シルヴァ・グレイス
「植物を成長させる薬の魔法ってあるのか?」
「うん、覚えてるよ。木霊滋養法っていうの。夏休み明けには覚えてたかな?」
「そうなのか? 全然知らなかった」
「だって、使い道が全然ないんだもん」
そりゃそうか。
ダンジョンの中でわざわざ植物に栄養剤を撒く必要はない。
そして、ダンジョンの外では魔法を使えない。
本当に使い道が思い浮かばない。
植物の魔物をテイムできたら可能かもしれないが。
……ん?
「捕獲玉って、魔物の卵の殻から作れるよな? でも、植物は卵を産まないだろ?」
「植物は種で増えますから」
「もしかして、魔物の種から捕獲玉を作れないかって思ってる?」
「ああ。試したことないだろ?」
なにしろ捕獲玉を作れるのは水野さんだけだ。
俺たちが試していないなら、誰にもわからない。
「さすがに種と卵を一緒にするのは無理があるんじゃない?」
「試してみる価値はあると思います」
「どのみち、私の魔法でエンペラートレントが種を落とすことが確定してからになりそう。それに、捕獲玉を植物の種から作れるってわかっても、公表はできないでしょ?」
そうだな。そんなことになったら水野さんの仕事がパンクする。
今でもかなりの数の注文が来ている。
ただ、卵の殻はレアアイテムだ。
しかも出回っていた卵の殻は、捕獲玉の素材が卵の殻であることを公表するために姫が大量に買い占め、市場から消え失せた。捕獲玉の製作には卵の素材を用意してもらう必要があるため、捕獲玉の注文数は決して捌けないものではない。
だが、ここにきて植物系の魔物の種が捕獲玉の素材になるなんてわかったら、注文が大量に舞い込むだろう。
「……水野さん、ただでさえ忙しいのに、なんでエンペラートレントを植えて木材装備の量産なんて考えを思いついたんだ? 仕事が増えるだけなのに」
「仕事中毒者の矜持ね」
もしかして、エンペラートレントの種を見つけない方が水野さんのためなのでは?
と思ってしまうが、とりあえず実験だけはしてみよう。
「アヤメ、エンペラートレントの居場所を探してくれ。できれば単独で開けた場所にいるのを」
「わかりました」
植物の栄養剤を撒くんだから、他の植物、特にエンペラートレントに栄養を奪われにくい場所がいい。
そして――
「ゼンちゃんが見つけてくれました」
「こっちだ」
空から形代と一緒にサポートしてくれていたゼンが飛んできて案内してくれる。
森の中を歩く。
途中、何度か魔物と遭遇したが、この階層の魔物はツーマンセルで倒していた。四人全員揃って行動している俺たちの敵なわけがなかった。
「あれだ」
小高い丘の上に一本のエンペラートレントが生えていた。
さながら、ド〇えもんの学校の裏山の一本杉のような孤高の存在って感じだ。
確かに条件にピッタリだな。
「よし、ミルク! 頼む!」
「任せて! 《木霊滋養法》!」
ミルクが杖のように銃を振り回して魔法を唱えた。
無詠唱で使えるはずなのに、わざわざ魔法名を唱えたのは、俺が薬魔法のことを忘れていたからだろうな。
ただ、魔法の指向性を定めるために使ってるのだろうけど、杖ではなく銃を使っているせいで強力な水鉄砲を使っているようにしか見えない。
さて、これであとはエンペラートレントを倒せば――
ん?
「な、なぁ。俺の目がおかしくなったのか? エンペラートレントが巨大化しているような気がするんだが」
「私にもそう見えます。幹だけでなく枝も長く太くなっています」
「それに、なんだかこっちに向かって歩いてくる速度も普通より速いような――」
栄養剤を飲めば元気になるのはわかるが、ここまで効果があるなんて。
「ミルク、ストップ!」
「え? もう終わり?」
「いいから、止めてくれ! なんかやばい」
俺の第六感も危険信号が出している。
「アヤメ! 共闘するぞ!」
「はい!」
俺とアヤメは息を合わせ、
「双剣竜巻切りっ!」
「雷神竜巻」
斬撃の力を持つ竜巻と雷を纏った竜巻。
二つの竜巻が融合し、一つになってエンペラートレントを呑み込む。
通常のエンペラートレントであればオーバーキルの攻撃だ。
しかし――
「うそ、だろ?」
葉っぱがいくつか落ちただけで枝も折れていない。
「ここまで成長するのかよ! 栄養あり過ぎだろ!」
「どう、私の魔法の力は!」
「自慢してる場合か! 本気で行くぞ!」
俺たちは息を揃えてスキルを使えた。
「「「「琴瑟相和!」」」」
そして、俺たちは勝った。
エンペラートレントのいた場所には目的の種が十個も落ちていた。
俺たちの予想は的中。
これだけあれば、エンペラートレントを箱庭農園で育てるだけでなく、捕獲玉の素材になるか実験することもできる。
ミルクの木霊滋養法のお陰だ。
だが――
「……通常モンスターでこれだけ苦戦するなんて」
「…………私、もう動けません」
「……ミルク……木霊滋養法はまた使用禁止な」
「…………うん、わかってる」
強化されたエンペラートレントとは二度と戦いたいとは思わない。




