ミルクの回復魔法(?)
このスキル玉は絆創膏を貼ったらD缶から出てきた奴だ。
「これを噛まずに最後まで舐めれば、スキルを覚えることができる」
「本当なの?」
「ああ。偶然発見してな」
「……もしかして、石舞台のダンジョンで私が貰った飴もっ!? 私、ちょっと噛んじゃって」
「いや、あれはただの飴玉だ。回復魔法を覚えるかどうかは賭けだが、その可能性が高い。絆創膏を貼ったら出てきた」
D缶から出たスキル玉と覚えられるスキルには因果関係がある。
絆創膏を貼って出たのだ。
回復魔法ではなくても、応急手当とかそういうスキルだと思う。
回復系のスキルは非常に貴重だ。
「たとえば、火で炙ったら火の石が出てきた。砂糖をまぶしたらダンジョンドロップが出てきた。まぁ、因果関係がわからないのもあるにはある。たとえば、俺が使える獄炎魔法っていう魔法――」
「アヤメが助けてもらったときに使った魔法だよね?」
「そうだ。あれは別のD缶を二個開いたらその時に一緒に開いたんだ……それでなんで獄炎魔法なのかはわからん」
「んー、もしかしたらケルベロスかも」
「ケルベロス? って三つ首がある奴だよな?」
「そう。ケルベロスはダンジョンにもいるらしいんだけどね。地獄の門番って二つ名があるの」
……地獄の門番、三つの首。
黒いD缶の三つ目。
少しこじつけ過ぎる気がする。
「でも、仮にこれが回復魔法を覚える飴玉として、泰良が使わないのはなんで?」
「いや、俺も使おうと思ったんだがな、俺がこれを使うと少々都合が悪いことが起こるんだ」
だが、俺はこれを覚えることができない。
回復魔法を必要とするのは、それこそ敵が強くなってから。
生きるか死ぬかの戦いを強いられるようになってからだろう。
そんなときの俺の切り札は地獄の業火だが、これを使うと魔力を全部消費する。それを使ったら回復魔法は使えない。回復魔法を使ったら、地獄の業火を使うことはできない。
そう思って、このスキル玉を使えずにいた。
「このスキル玉は牛蔵さんから貰ったD缶から出てきたものだし、それにミルク以外にはあまり話したくないんだよ」
「確かに、スキル玉なんてものが実在するんだとしたら、パニックになるよね。D缶も買い占められるかも」
「それもあるけど、アヤメや姫は俺が強いって思って、仲間として認めてくれている。それが、ただのスキル玉による借り物の力だって知ったら幻滅するかもしれないだろ?」
「それはないと思うけど……でも、私にならどう思われてもいいってこと?」
「そうだな。ミルクにならどう思われてもいいかな?」
「それはなんか癪なんだけど」
「何言ってるんだよ。ガキの頃に一緒に風呂に入った仲だろ? お互い、今じゃ恥ずかしくて言えないようなことも全部知ってる仲だ。このくらい恥でもなんでもないよ」
俺はそう言って親指を立てて言う。
「お前は母さんの次に、俺の弱いところを知っている女性だからな!」
「泰良……」
「逆にお前の恥ずかしいこともいっぱい知ってるんだ。たとえば俺の家に泊りに来たときにトイレの便座を下げ忘れて――」
「なんてこと覚えてるのよ! 忘れてよ!」
「忘れないって。だから弱音の一つや二つ、どんと俺に吐き出せ。そんなこと聞いたってお前の評価は全然下がったりしねぇよ。ミルクはミルクのままだ。そんで、スキル玉で覚えた回復魔法で俺を助けてくれ」
「…………うん」
ミルクが頷いた。
そして、彼女は俺を信じて、スキル玉を口に入れた。
「絶対に噛むなよ。噛まずに舐めろ」
ミルクは頷く。
姫とアヤメがちょうど更衣室から出てきた。
俺はダンジョンドロップを取り出し、
「姫とアヤメも飴舐めるか? 普通のダンジョンドロップだ」
「ちょうど甘いのが欲しかったの。一つ頂くわ」
「私ももらいます」
