姫の誤算
『まさに【会議は踊る、されど進まず】――ね』
『聞いたことあるな。なんてドラマだっけ?』
『ウィーン会議ですよ、壱野さん』
『……俺、社会は世界史でもなく日本史だから忘れてたよ。あれ? じゃあ俺は何と勘違いしたんだ?』
『知らないわよ』
『踊る大〇査線じゃない? 事件は会議室で起きてるんじゃない――って奴だよ。パパが好きだから家にビデオがあるよ』
DVDじゃなくてビデオなのか。
俺たちが念話でそんな雑談に興じるほど、会議は進んでいなかった。
というのも、プロモーション用の動画の説明と撮影で呼び出されたはずなのに、あるEPO法人の代表が『ダンジョン局は政府に要望書を出すべきだ。このまま政府の言いなりになっていたらEPO法人の特権は全て剥奪され、逆に安い報酬で利用されるだけの組織になってしまう』と熱弁。しかも多くのEPO法人が同調した。
恐らくだが、事前に打ち合わせをしていたのだろうと姫は念話で言う。
しかも、そのうちの一社が、『要望書を出し政府の返事があるまで、動画配信の協力はできない』と言い出した。その法人は多数のインフルエンサーの探索者を抱える企業で、中には俺でも聞いたことがあるダンジョン配信者も含まれていた。
結果、説明会は急遽政府への要望書についての話し合いになった。
それがかなり酷い。
説明会と撮影がないなら帰っていいか尋ねたいが、そういう雰囲気ですらない。
みんな言いたいことを言う。
『ダンジョン産の素材や、それを元に作った製品がこの国の輸出産業を支えているのだから、ダンジョン局は防衛省ではなく経済産業省の管轄にするべき』とか、どういう意味があるんだ?
姫に尋ねたら、その要望を出した法人の関連会社に経産省から天下りした役員がいるから、そちらの方が融通が利きやすいらしい。
天下りって本当にあるんだな。
『うちにもいるわよ、天下り官僚』
『マジっ!?』
『ええ。元防衛省官僚に東京の支部で相談役をしてもらってるわ』
『癒着があるのかよ。それって言っていいのか?』
『どこでもしてることよ。それに、紹介してくれたのは上松元防衛相だし、払ってる給料分は仕事してくれてるわ』
『上松のおじ様が紹介したって言うのなら安心だね』
『では、私たちはダンジョン局は経産省ではなく防衛省の管轄のままの方がいいってことですね』
『どっちでもいいわよ。経産省の管轄になればなったで実家の方で伝手があるわ』
押野グループか。
心強い。
『押野さん、大丈夫ですかね? あ、今はなしている押野さんではなく、PDの押野さんです』
『わかってるわよ。まぁ、本体なら大丈夫よ。疲れたら寝るって言ってたし。むしろこんな会議に参加しているよりのびのびやってるんじゃない? 仮死状態になってもPDの機能は一応キープできているみたいだし』
『まぁ、クロとミコト、それにキズリカミキタくんもついてるしな』
PDは俺たち四人のうち誰かが入っていないと機能が停止してしまう。そうなったらトゥーナがダンジョン内でレベル上げができなくなる。
ダンポンに確認してもらったところ、絶対安全寝袋に入って仮死状態になっていても、機能は一部を除いて使えた。
唯一、魔物のリポップ機能が失われてしまう機能不全が起こるらしく、それも姫が起きて六時間ほどしたらある程度リポップするらしい。
ただ、それでもちょっと心配なのでクロを預けてきた。
クロは本来の大きさになってくれたらトゥーナを乗せて走ることもできるしな。
きっと効率よく狩りをしてくれることだろう。
にしても、本当に会議が進まないな。
園原さん、ストレスで死にそうな顔をしている。
今回のストライキに近い要望は関東を中心とするEPO法人が中心になっているみたいだからまだマシかもしれないが、これを機に他のNPO法人にも飛び火するかもしれないな。
『ちなみに、泰良は何か要望はないの?』
『特にないな』
『私はいまのままがいいんだけど』
『多夫多妻制は秘密裡に進んでいるのでここで要望は出せませんからね』
しいて言えば、こういう話し合いのときに出てくるサ〇ガリアのお茶のお代わりが欲しいかな?
3時間も話し合いが続くとミニ缶(190グラム)の量では足りなくなってきた。
『うちはどうするんだ? 要望書出すのか?』
『そのあたりは今後、月見里研究所とトヨハツと歩調を合わせていきましょ』
月見里研究所は閑さんのところだから納得。
トヨハツはなんだかんだいって、うちの在庫過多であるダンジョン産金属の最大の卸先だからな。
……え? 今後って言った?
てことは、この話し合いって今回で終わりじゃないの?
