたオフィスだった。
テーブルは五つ。
手前に四つ、奥に一つ。
手前の机のうち一つにはパソコンや書類、電話機などが置かれ、誰かが使用していることはわかるが、他は誰も使っていないようだ。
他にもホワイトボードやら書棚やらいろいろとある。
奥の椅子に座っていた姫が立ち上がる。
「泰良、アヤメ、よく来たわね。ようこそ、ここが私たち天下無双のオフィスよ。二人の席はそことそこね」
「綺麗なオフィスだな。結構高いんじゃないか? 家賃いくらくらいだ?」
「いきなり家賃を聞くの? 別にいいけど……だいたいこのくらいよ」
と姫は置いてあった電卓に数字を叩きこむ。
「そんなに安いのか?」
俺が想像していた価格の十分の一以下だった。
嘘だろ? さすがにそれはないと思う。
まさかドルってことはないよな? それだと逆に高すぎるんだが。
「言っておくけど、一坪当たりの賃料よ」
「そうだよな……ん? ここ何坪だ?」
「狭いわよ。たった30坪しかないもの」
……30坪――ってことは……うわ、俺が想像していた金額の倍以上だ。
「あの、押野さん。私たちが行くのっていつもてんしばダンジョンなのに、なんで梅田にビルを借りたんですか?」
「いい質問ね。EPO法人のブランディングの向上と、あとはビジネスチャンスが広がる可能性が高いからね。特に私たちは全員が学生。大切な仕事を任せるにはどうしても不安になる。でも、梅田の一等地にオフィスを構えているっていうだけで信用に繋がるの」
「そういうものか? ダンジョンに潜るのに信用もいらないと思うが」
「個人で動くには限界が来るのよ。探索者の敵が魔物だけとは限らないんだから」
魔物以外の敵。
つまり、制度、法律、そして国家ってことか。
純粋にダンジョン探索だけを楽しみたいんだがな。
家賃とか梅田にオフィスを構えた理由も気になっていたが、それより気になっていたのは、机の数が多いってことだ。
「ところで、その席は誰のだ? お前の席じゃないよな?」
「ああ、そこは――」
と姫が言いかけたとき、誰かが入ってきた。
……ってえ?
「明石さん?」
そこにいたのは明石さんだった。
あれ? 東京に帰ったんじゃなかったっけ?
明石さんは俺たちを見ると、頭を下げて言う。
「はじめまして。壱野様と東様ですね? お話はお嬢様から伺っています」
いつも通り丁寧な返事をする明石さんだが、はじめまして?
それに、明石さんは俺のことを「壱野さん」と呼んでいたような。
「私は明石翔上と申します。先日は姉がお世話になったようで、ありがとうございます」
「姉?」
「彼女は明石君代の妹の明石翔上よ。昔から私のサポートをしてくれているの。いろいろな書類仕事とかは彼女の仕事ね」
「明石さんの妹なのかっ!?」
一卵性双生児ってやつだよな。
ここまで似るのか。
スーツの色が違うが、それ以外は同一人物にしか見えない。
「双子だったんですね」
「いえ、私と君代は双子ではありません」
「違うの? こんなにそっくりなのに?」
「はい。私たちは六つ子ですので」
おそ松かっ!?
てことは、二人じゃなくて六人が全員同じ顔なのか。
サ〇ゼリヤの間違い探しより難易度が高そうだ。
「姫、よく君代さんと会ったとき一瞬で誰か見極められたな」
「私、次に君代さんに会っても絶対に翔上さんと間違いそうです」
「間違えないわよ。アメリカに住んでたとき、日本人の友達って翔上たちくらいしかいなかったからね。自然に覚えたわよ」
幼馴染なのか。
俺とミルクみたいな関係だったんだな。
そのくらい長い付き合いなら顔の区別もつくのだろう。
「妃さんも一緒だったんですか?」
「そうね。妃とは一歳しか差がないから、姉であると同時に幼馴染みたいな関係だったわね」
「それにしては仲が悪いよな」
「近くにいたからこそムカつくこともあるのよ」
難儀な関係だな。
そして、後の四人の明石さんは、いったいどこで何をしているのやら。
「それで、このオフィスって何をする場所なんだ?」
「EPO法人は政府からの仕事を受けることもあるからね。その仕事の受付業務や会計処理、その他事務全般よ」
「荷物の保管は?」
「そっちは別の場所を借りてるわ。さすがに日中誰もいないと警備上の問題もあるし、保管場所が梅田である必要はないでしょ」
それもそうか。
「あと、これが泰良とアヤメの名刺よ」
おぉ、名刺か。会社のロゴが手裏剣なのは文句を言いたいが、しかし人生で初めての自分の名刺は少し嬉しい。
「俺の役職、理事なのか?」
「私も理事です……」
「三人で作った法人だしね。私は理事長で、明石は事務長、ミルクが入ってきたら副理事をしてもらう予定。あと、ここにはいないけれど、監事もいるわ」
「監事?」
「私たちを監査する人間よ。EPO法人には必要なの。今度紹介するわ」
会社って大変なんだな。
「細かいことは明石に任せれば大丈夫よ」
「はい、お任せください。壱野様、東様、そして姫お嬢様がダンジョン探索に専念できるよう、裏方業務は全て担当させていただきます」
明石さんは妹も頼りになる。
彼女がいてくれたら、こっちは心配しなくてよさそうだ。
「それで、政府からの仕事ですが、早速、壱野様にはこちらにとりかかっていただきます」
「え? もう仕事?」
「はい。政府からの依頼の中から皆様に合うものを選ばせてもらいました。政府からの初の依頼になりますので、失敗なさいませんようにお願いします」
いきなり仕事の依頼か。
場所は、あぁ、石舞台ダンジョンが筆頭にあるが、他にも入手できるダンジョンがいろいろと書いてある。
集めるのは勾玉。あぁ、ハニワが落とすやつか。
……え? 勾玉1000個?
