蛇の呪い
俺たちはまたも牛蔵さんに預けていた転移魔法陣を使ってPDに戻った。
そこで俺が見たのは、顔を真っ青にしてぐったりとしているアヤメの姿だった。
「「アヤメっ!」」
二人で声を掛けるも返事がない。
一体何があったというのか。
「姫、何があったんだ!? まさか、ヤバイ魔物が」
「いいえ、泰良たちがPDに行ってから入ってきた魔物といえば、開けっ放しにしていた扉からスライムが入ってきたくらいよ。魔物寄せの笛も吹いてないし」
「だったら、一体」
「わからないわよ。さっきまで普通にパソコンにデータを入力していたと思ったら、突然倒れたんだから。直ぐに泰良に連絡をしたの」
「ねぇ、泰良、もしかしてこれって――」
「蛇の呪いかもしれない……」
俺は念話でトゥーナに連絡を取り、その護衛についているミコトに伝言を頼む。
トゥーナがミコトに説明をしている間、少し待つ。
この伝言ゲームのような時間が惜しい。
ミルクが鎮痛と体力回復の薬を使ってアヤメの回復を試みるが効果がない。
『………………「封印は完璧だ。解けることはない」って』
『でも、実際にアヤメが呪いのような症状になってる』
『……………………「実際にアヤメに呪いをかけた相手が呪いを強化するようなことがあれば封印を越えた力になるかもしれない。どちらにしても直接見ないとわからない。他の呪いかもしれない」って』
『わかった。トゥーナ、父さんはもう帰ってるか?』
『……ん』
『だったら、父さんに運転を頼んで一緒に八尾空港に向かってくれ!』
と連絡を取り、そして姫に言う。
「姫っ! ミコトに八尾空港に向かわせた」
「もう分身に上松大臣のところにヘリの手配を頼みに行ってもらったわ」
さすが姫。
脚だけじゃなく仕事も速い。
だが、ミコトの力でなんとかなるのか?
一度、ミコトの封印が解けている。それでなんとかなるとは限らない。
「ダンポンとダンプルは?」
「ダンプルは黒のダンジョンの安全が確保されたと言ってアヤメが倒れるより前に元のダンジョンに戻ったわ。ダンポンにはDコインを使って解呪薬を作るように頼んだの。Dコインをかなり使ったけど。でも、ダンポンの見立てだと多分効果はないって」
聖女の霊薬があれば――しかし、そんなものどこにあるのかも。
「…………そうか。姫、分身を出して一人、いや、二人、俺と一緒に来てくれ!」
「泰良、どこに行くの」
「琵琶湖ダンジョンに行く。もしかしたらだけど、あそこにアヤメを助ける手がかりがあるかもしれない。本当に僅かな希望だがな」
「私についてきてほしいって……うん、わかった。そういうことね。分身に言って緊急車両の手配もしてもらったわ。それと、分身じゃなくて私がついていくから」
「いや、でも――」
「分身だったら何かあったら消えちゃうじゃない。そのくらいわかるでしょ?」
姫の言っている意味もわかる。
だが……いや、ここは甘えよう。
「わかった。ついてきてくれ」
「泰良、私は――」
「ミルクはアヤメのことを頼む。お前の薬魔法の鎮痛薬、僅かだがアヤメの苦しさがマシになってると思う」
「……うん。わかった。でも、無茶だけはしないでね」
そして、地上に戻った俺たちは、戦いの終わりを感じる暇もなく行動する。
ミルクとアヤメ、そして姫の分身一人が自衛隊のヘリに乗って移動し、俺と姫はパトカーに乗って琵琶湖ダンジョンに移動する。
その間、ミルクを含め念話で会話をする。
『泰良、それでなんで琵琶湖ダンジョンに行くの? そこに何かあるの?』
ミルクが尋ねた。
『いや、わからない』
『確証があって行くわけじゃないの?』
『わからないって――』
『導きの水晶玉だよ』
『『あっ』』
ミルクと姫も思い出したようだ。
ここに来る前、導きの水晶玉に映し出されていたのは琵琶湖ダンジョンの入り口だった。
導きの水晶玉には俺にとって必要となるものがある場所が映し出される。
もしかしたら、あの場所に何かあるのかもしれない。
聖女の霊薬か、もしくはアヤメの呪いを解くなにかが。
そして、姫に来てもらった理由は単純だ。
彼女にはアイテムボックスというスキルがあり、それは分身と共有できる。
だから、彼女は分身を通じてアイテムの瞬間転送が可能なのだ。
つまり、これから行く琵琶湖ダンジョンに聖女の霊薬のようなアイテムがあり、それを見つけた場合、即座にアヤメのところに送って使うことができる。
『……ところで、アヤメの呪いの原因って、確かアヤメのご先祖様が掛けられた呪いが代々伝わって来てるんだよね?』
『そう聞いた』
『でも、呪いが再発したタイミングを考えると、原因ってやっぱり黒蛇なんだよね?』
あの黒蛇の最後の咆哮とアヤメの呪いの再発。
奴は呪いの力を持っていた。
タイミング的に無関係とは思えない。
くそっ、あの時の第六感の嫌な予感はそれだったか。
もっと具体的に教えてくれよ。
そうしたら奴が呪いを強化する前に琴瑟相和を使ってトドメを刺せたかもしれないのに。
『おかしくない? アヤメのご先祖様が呪われたのって遥か昔の話でしょ? なんでダンジョンの魔物の黒蛇が同じ力を持ってるの?』
『ダンジョンの魔物じゃないかもしれない』
俺は念話で伝えた。
ダンジョンができたことでダンジョンの魔物が生まれた。
でも、それより前にそいつはいた。
終末の獣。
浅草ダンジョンにいたという地下深くに封印されている魔物だ。
この世界の終末の獣を封印した勇者が現れたのは三十年前。
そして封印されたのはそれ以降。
だが、三十年より前に終末の獣が存在してもなんら不思議ではないし、瘴気もあったのかもしれない。
だったら、アヤメの先祖を呪ったのはダンジョンが現れる前に存在した黒蛇、それこそ終末の獣の化身なのかも。
考えてもわからない。
ミコトなら、何か知っているかもしれない。
それより、いまはアヤメを治す手がかりだ。
『泰良、さっきPDに残してきた分身が受け取った解呪薬をもう一人の分身に送ってアヤメに投与したわ。残念だけど効果はなかった』
『そうか』
やっぱり必要なのは聖女の霊薬か。
でも、本当に聖女の霊薬が琵琶湖ダンジョンで見つかるのか?




