ダンジョン局のお姉さんの恋人#sideモブ女性職員
ブラック企業ネタばかりはやめようと思ってるのに、またブラック企業ネタです
琵琶湖ダンジョンでDコインを回収、解析、記録付けをしているお姉さんのお話です。
私の名前は倉敷千砂。ダンジョン局大阪支部の職員です。
元々、広島支部で働いていたのですが、大阪支部に転勤となり、そしてその月のうちに滋賀県の琵琶湖ダンジョンに出向となりました。
元々ダンジョンのロビーや案内、裏方業務にダンジョン局の職員が出向されることはありますが、今回は事情が大きく異なります。
実は琵琶湖ダンジョンのすぐ近くに黒のダンジョンと呼ばれる人間にとって脅威となるダンジョンが生まれたのです。
その黒のダンジョン対策として、そこから最も近い場所にある琵琶湖ダンジョンで魔物の大規模討伐が行われ、瘴気を削り、黒のダンジョンに現れる魔物の量を減らすという私にはよくわからない対策が行われていました。
黒のダンジョンの存在は極秘事項、人数を投入しての大規模討伐はできません。
そのため、ダンジョン局はチーム救世主を主力に据えるEPO法人天下無双に魔物の討伐を依頼をしました。
私はその魔物の討伐の確認とデータの収集を担当させられることになったのでした。
その方法ですが、天下無双の皆さんが倒したDコインをいったん預かり、魔道具を使ってなんの魔物のドロップアイテムか調べて記録します。
だいたい、天下無双の皆さんは朝から夕方までダンジョンに潜るので、その間に前日のDコインを解析、記録付けをすればいいから楽なものだと最初は思っていました。
一般的な探索者の魔物の平均討伐数は研修時代に学んでいます。
一時間に五匹の魔物を倒したとして、十時間戦っても五十匹。多めに見積もって七十匹。
元ホワイトキーパーの探索者、チーム救世主アルファさんの姉である押野妃とその取り巻きさん。
合計三十人にも満たないのです。
チーム救世主の皆様はあとで合流することになるとのこと。
Dコインの解析と記録は一枚につき十秒もかかりませんから、二千枚のDコインを解析しても五時間程度で終わるでしょう。
え? 五時間も解析と記録に費やすのが楽な仕事なのかって? 辛いだろうって?
はい、広島支部で働いていたときはそう思っていた時期もありました。
でも、大阪支部って、八時間フルで働くのが普通なんですよ。
私が配属されるまでは残業が普通で、労働監査が入ったことで幹部待遇の人たち以外の過度な残業は禁止になったのですが、そのせいでむしろ勤務時間中に終わらせないといけない仕事が増えたと皆さん嘆き苦しんでいて。
つまり、大阪支部での仕事に比べれば、琵琶湖ダンジョンでの仕事は五時間働けば終わる楽な仕事と言えるのです。
……言えませんでした。
なんでですか。
「倉敷さん、これ、今日の分。よろしくお願いします」
爽やかな笑みを浮かべるイケオジの西条さん。
銀髪の貴公子です。
昔からファンでした。
ずっと若々しくて、最近、ちょっと年齢相応の顔とか出てきましたが、それがむしろ渋さを出していてカッコいいです。
しかし、持ってくるDコインの量がエグイです。
四千枚を超えています。
しかも、彼一人で集めた量です。
彼一人のせいで、私の想定していた仕事が三倍以上になっています。
なんでも、百近い魔物を操り、その魔物たちにを交代制で二十四時間ずっと一階層から二十階層の魔物を狩らせているのだとか。
そんなの卑怯過ぎますって…。
琵琶湖ダンジョンが立ち入り禁止になったのも、きっと彼がいたからでしょうね。
その日のうちに私は増員の派遣要請をしました。
それでも目まぐるしい日々が続きます。
残業の時間を考えると十時間以内に終わらせなければいけません。
誰ですか、残業の上限を設定したのは!
文句を言いたいです。
まぁ、その文句を言うべき上司のうちの一人もここに派遣されてきて、幹部待遇のため、一日十八時間労働で働いていますが。
はぁ……なんとかしないといけません。
「倉敷、明日からチーム救世主のメンバーが合流する。こっちは俺たちがやっとくから、お前は彼らの相手を頼む」
「いいんですかっ!?」
助かった。
チーム救世主は確かに凄いですが、でも四人だけです。
いえ、まぁアルファさんこと押野姫さんが分身を使えることは有名なので知っていますが、分身体は体力は低く無茶はできません。
つまり、余裕で――
と思っていた時期が私にもありました。
おかしいです。
本当にこの人たちはなんなのですか?
