妖怪大戦争(前半は#sideモブ自衛隊員)
「……まるで妖怪大戦争ですね」
先ほどまで9mm機関拳銃を使って近付いてくる敵の魔物を牽制していた同期の榊の呟きに、なんとも的確な表現だと思った。妖怪ではなく魔物なのだが。
最初に通達があった。
白いスカーフを巻いている魔物は仲間だから決して攻撃をしてはいけないと。
先ほどから、白いスカーフを首に巻いている黒い狼が我々では手出しできなかった魔物を退治してくれているので、そのことだろうと思っていた。
だが、今地上に出ている魔物と同等、いや、それ以上の魔物が援軍として到着したのだ。
まさか、このような秘密兵器を隠し持っているとは。
最初は興奮した。
恐ろしい魔物が味方になったのだ。
言うなれば、以前戦った強敵が味方になって現れるようなものだ。
しかし、それは恐怖へと変わる。
先ほどまでの魔物は、単純に周囲にいる人を襲うだけのものだった。
しかし、いま私たちの味方になっている魔物は違う。
それはもはや、一つの兵器だ。
もしもあの魔物の軍勢を他国が保有していたら? それが我々に牙を向いたら?
日本という国は我々自衛隊と在日米軍が協力し、平和と秩序を維持している。
しかし、他国が魔物の軍を保有したらどうなる?
自衛隊の意味は? 軍の意味は?
世界の勢力図が大きく変わるぞ。
いや、でも世界一位の探索者はアメリカのキング・キャンベル氏だし、魔物をテイムする研究もあの地が一番。
ダンジョン内で魔物をテイムする捕縛玉の生産をしているのは日本の魔道具職人だ。
ならば今のところ、米国一強、そして日本の安全神話の崩壊には早いか。
しかし、この魔物の軍団の存在はどうだ?
確かに防衛力という点では優れているだろう。
だが、出る杭は打たれるという。
「草場さん、また何か考えてるんですか?」
榊がこちらの目を見て言う。
同期で階位も同じなのに敬語を使われているが、距離感があるというわけではなく、彼の癖のようなものだ。
「ああ、少し」
「いまはこの戦いで自分たちが死なずに済んだことを喜びましょうよ」
「まだ戦いは終わって――」
「終わりですよ。ほら、あそこ。自分たちの攻撃にはビクともしなかった巨大亀が、カバの一撃で甲羅ごと粉砕されてますし、味方の魔物が続々とダンジョンを包囲しています。そして、ダンジョンから出てくる敵の魔物はなんか地面の中に吸い込まれていきます。きっとベータさんの作った落とし穴があそこにあるんですよ」
「ベータさんじゃなくて、壱野氏だ」
「もう終わりですよ、草場さん。自分たちの仕事は、結局はこの時までの時間稼ぎだったんです」
「時間稼ぎ……か」
トヨハツ探索が社運をかけて開発した魔物に対抗できる兵器。
これならば人類はまだ勝てると思っていた。
しかし、実際にできたのは時間稼ぎだけか。
「それでいいんですよ、草場さん。時間稼ぎができなかったら、魔物は橋を渡り町を、行きかう車を、罪もない国民を襲っていたんです。自分たち自衛官は、敵を倒すためにあるのではなく、国民を守るためにあるんですから」
「……たまにはいいことを言うな」
「たまにですか? まぁ、しかし上からの指示はまだ来ていないので、とりあえず現場を見守りましょう」
「そうだな」
そして増え続ける仲間の力により、地上部分は制圧されていく。
※ ※ ※
PDの中での戦いは続いていた。
徐々にだが、ロビー内の魔物の数が減ってきている気がする。
とその時だった。
一瞬、姫が苦痛の声を上げた。
「姫っ!? どうした」
「大丈夫よ。黒のダンジョン内に残してきた分身の二人が失敗しただけ」
「失敗って、危なくなったら消えるって言ってただろ」
姫だから引き際は見極めてるって思っていたのだが。
「だから、失敗したって言ったでしょ。もうちょっと戦えると思ったのよ」
「どうせ分身を消しても直ぐに別の分身を作れるわけじゃないから」
「せっかく魔物をいっぱい倒してレベルを上げるチャンスなんだから。それに、九体の分身の二体だけ。減った本体の体力だってポーションで直ぐに治るわ」
「しかし、変な魔物ね。一体いつ襲われたのかまったくわからなかったわ」
姫と分身たちが次々に言う。
姫でも察知できなかった魔物?
もの凄く速いのか、それとも。
とその時だった。
また魔物が一体降りて来た。
姫がクナイを構えるが、即座にその構えを解く。
現れたのは白い布を巻いた黒い狼――クロだった。
クロが来たってことは、地上の制圧は完了したってことか。
「どうやら終わったようだな」
俺は地上で頑張っていたらしいクロの頭を撫でる。
クロは自慢げに尻尾を振って頭を撫でられたあと、休憩すると伝えて影の中に戻っていった。
「お疲れ様」
「ふぅ、じゃあもう魔物寄せの笛は吹かなくていいね」
「あなたはマーセラス、あなたはバーナード、あなたはローゼルクランツ、あなたは――あれ? もう終わりですか?」
ずっと魔物寄せの笛を吹いていたミルクも、必死に名付けをしていたアヤメも安堵の息を漏らす。
「ああ、ひとまず最初の段階は終わった。とはいえ、まだ黒のダンジョンから魔物は溢れてるだろうが……しかし、一体何体テイムしたんだ?」
「百七十体です」
「ひゃ……三桁にはいってるかもしれないって思ってたが、そんなにか。その数の魔物、今後どうするんだ?」
「野生に返すわけにもいかないよね」
「西条さんと違って細かい指示は出せないし、あの数の世話は無理だろ」
この辺りは上松大臣との話し合いになるのかな。
それより気になるのは、姫の分身を襲った魔物だ。
そういう強い魔物がいるのなら、地上に出る前に倒しておきたい。
「ちょっと黒のダンジョンに行く」
「転移陣は使わないの?」
「転移陣はいま、牛蔵さんのいる聖域シートの上に敷いてるんだ。そんな状態で転移陣を使ったらどうなると思う?」
牛蔵さんの間近に転移することになる。
攻撃中だったらそれに巻き込まれることは必至。
せっかく魔物の群れを倒して安全を確保したのに、そんなところで怪我をしたくはない。
なので、正攻法(?)にPDのなかから移動することにした。
「待って、泰良! 私も一緒に行く! パパが心配だし、姫を襲った魔物がゴースト系だったら光魔法を使える私の力が必要でしょ?」
「ああ、わかった。姫とアヤメは――」
「私はここで待機してるわ。まだ魔物が来るかもしれないし」
「私は覚えているうちに、さっきの魔物を一覧に記録します」
二人の意見を尊重し、俺とミルクの二人で黒のダンジョンへと再び進むことにした。