「噛まずに舐めろよ。飴は噛んだら虫歯になりやすいからな」
と二人には普通の飴玉を渡し、俺も一つ舐めた。
あ、コーヒー味かと思ったらコーラ味だ。
「それにしても、本当だったのね。大阪の人は飴玉を普段から持ち歩いてるって。しかもちゃん付けで呼ぶのよね? アヤメも飴ちゃん持ってるの?」
「えっと……のど飴ですが」
アヤメが恥ずかしそうに鞄からのど飴の袋を取り出す。
本当に持ち歩いていた。
「よかったらどうぞ」
と言って、個包装になっている飴を全員に配った。
そして、俺たちは飴玉をころころと舐めながら移動を開始。
ミルクはあまりしゃべらない。噛まないように集中しているのだろう。
「そういえば、泰良。明石に会ったんだって? なんか言ってた?」
「お礼と、あとは武器は定期的にメンテナンスをした方がいいって。鍛冶師を見つけた方がいいって言ってたな」
「鍛冶師は必要よね。探してはいるんだけど中々見つからないの」
「そうなのか?」
「鍛冶師っていうのは、だいたいは覚醒者なのよ。まず、後発で鍛冶スキルを覚えることはないもの。その数は決して多くないわ。そして、鍛冶師の人数が少ない一番の問題は危ないことよ。鍛冶師になる覚醒者って、だいたい攻撃特化で防御値と俊敏値が著しく低いのよ。でも、鍛冶スキルを十分発揮するにはレベルを上げて攻撃値を増やさないといけない。最初はなんとかなっても、十階層とかに行くと、安全マージン圏内でも一撃で骨折したり、下手すれば死ぬこともある」
「それは……なりたくないな」
「魔法の覚醒者も防御値が低いって言われますけれど、遠距離攻撃の魔法が基本ですからそこまで危なくはないんです。でも、鍛冶師さんにはそれがありませんからやっぱり危ないですよね」
姫の話を継ぐようにアヤメが言う。
いろいろあるんだなぁ。
そう思っていたら、ミルクが急に俺の腕を掴んだ。
そして、俺を引っ張る。
「悪い、ちょっと待っててくれ! 用事ができた」
どうやら、ミルクはスキルを覚えたようだ。
だが、どうした?
もしかして、回復魔法を覚えられなかったのだろうか?
そう思ってついていく。
「泰良……スキル、覚えた」
「そうか。それで、何を覚えたんだ? 回復魔法じゃなかったのか?」
「……ほぅ」
「ん?」
「……薬魔法ってスキルを覚えたの」
聞き間違いではなければ、薬魔法ってミルクは言った。
回復じゃなくて薬?
「そんなスキルあったか?」
「ネットで公開されているスキルは全部覚えてるけど聞いたことがない。たぶん、ユニークスキルだと思う」
「そっかぁ、ユニークスキルか」
D缶のスキルはやっぱり規格外のものが多いな。
俺がD缶で覚えたスキルは
PD生成、詳細鑑定、獄炎魔法、インベントリ、怪力、投石。
そのうち、ネットに情報があるのは怪力と投石のみ。
なんと4/6――約分すれば2/3でユニークスキルだ。
そう考えると、素直に回復魔法を覚えさせてくれる確率は低かった。
そのことをミルクに伝えるの、忘れてた。
「あ……ああ、薬魔法ってどんな魔法が使えるんだ?」
「今使えるのは、回復薬銃……魔法で作ったポーションを水鉄砲のように飛ばす魔法みたい。ねぇ、みんなになんて説明したらいいと思う?」
「『レベルが上がったらユニークスキル生えました! 念願の回復魔法です! これからよろしくね!』って感じでいいんじゃないか?」
「これって回復魔法なのっ!? 本当に回復魔法でいいのっ!?」
「…………」
俺は視線を逸らした。
だって、薬魔法ってなんか嫌な気がするんだよな。
回復薬はいいけど、麻酔薬や睡眠薬や麻薬や火薬まで対応していたら、もうそれ何の魔法だよってなってしまう。
俺はとんでもない魔法使いの卵を世に生み出してしまったのかもしれない。