箱庭の世界
『エンペラートレント? ええ、知ってるわよ。魔物の情報ならインターネットでも検索できるでしょ』
『姫に聞いた方が早いって思ってな』
『自分で調べる癖をつけないと身につかないわよ』
姫は苦言を呈する。
それはそうなんだが、ダンジョン局のホームページはログインが面倒だし、一般の情報サイトにつなげると変な広告が出てくるサイトが多いからスマホで検索するのが面倒なんだよな。
『この辺りだと若草山ダンジョンの45階にいるわよ』
若草山ダンジョンか。
エルダートレントもあそこにいたから、やっぱりそうだよな。
明日は姫と一緒にダンジョンに潜ることになってるから、行けるとしたら明後日かな。
『真衣に頼まれたの?』
『ああ、そうなんだ。エンペラートレントの種が欲しいらしくてな』
『そう。だったら、明日一緒に行きましょ。アヤメとミルクも誘って』
『いいのか?』
明日は姫と二人で一日ダンジョンに潜る約束をしていたが。
『ええ。配信していたら、チーム救世主の配信を見たいってコメントがいっぱい来てたのよ。だから、若草山ダンジョンで配信をしましょ。私はまた今度でいいわよ』
四人での配信は最近していなかったな。
姫が目指す世界一の探索者というのは、ステータスにある換金額だけでなく、実力や知名度を含めての一番だ。
配信を蔑ろにできないか。
「ということで、明日の放課後、若草山ダンジョンに行ってくるよ」
「ということって――あ、念話してたの?」
水野さんが直ぐに正解に辿り着いた。
とそこに、水野さんの弟と妹が帰ってきた。
「あ、ドーナツのお兄ちゃん!」
「ドーナツのお兄ちゃん、こんにちは!」
水野さんの弟と妹が帰ってきた。
「こんにちは。はい、ドーナツ」
「「ありがとう!」」
二人は声を揃えてお礼を言った。
「晩御飯あるから食べるのは一個。あと、食べる前に手洗いとうがいをするのよ」
「「はーい!」」
ドーナツの箱を頭上に掲げて二人は走って行った。
買ってきてよかった。
水野さんの家ってもうお金持ちのはずなんだけど、おやつはあまり買わないのだろうか。
「そうだ、壱野くんに渡そうと思ってたものがあったの」
「俺に?」
「うん。うちの畑で採れた野菜」
と水野さんが大量の野菜を持ってくる。
トマトやキュウリ、白菜、キャベツなど様々だ。
白菜やキャベツはわかるけど、トマトやキュウリって夏野菜だよな?
ビニール栽培でもしてるのか。
他にも唐辛子に辣韭に――これってなんだ?
葉っぱ?
黒い実?
「カレーに使うスパイスだよ。トゥーナちゃんから預かってる箱庭農園で育ててるの」
「トゥーナから?」
箱庭農園は、箱庭の中で野菜等を育てることができるマジックアイテムだ。
エルフの世界に戻ったときにカレーを作るためのスパイスを確保するために手に入れたが、なんで水野さんが持ってるんだ?
「ほら、トゥーナちゃんって忙しいでしょ? だから代わりに育ててるの」
トゥーナは家ではカレーを食べるくらいしかしていないが、あれで結構忙しい。
国内外を問わず、いろんなお偉いさんと会ったり、CMの撮影をしたり、テレビに出演したりしている。
今度、徹〇の部屋に出演するって言ってた。
箱庭農園は畑を世話する手間はほとんど省略できるが、収穫した野菜の受け取りなどもあるから完全に手放しというわけにはいかない。
「うちもお陰で家庭菜園がスッキリしたしよかったよ」
なるほど、WINWINの関係でやってるんだな。
「そういえば、生け簀や鶏小屋はどうなったの?」
「そっちは箱庭牧場で使ってるよ。全員中に移動してもらった」
箱庭牧場か。
最初は押野グループのホテルで使うかって話になったのだが、その話は流れてしまった。
なんでも、押野グループホテルで出す牛肉は産地や種類の証明書みたいなのがあるらしい。ダンジョン産であっても、どこのダンジョンのどの魔物が落とした――みたいに記している。
そうなると、箱庭牧場の産地についてはいろいろと面倒らしく、姫が要らないと言った。
姫はホテル経営にはあまり興味が無さそうだからな。
ということで、水野さんが管理している。
箱庭牧場は隣の部屋にあった。
よく見ると、米粒よりも小さな鶏が箱庭の中を自由に歩いているし、池にはさらに小さな魚が泳いでいる。
そして、レ〇ブロックの人形みたいなのが牛を含めた動物の世話をしていた。
牛だけではなく、魚や鶏も管理できるのか。
ていうか、こっちの世界の動物を持ち込めるのか。
箱庭農園もこっちの世界の種を育てられるわけだし、植物と動物の違いくらいか。
こんな箱庭に押し込められた鶏をちょっと不憫に思ったが、よく考えたら狭い鶏小屋より、広々とした箱庭の中で放し飼いにされている方が幸せかもしれない。
そして隣にあるのが箱庭農園か。
いろんな野菜が植えられている。
「これ田んぼ?」
「うん、去年お米高かったでしょ? 今は落ち着いているけど、私の予想だとまたお米の値段が上がると思うんだよね。だからここで育てておこうっておもって――」
「水野さん、ふるさと納税で一年分のお米の定期便申し込んだって言ってなかった?」
「うん。でも備えあれば憂いなしだよ。玄米だったら保存もできるしね」
そっか。
ってあれ? この農園、よく見たら大きな木が生えてるんだが、これ、動いてない?
「水野さん、これ生きてるの」
「うん。エルダートレントだよ」
なんでも、キサイチくんに、植物の種を箱庭農園の中に運ぶように頼んだら、自分の栗の実も中に入れてしまったらしい。
まぁ、栗って種みたいなものだからな。
間違っていない、間違っていないが。
そもそも、キサイチくんの栗は通常発芽しないと詳細鑑定でも出ていたのだが。
まさか箱庭農園で発芽するとは。
しかも育つとは。
「ちゃんと育ててくれてるから悪さはしないよ。それにこんなに小さいから悪さはしないってキサイチくんが筆談で教えてくれたから」
「そうなのか。もしかして、エンペラートレントの種を必要としているのは?」
「うん、どうせならここで育てようかなって。そうしたら、エンペラートレントの木材を使った装備品とか道具とか大量に作れるでしょ?」
おぉ……天下無双の製作担当はとんでもないことを言い出したぞ。