四人で狩っているとは思えない量のDコインを毎回毎回持ってくるのです。
どうしてかって思ったら事情がわかりました。
押野姫さんは分身を使うのですが、その分身がスリーマンセルで常にダンジョン内を走り回っている状態なのです。そういえば、彼女は分身の力よりも、その俊敏値が有名なのです。
その俊敏値を生かした速度で走り回れば、それはもう魔物を狩りまくりです。
これはまぁ想定内といえなくもないですが、完全に想定外だったのは後の三人です。
牧野ミルクさん、彼女は本来はサポートなのですが、銃という本来はダンジョン内で使えない武器を使います。
そのため、空にいる蝙蝠や鳥を狩るのは彼女の得意分野です。
しかも、その銃の的中率もまた凄く、もはや、毛利〇五郎レベルです。
何を隠そう、私は毛利〇五郎が好きなのです。来年の映画は彼が目立つ回だそうで楽しみ――はっ、つい現実逃避をしてしまいました。
ともかく、そういうわけで彼女の集めるDコインの量も侮れません。
壱野泰良さんは様々なスキルを持っています。ほとんどは公になっていませんが、探索者カードに記録されている数少ない情報の一つが気配探知。
彼はその気配探知を使い、魔物を的確に探し出し、狩っているのです。
ズルいです。隠れている魔物ですら一瞬で見つけてしまうのですから。
しかも強烈な攻撃により魔物を次々に一刀両断していきます。
東アヤメさんは、魔法のエキスパートです。
魔法は後衛職、ほとんど前に出て戦うことはない……はずなのに、実は彼女が提出するDコインの量がこのパーティで押野さんに続いて二番目に多いんです。
というのも、彼女は紙を操る謎のスキルで魔物を集め、大きな魔法をぶち込むことで一気に魔物を倒しているんです。
やってることは詰将棋と追い込み漁の合わせ技です。
そりゃ数も多いです。
そういうわけで、私の仕事量はとんでもないことになっています。
しかも、彼らって本当に休まないんです。
一日十八時間くらいダンジョンに潜ってます。
最初は二十四時間潜れるって言ったけど、さすがに休むようにいいました。
そうじゃないと私が休めません。
と同時にダンジョン局に追加の救援要請をしました。
しかし、その救援が届くより先にとんでもない事件が起きたのです。
黒のダンジョンからの魔物の氾濫。
そして、黒のダンジョンの情報が外部に漏れたらしく、政府も防衛省もダンジョン局も責任問題やらなにやらで右往左往していて、こちらに気を配る余裕がないのです。
そんなこんなで、今日は十二月二十三日。
クリスマスイヴイヴですね。
クリスマス――本来だったら私も彼氏と――って彼氏いませんけどね。
こんなに働いて、恋をする余裕があるわけがありませんよ、ええ。
仕事が恋人と言えるくらいブラックに染まれば少しは気がまぎれるのかもしれませんが。
「はい、倉敷さん、クリスマスケーキ。糖分取って頭に栄養をね」
上司が私の前に、可愛くデコレーションされた一人用のクリスマスケーキを置きました。
「ありがとうございます」
「お疲れ様。クリスマスだし、明日と明後日は休んでいいよ。俺が代わりにやっとくから」
「え? でもこんな時に連休なんて――」
「管理監督者はなんのために多く給料貰ってると思ってるんだって話だよ。気にするな。まぁ、俺たちより若い四人が休まずにダンジョンに潜り続けてるから気になるのはわかるけどさ。まぁ、俺も彼女に振られたばかりだし、一人クリスマスをむなしく過ごすくらいなら、こうして仕事をしてたほうが気が楽なわけよ」
なんて優しい上司でしょう。
これで私より三歳年上。顔もイケメン。
そして、彼女に振られたばかり。
あれ? これってもしかしてチャンスなんじゃ。
「あの――先輩!」
「ん?」
「あ、いえ、なんでもないです」
一瞬、恋をしようと思いましたが、やっぱりないですね。
平時ですら休まずに一日十二時間以上デスクに向かって仕事をしている男性。たとえイケメンで優しくてお金持ちでも、残念ながら家族サービスができる余裕があるとは思えません。
それよりもとにかく休みたい。
布団乾燥機に入れっぱなしの愛しの枕が私を待っているのです。
今は仕事や上司より、枕を恋人に眠りたい気分なのでした。




