閑先生からの誘い
「あけましておめでとう、ちの太くん。お年玉とお汁粉を用意しているぞ」
一月二日。まだ正月気分が抜けていない――というより正月気分になってもいないのに、俺は閑さんの家に呼び出されて、いつも通りの白衣を着た彼女からポチ袋を渡された。
「……ありがとうございます」
出されたものを断るのもどうかと思ったのでポチ袋を受け取る。
ミャクミャクの絵が描いてある。そういえば万博は今年だっけ?
「先生も流行りものが好きなんですね」
「意外か?」
「一瞬意外に思いましたが、やっぱりそうでもありませんでした」
そういえば、青木のアニメの話にもついていけてたし、それ以外にも話のレパートリーはかなり豊富だ。
お年玉は中身を確認せずにポケットに入れる。
「先生は実家には帰らなかったんですか?」
「独り立ちしてから実家に帰ったことはない。母も年々父に似ていく研究肌の私を見るのはイヤだろう。なに、母の面倒は兄が見ている。心配はない」
へぇ、閑先生ってお兄さんがいたのか。
俺と一緒だな。
「いまさら帰れっていいませんが、電話くらいしたほうがいいですよ」
「検討しよう。もっとも、今は研究で本当に帰る余裕がない」
「学校の先生は続けてるのに?」
「当然だ。モルモットたちが研究結果を残すまで仕事を投げ出すわけにはいかないだろ?」
発言が時々怖いんだけど、いい先生なんだよな。
昔ながらの石油ストーブの上に置いてある鍋の上でぐつぐつと煮えているお汁粉をお椀に入れる閑さんを見て思う。
「それで、先生。用事ってなんですか? まさかお年玉を渡してお汁粉を食べさせることが用事ってわけじゃないですよね? ……あれ? それってお汁粉じゃなくて善哉じゃ?」
「もちろんそれだけじゃないぞ。あぁ、関東と関西ではお汁粉と善哉の定義が逆だったな」
閑さんが善哉にストーブで焼いた餅を入れて俺に渡した。
関西では粒あんが善哉、こしあんがお汁粉ってイメージだけど、関東だと逆なのか。
祝箸を使って焦げ目のついた餅に粒あんを絡めながら善哉を食べる。
うまい。
「食べながら聞いてくれ。先日琵琶湖ダンジョンの調査に私も何度か足を運び、そこで瘴気の調査をしていたのは覚えているな? あぁ、返事は結構だ。忘れていたとしても今思い出したらそれでいい。その瘴気の濃度を測定したところ、同じダンジョン内でも場所によって瘴気の濃度が異なることが判明した。そして、それは他のダンジョンでも僅かにだが見つかる。年末の休みを利用して関西にある全てのダンジョンに回り調査をした結果、その瘴気の濃度には一定の法則があることに気付いた」
「早口で一気に捲し立てられても俺の頭は理解できませんよ。ミルクみたいに並列思考のスキルがあったら別でしょうが――えっと、瘴気が濃い薄いで法則? 地下に続く階段に向かって瘴気が伸びてるとか?」
「そうではない。これが同時刻の瘴気の濃度を図にしたものだ」
と先生がどこかのダンジョンの地図を何枚も広げてみせた。
瘴気っていうから紫や黒かと思ったが、赤や黄色、白などがある。
雨雲レーダーみたいだ。
「赤い場所が濃いんですか? 確かに階段に伸びていないですね。方向もバラバラでまるで法則が無いように思えますが」
「ちの太くんならそう言うと思ったよ。それで、これがその図を三次元模型にしたものだ」
先生がパソコンの画面を見せた。
最初から要点をまとめたものを見せてくれたら二度手間、三度手間を踏まずに済むのに、順を追って説明したがるのは科学者の性だろうか?
えっと――
「え? これって……」
「あぁ。面白いだろ?」
平面ではまったくわからなかったが、三次元にしたらよくわかる。
瘴気の濃淡、その一番濃い場所だけを繋ぎ合わせると、まるで螺旋階段のようになっていたのだ。
「さらに時間を動かすと」
螺旋階段が今度はタツマキのように回転を始めた。
「確かに凄いと言えば凄いですが、これで何がわかるんですか?」
「そうだな。魔物の出現場所とその予想時間の計測が可能になるかもしれない」
「へぇ、それは便利ですね」
魔物が湧く場所って結構変わるからなぁ。
予めわかると狩りの効率がよくなる。
「でも、計測したらわかることなのに、いままで誰も気付かなかったんですか?」
「そもそも瘴気などという未知の物質を計測できるようになったのがつい最近だし、なにより計測器をダンジョン内に持ち込むにはちょっとした裏技が必要になる」
「あぁ、そういうことですか」
ダンジョン内に電子機器は持ち込めない。
だが、絶対に持ち込めないというわけではない。
たとえばアヤメはラーニングで覚えた腰巾着を使って誰かにくっつきダンジョンに入る事で、本来ならば持って入れないはずのスマホやノートパソコンなどの持ち込みを可能にした(ダンポンに怒られたけど)。
同じように、何かしらの抜け穴を使えば電子機器を持ち込める。そして、閑さんはその方法を知っているということか。
「その方法、教えてもらうことは?」
「無理だ。私の行いを見逃す代わりに他言無用と言われている。まぁ、知ったところで私にしかできない方法だ」
ユニークスキルかな?
無理に聞き出すのは失礼か。
俺だって他人に言えないスキルは山ほどあるし。
「ここからが本題だ」
「え? まだ本題に入ってなかったんですか?」
「私が調査したダンジョンの瘴気の渦を延長し伸ばした結果、一つの地点の地下に向かって伸びていることに気付いた」
今度は関西の地図が映し出され、各地のダンジョンから延びる竜巻のような渦と一緒に。
その先にあったのは――
「奈良ですか?」
「ああ、十津川の方だな。ここの調査をしたい。ちの太くん、付き合ってくれ。一人で行くには荷物の運搬が厄介でな」
「え? いや、そういうのって研究所の所員と行ったらどうですか? ボディーガードをするにしても俺ってダンジョンの外だと普通よりちょっと強いだけのただの高校生ですよ」
「研究所の所員も今は年末年始の休暇で里帰りして私しかいない。そして、今行かないと――」
「行かないと?」
「三学期が始まれば纏まった休みが取れない。受験を控えたモルモットたちがいる以上、学校を休むわけにはいかないだろう? 推薦で大学入学が決まっている君や就職先が決まっている生徒より、これから大事な時期の生徒の方が多いのだから」
「……先生の言いたいことはわかりますが、でも俺だって用事があります。宿題だってしないといけないし」
ダンポンから出された課題も達成しないといけない。
ここは断ろう。
そう決意したところで――
「付き合ってくれたら冬休みの宿題を免除しよう」
「――っ!? それなら行きます!」
俺は十二月、ほとんど高校に出席できなかった。
出席日数は防衛省がなんとかカバーしてくれたが、代わりにと閑さんが山のような冬休みの宿題を俺に出してきた。そして、それはまだ完全に手付かずのままおいてある。
最悪、PDに籠ればいいと思って放置していたのだ。
それが免除になるとなれば、行くしかない。
あれ? でも宿題を出したのが閑さんで、それを免除する代わりに研究に付き合う?
考えてみれば凄いマッチポンプだな。