「あの、明石さん。さすがに多すぎませんか?」
「期日には余裕がありますし、壱野様なら十分達成が可能だと判断致しました」
明石さん、できる女性っぽいが、社畜量産タイプの人間なのか?
「あの……ダンジョン以外でも集めていいですか?」
「ええ、数を揃えられるなら問題ありません。ただ、販売所及びオークションサイトでは既に政府によって買い占められていますので、そちらでの入手は不可能になります」
よし、それならPDで集めよう。
「壱野さん、大丈夫ですか? 私も手伝います」
「いや大丈夫だ。伝手があるから期日内には集めるよ」
「本当に泰良には謎の伝手があるわよね。明石、泰良がどんな風にアイテムを集めてきても探りを入れてはダメよ。泰良がおかしいことをしても、泰良だからと片付けておきなさい」
「はい、かしこまりました。それと、鍛冶師のことですが――国内に登録されているフリーの鍛冶覚醒者の7割に当たりましたが、雇用条件に合う人員の採用は叶いませんでした。やはり他社の鍛冶師を引き抜くか、未登録の鍛冶師を探すしかないと思います」
覚醒者は一度国に登録する義務がある。
アヤメやミルクも登録している。
だが、鍛冶師の中には危ないことに巻き込まれるのが嫌で、その登録を疎かにする人がいると聞く。
そのことを言っているのだろう。
でも、鍛冶師であることを隠している人を、無理に捜すのは難しいだろうな。
髪だって染めればわからないし。
「……そう。他社からの引き抜きは少し待って。いまは敵を増やしたくないわ。未登録の鍛冶師を探してちょうだい」
ただでさえ、俺等は押野グループが後ろ盾という以外に大きな信頼がない。
そんな状態で恨みを買うのは避けたいよな。
いくら幸運値が高いといっても、人との出会いまでは操作できないだろう。
明石さんと姫に期待するしかない。
今日はオフィスの見学だけだったので、これで解散となった。
「姫、これ販売所で買ってきたんだ。やるよ」
俺はそう言って、買ってきたD缶を投げた。
何故か、アヤメが「押野さんの分も買ってたんですか」とガッカリしている。
「D缶? 私、開いたの見たことないんだけど」
と言って、姫がトントンとD缶を叩くと、
「押野さんっ!? 缶が光ってますよっ!?」
「え? なに? どういうこと?」
D缶が輝きだし、パカっと開いた。
俺にとっては見慣れた光景だが、姫とアヤメにとってはそうでもないらしい。
かなり興奮しているのがわかる。
「姫さん、中身はなんですか?」
「えっと……耳飾り? だと思うわ」
そのイヤリングには青い宝石がついていた。
結構高そうだ。
「泰良、鑑定使えたわよね」
「はいはい。鑑定するぞ……疾風のイヤリングだってさ。片方で10%、両方で20%俊敏値が増えるらしい」
「俊敏値が20%……凄い効果ね。伝説級とまではいかなくても最高級の装備よ。売ればいくらになるかしら」
「売るのか?」
「使うに決まってるでしょ! ありがとう、泰良。最高のプレゼントだわ!」
姫がさっそく疾風のイヤリングを装備して言った。
姫には普段から世話になってるからな。
少しは恩を返せてよかったよ。