結局、俺たちが解放されたのは予定より二時間過ぎてからのことで、結局撮影やらの話し合いはできず次回への持ち越しになった。
姫の分身は用事が終わったらさっさと消えた。
俺はとりあえず姫の本体が心配なのでタクシーを使って急いでシェアハウスに帰る。
PDの中に。
そして、PDに入った途端、凄い臭いがした。
「姫……大丈夫か?」
なんかとても疲れた姫がロビーで休んでいた。
トゥーナはいない……ダンジョンに潜っているようだ。
ええと、出発してから六時間だから、ずっと百倍を維持していたとしたら、こっちでは六百時間。
ざっと二十五日くらい経過しているのか。
「大丈夫よ。ちょっと疲れたの」
姫がそんなことを言うのは珍しいな。
まぁ、二十日以上連続でダンジョンの中に潜ることって滅多にないものな。
だいたい、長い時でもPD内時間で一週間ダンジョンに潜ったら地上に戻るし。
「寝袋は使わなかったのか?」
「使ったんだけどね……魔物をリポップさせるために起こされるでしょ?」
「ああ」
「それで、その時にトゥーナが食事を始めるの」
「うん、まぁ、PDで時間経過は緩やかで老化が進まなくても腹は減るしな」
「毎食カレーしか食べないのよ」
……あ、うん。
俺たちも生駒山上遊園地のダンジョンに挑む前にPDの中に引きこもっていたとき、一番辛いのは食事だった。
自衛隊から貰ったレトルト食品がメインで、カレーも多かったが、それでも選択肢はあった。
一ヶ月ずっとカレーはなぁ。
三日くらいなら美味しく食べれる、五日なら頑張って食べれる、それ以上続くときつい。
食事に不自由していなかった姫なら猶更辛いだろう。
「それなら余計に寝てた方がいいんじゃないか?」
「……仮死状態ってね、記憶が一瞬で飛ぶのよ。それなのに、睡眠と同じ効果が得られるの。だって、寝袋だもの」
「そうなのか?」
「そう。だから、トゥーナが寝ている間、私は起きてるわけよ。魔物をリポップさせるためにね」
「そうなるな」
「ずっと起きてたらお腹が空くじゃない? でも、トゥーナってカレー以外持ってきてないのよ」
「……あぁ」
「ミコトはそもそも本来食事を必要としないし、クロは生肉を食べてたわ。私もどうにか別のものを食べようと考えたんだけど――」
もう一つ大きな問題があった。
時にはダンジョンの中で魔物を狩って、それを調理して食べることもできた。
姫は料理が得意ではない。というか苦手だ。
十段階評価で言うなら、ミルクとアヤメは九か十。俺が三とすれば、姫は一。
器用度が高いお陰で、野菜や肉を切る、果物の皮を剥く等はできるのだが、味付けが壊滅的に下手なのだ。
それでも姫は頑張った。
その結果が――
「なるほど、起きてた理由はコレか」
PD内の調理スペースにできた料理。
きっと、カレーばかりの食事に我慢できず、自分で調理しようと思ったのだろう。
それで失敗したと。
それなら、少し休憩にして地上に戻って、出前でも頼んだらよかったのに――と思うが、レベル上げの邪魔をしたくなかったのだろう。レベル上げにストイックなのは姫も同じだから、トゥーナの気持ちがわかるのかもしれない。
そして、姫の作った料理を見る。
見た目はそれほど悪くはない。
野菜は綺麗に切れている。
これは野菜炒めか。
かなり焦げているな。
素早さ重視の姫のことだからずっと強火で炒めたな。
そして食べた痕跡はあるが……しかし。
「美味しくなかったのか」
姫は無言で頷いた。
「私たちが料理を作るよ」
「料理ができるまで押野さんは少し休んでいてください。ミコトさんのためにもいなり寿司も作った方がいいですかね?」
「油揚げがありませんね。さすがに大豆から作ると時間がかかりそうです」
さすがミルクとアヤメは手際がいい。
油揚げって家で作れるの?
さて、俺は――
椅子に座って置いてあった箸を手に取った。
「ちょっと、泰良! 食べるの?」
「ああ、食べる」
「お腹が空いてるの? 食べるなら二人が作ったのにしなさいよ」
「いや、せっかく姫が作ったんだし」
と俺は野菜炒めを食べた。
焦げてるし、塩が多すぎる。
いい肉を使ってるが、表面は焦げてても中まで火が通っていない。
もっと薄切り肉を使うべきだ。
でも、頑張ったってのがよくわかる味がする。
「美味しい?」
「美味しくはないな。でも、姫の味がするから食べたいが勝つ」
「私の味って……もう」
姫が呆れている。
でも、好きな女の子が不器用ながらも一生懸命に作った、ちょっと焦げたり味付けを失敗している料理を食べるのって、男なら一度は憧れるシチュエーションだと思う。
ミルクやアヤメの料理が悪いってわけでは絶対にないが。
この機会を逃したら、姫は二度と料理を作ってくれないかもしれない。
だから俺は欲望に任せて全力で食べた。




