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1000万の男

 ミルクと二人きりでこんなに緊張するのは初めてだ。

 ここはもう一人来てくれたら、女の子同士で会話が弾んで俺は一人でのんびりとお風呂に入れる。

 そう思っていたら一人やってきた。

 アヤメだ。

 ちょうどいい。

 アヤメは大人しいから、水着も大人しいはず。

 うん、大人しかった。


 スクール水着だった。


 高校生のスクール水着ってかなり危ないぞ。

 しかも、旧タイプ――1970年代のスク水だった。

 俺の生まれる前のものなので懐かしさはないのに、背徳感が増すのは不思議だ。


「あの、壱野さん。少し恥ずかしいのであんまり……いえ、見てください」

「いや、見ろって言われても――」


 見ていいのか?

 というか、アヤメ、ミルクと話をしたらどうなんだ?

 と思ったら、アヤメは俺の隣に座った。

 横というより隣だ。

 俺の手にアヤメの手が触れる。


「壱野さん、その……」

「アヤメ、いまはお風呂を楽しみましょ」


 と言って、ミルクが反対側の俺の隣に座る。

 いや、アヤメと話すなら、お前はアヤメの隣にいろよ。

 この状況、はさみ将棋だったら俺、消えてなくなってるぞ。


「あら、随分楽しそうな状況ね」


 そう言って肩にタオルを掛けたビキニ姿の姫がやってきて俺の正面に座った。

 姫はビキニ姿だ。

 こいつは一番安心感があるわ。

 少しマセた小学生みたいだもんな。

 ロリっ子好きならば危なかっただろうが、俺にはそんなものはない。

 髪を下ろした姫は新鮮な感じがするが、それだけだ。


「泰良、何、姫ばっかりみてるのよ」

「壱野さんは小さい子の方が好きなんですか?」

「それは濡れ衣だ」


 さすがにそれは聞き捨てならない。

 よし、ここは気分を落ち着けよう。

 牛蔵さんだ。

 牛蔵さん、あのマッチョ。

 動画サイトでプロボクサー時代の現役で戦っていたときの様子を。

 うん、気分は萎えてきた。

 今の俺は無敵だ。


「泰良が何か優しい顔になった」

「壱野さんの目、まるで聖者のようです」

「こんなカワイイ女の子三人に囲まれてそんな顔ができるなんて、逆に失礼よね」

「ははは、風呂は楽しくはいるものだぞ。姫、タオルはお湯につけたらダメだからな」


 やっぱり温泉は気持ちいいな。

 と思っていたら、あれ?


「姫、家族風呂って貸し切りだよな?」

「家族風呂だから当然でしょ? あと一時間は私たちしか入れないわ」

「脱衣所から人の気配がするんだが」


 気配だけじゃなかった。

 声も聞こえてくる。


「お嬢様、お待ちください! 今入ってはいけません!」

「あの女がここに入っていくのを護衛の一人が見ていたのです!」

「ここは家族風呂ですから貸し切りです! 出るまでお待ちください」

「あら、私とあの子は姉妹。家族なので問題ありません!」


 その声には聞き覚えがあった。

 嫌な予感しかしない。

 そして、それは的中した。


「いますわよね、押野姫! 私が来ましたわ!」


 やっぱり妃だ。

 明石さんも一緒で、さらに二人とも水着姿ではなくバスタオルを巻いている。


「って、なんでここにあなたがいるのですかっ!」

「こんばんは。あの、あまり暴れると――」

「姫、殿方と一緒にお風呂に入るなんて、ふ、ふ、不潔ですわ――っキャァァァっ!」

「危ないですよ……って言おうとしたんだけど」


 妃はバランスを崩して思いっきり尻から転んだ。

 その拍子にバスタオルが剥がれ落ちる。

 その下には水着を着ているわけでもなく――


「泰良、ダメェェェっ!」

「壱野さん、見たらいけません!」

「ミルク、前から押さえつけるな! アヤメ、後ろに回って目隠しとか――ちょ」


 前にはミルクが俺の身体に覆いかぶさり、アヤメが後ろから手を回して俺の目を覆っている。

 この状況はマズイ。

 左右のはさみ将棋には耐えられたが、前後のはさみ将棋だとさすがにマズい。


「お嬢様、しっかりなさってください! お嬢様!」

「もう、最悪ね」


 明石さんが妃お嬢様を介抱する声と、姫の悪態が聞こえてくるが、俺はそれどころじゃない。

 牛蔵さん、俺に力を貸してくれ! 牛蔵さん!

 俺はニューヨークのダンジョンの中で治療と探索を続けているであろう彼に心から願った。





 夕食は昨日と同じ個室で食べる。

 メニューは洋食のコース料理。

 食べ慣れているミルクと姫に対し、終始テーブルマナーにてこずる俺とアヤメの二グループで構成された。


「別に私たちしかいないんだから、面倒ならお箸で食べればいいのに」

「いいえ、世界一位の探索者パーティになったら各界との食事会の参加も必要になるわ。最低限のテーブルマナーは学んでおきなさい。泰良、無理に一口で食べようとしない。アヤメ、サラダはナイフを使ったらダメよ。フォークのヘリを使うの」


 なんで楽しいはずの食事が授業みたいなことになってるんだよ。

 今度からみんなで食事をするときは和食を注文しよう。


「昨日の食事も注意するべき点が山ほどあったけど、初日だから黙っておいたのよ」

「和食の方がマナーが難しいよね」


 なん……だとっ!?

