【閑話】響翔の頭痛の種#side響翔
僕の名前は響翔。マイチューブでダンジョン関連の動画をアップしているDtuberだ。
今日、僕は一人で石切ダンジョンに潜って配信をしていた。
パートナーと呼べる探索者の青木くんがいるんだけど、彼はまだ高校生だからね。
高校の授業時間が短い水曜日と土曜日、日曜日しか一緒にダンジョンに潜らない。
そういうわけで、一人でダンジョンに潜ってる。
ちょうどいま、ゴブリンを華麗な槍さばきで倒したところだ。
「どうだった、見てくれた?」
僕は落ちているDコインを手にして、笑顔で歯を見せて笑いながら言った。
[見てた! かっこよかった]
[ゴブリンもかけるに出会って運がなかったね]
[槍さばきカッコイイ!]
うん、評判はいいね。
僕のちゃんねるは登録者数も十万人を突破している。
青木くんがいないと視聴者数は落ちるけど、それでもこうして多くのコメントを貰えるのはやっぱりうれしいな。
僕は意気揚々と先を進む。
そろそろレベルアップして六階層にも行けるだろうし、そうなったら何かイベントを企画しないとね。
Dtuberは魔物を倒すのではなく、視聴者を楽しませるのが仕事なのだから。
[そういえば、青きゅんが超美女と歩いてるの見た]
ぴきっ。
[青きゅんの彼女!?]
[配信者のプライベート情報禁止]
[青きゅんも男の子ってことか]
[男の子? 男の娘だろ]
[プライベートに関するコメントやめなって]
一瞬コメント欄が荒れたが、直ぐに平常通りになる。
僕もそのコメントは見なかったことに――見なか、見な――できるかぁぁぁぁあっ!
え? 青木くんに彼女?
そりゃ、青木くんは男の子だし、男の子だよね? ううん、この時代、例え女の子であっても彼女がいてもおかしくない。
あの子、とっても人懐こいし、かわいいし、ネタの引き出しが豊富だし、かと思えば気遣いもできるし、常識もあるし、かわいいし、女装をさせたらかわいいし、女装しなくてもかわいいし、彼女にしたい女性の一人や二人いるだろう。僕だって――
ってそうじゃなくて――
[カケル、ウシロウシロ!]
後ろ?
振り返ると、ゴブリンが木の棒を振り上げているところだった。
※ ※ ※
はぁ、やってしまった。
まさか、ゴブリンに殴られてしまうなんて。
幸い、気絶するようなことはなかったが、結構痛い。
配信も中断し、病院に行くことになった。
油断したというより、青木くんのことが話題になって焦ってしまった。
青木くんに彼女か。
そりゃ、高校生なんだし、彼女の一人くらいいてもおかしくはない。
しかし――と僕はスマホの写真を見る。
普段の青木くんや、女装した青木くん、天使になった青木くんなど様々な青木くんの写真が入っているが。
「やっぱり気持ち悪い……よね」
青木くんは女の子に見えるが、やっぱり男の子だ。
いや、たとえ女の子であっても付き合ってもない子の写真(隠し撮りではなく許可を貰って撮影したもの)をスマホに大事に保管しているなんて、よくない。
僕はスマホからmicroSDカードを抜き、踏み潰してその場を立ち――去ろうとして、やっぱりダメだと踏みつぶしたそれを捨てられるゴミ箱を探しにいった。
その時だった。
「響さんっ!」
え? 青木くん!?
幻聴かと思ったが、振り返るとそこに青木くんがいた。
石切ダンジョンは彼の家から近いけれど、わざわざ来てくれたんだ。
「怪我は大丈夫ですかっ!?」
「うん、平気。大した怪我じゃない――」
と言おうとしたときだった。
彼の隣にスーツ姿の美人の女性がいた。
黒髪のショートヘアに整った顔立ちの女性だ。
髪が輝き、光って見える。
年齢は三十歳くらいだろうか?
青木君より一回り上という感じだが、しかしそれより女性の色香が半端ない。
化粧はかなり薄い感じがするのに、皺とか染みとか全くない透き通った肌をしている。
彼女は何も言わずに僕の後頭に回り、細い指で僕の髪をかき分けた。
「小さな瘤が出来ているな。回復薬は飲んだかい?」
「いえ、まだです」
「飲みたまえ」
彼女はそう言って、瓶の蓋を口で噛み、引っ張って開けた。
綺麗なのに豪快な薬瓶の開け方をする女性だった。
「ありがとう……ございます。薬代は払います」
「気にするな。薬は使うためにある」
「そうですよ。本当に気にしないでください。翔さんには世話になっているんですから」
青木くんが言う。
本当に優しい子だ。
そして、この女性も優しい人だ。
それに、何故か、この二人とても距離が近い。
僕と出会うよりもずっと前から知り合いだったような。
「一応頭をぶつけているからな。医者に見てもらったほうがいい。車に乗りたまえ、知り合いのやっている病院まで送ろう」
「そんな、そこまでしてもらうわけには――自分で行けます」
「遠慮するな。職業柄、怪我人を放っておくことはできない」
「職業? もしかして、お医者さんですか?」
「いや、私は大阪府警で働いている」
女性警察官だったのか。
道理で喋り方がしっかりしていると思った。
でも、女性警察官が高校生と交際をしても――って僕が言えた義理じゃないか。
彼女は車を回してくれた。
当然だが、パトカーではなく普通の乗用車だった。
そして、僕は少し落ち込む。
乗用車に乗る時、僕は後部座席に乗ったが、青木くんはさも当然のように助手席に乗ったのだ。
そして、青木くんは車に置いてあるペットボトルのお茶を飲み、
「私も貰ってもいいか?」
「はい」
と飲みかけのペットボトルを彼女に手渡す。
仲が良さそうだ。
「響くん、顔色が悪いが大丈夫か」
「ええ、大丈夫です。すみません、ご迷惑をおかけして」
「何度も言うが気にするな。むしろ私の息子の方が迷惑をかけているくらいだ」
…………え?
息子!?
「あの、聞き間違いでしょうか? いま、息子って聞こえたんですが」
「そう言った。こいつは私の息子だ」
と彼女は青木くんを見て言った。
……えぇぇぇぇえっ!?
「す、すみません、僕はてっきり――いや、いやいや」
そうか、なんだ、お母さんだったのか。
随分と若いお母さんだな。
「すみません、若く見えたので――」
「ああ、よく言われるが、私はこれでも四十三だ」
全然見えない。二十歳代でも通用する。
美魔女だな。
この美しさを青木くんに似たのだろう。
「青木くんはお母さん似だったんだね」
僕はそうポツリと呟くと―――
「え? そうですか? 俺は親父に似てるってよく言われるんですけど」
「そうだな。妻に似ていると言われたのは初めてだ」
…………ん?
んん?
いま、聞こえてはいけない言葉が聞こえたような。
「ねぇ、青木くん。君のお母さんは警察官だよね?」
「え? 母さんは専業主婦ですよ。警察官は親父だけです」
僕は改めてバックミラー越しに運転席の顔を見た。
とても美しい顔の女性――
「妻は昔は看護師をしていたが、いまは引退して家業に専念してもらっている」
――ではなく男性だった。
彼女は、いや、彼は、青木くんの彼女でもお母さんでもなくお父さんだった。
「…………あれ? 響さん、どうしたんですか? 頭、いたいんですか!?」
「大丈夫、ちょっと頭が――」
「親父、響さんを急いで病院に――」
「安心しろ、あの角を曲がったら着く!」
そして僕は病院で検査をしてもらい、異常無しという診察結果を貰った。
しかし、僕の頭痛の種は消えそうにない。
家に帰ってからポケットの中のmicro SDカードを見て泣きそうになったのは別の話。
青木の親父さんについては、第三話にちょっとだけ語っていましたね
それと、第一巻の電子書籍版の配信が始まっています
この売上で第二巻が出るかどうかが決まると言っても過言ではないので、もし興味があったら見てください。