 俺には中華料理しか残っていないというのか。

 中華料理のマナーって全く知らんけど。

 テーブルを回せばいいんだよな?

 と考えていたら、何か物音が。

 これは妃の声か?


「ホテルの支配人に足止めをさせてるの。支配人のモンスターカスタマーへの対応実習ってことにしてるわ」

「支配人さん、お気の毒に」


 本社の社長令嬢と、関連会社の社長令嬢との板挟み。

 想像しただけで地獄だ。

 五分くらいして、少し静かになった。


 その後、俺とアヤメはテーブルマナーに苦戦しながらも、美味しい食事を食べた。

 味は絶品なので普通に食べたかった。

 特にステーキは凄かった。

 フィレミニョンって聞いたこともない部位の肉が出てきた。

 とても柔らかいのに味が濃厚でうまい。

 肉がとろけて、舌もとろける味だった。

 食後の初夏のうんたらかんたらって長ったらしい名前のアイスとフルーツの盛り合わせを食べ終えて、あとは部屋に戻って寝るだけだ。

 寝る前に大浴場に行って温泉入り直そうかな? 水着のままだと洗えない場所もあったし。

 と思って外に出ると、


「待ちわびましたわ、姫!」


 妃が扇子の先を姫に向けて言った。

 こいつ、俺たちが食事をしている間ずっと待っていたのか。

 後ろで控える明石さん、本当にお疲れ様です。


「ここだと他の客の迷惑になるから、会議室で話しましょうか? みんなは部屋に戻っていていいわよ」


 さすがの姫も根負けしてそう言う。

 そうさせてもらうか。

 姉妹喧嘩に巻き込まれるのは御免だ。


「申し訳ありません、壱野さんもお付き合い願えないでしょうか?」

「え?」

「今回の件は壱野さんが手に入れたトレジャーボックスによる話し合いですので」


 明石さんが申し訳なさそうに言った。

 断りたいが、仕方がないか。

 話し合いはいつもの会議室で行われた。


「明石、飲み物を――」

「はい」


 出されたのは「飲むみかん」だった。

 全員の前にグラスが並べられ、そのグラスに飲むみかんが注がれていく。


「それで、用事ってなに?」

「トレジャーボックスTを私に渡す栄誉を差し上げますわ」

「冗談のために呼んだのなら、部屋に戻るわよ」

「トレジャーボックスTを売っていただきたいのです」


 明石さんが言った。

 デジャヴだ。

 いつもこんなことをやっているのだろうか?


「おあいにく様、あれはもう開封済みよ」

「なんですって!? この私に相談もなく、酷いではありませんか!」

「なんであんたに相談しないといけないのよ」

「……それで、中身はなんでしたの?」

「言う必要はないわ」

「明石っ!」

「はっ……壱野さん。申し訳ありません」


 明石さんが俺に謝罪する。


「出てきたのは身代わりの腕輪でしたか?」

「……ノーコメントで」

「お嬢様、どうやら当たりのようです。出たのは身代わりの腕輪で間違いないようですね」


 ――っ!?

 どういうことだ?

 俺は何も言ってないだろ?

 姫が盛大にため息をついている。


「泰良もまだまだね。いまのはブラフよ。明石はその後のあんたの態度を見て、出たのが身代わりの腕輪かどうか見極めたのよ。それにあんたはまんまと引っかかったわけ。騙すような真似をしてすみませんって意味で、明石は前もって謝罪したのよ」

「悪い」

「いいわよ。身代わりの腕輪が出たことを黙っていたのは、妃に逆恨みされたくないから」

「ええ、恨みますわよ。私が一番欲しがっているものを――あなたが邪魔しなければ私が手に入りましたのに」


 妃は俺たちが一個しかトレジャーボックスTを手に入れてないと思っているから、そう言いたい気持ちはわかる。

 だが、実際のところトレジャーボックスTは百個以上出ているので、あの時のトレジャーボックスTの中身が身代わりの腕輪だったかどうかはわからない。

 とはいえ、それを売ってくれとか言ってこないんだな。


「…………そうだ、いいことを思いつきました!」


 妃が邪悪な笑みを浮かべる。


「そこの庶民、たしか参野とか仰いましたわね?」

「壱野です」


 勝手に二つ増やすな。


「あなた、私の下で働きなさい。あなたが私の下についたのなら、あなたが手に入れた身代わりの腕輪は私が貰う権利があります」

「は?」

「契約金は1000万でどうかしら? もちろん、即金で払いますわよ?」

「1000万ドルって、どこかで聞いた金額だな……」

「ドルなわけないでしょ! 円ですわよ! 1000万円! それでも、あなたのような庶民からすれば喉から手が出る金額でしょ?」

「断ります」


 考える余地もなかった。

 そもそも、身代わりの腕輪の売値が1500万なのに、舐めてるだろ?

泰良のことを個人として見ている姫と、身代わりの腕輪の持ち主としか見ていない妃の差がこちらになります。

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アニメ化大成功して明石さんスピンオフ出るといいな。
君代ちゃん苦労してんなぁ こんなどこに出しても恥ずかしいお嬢に育てて何がしたいんだ 金持ちの考えることはわからんよ
【良いところ】 風呂場で女の子とワチャワチャしつつーの妃お嬢様乱入で盛り上がりました。滑りやすい伏線も回収されてとってもスマートだと思いました。 【一言】 主人公は占い師に一度占って貰うと良いよ。きっ…
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