白浜の朝の散歩
話し合いも終わり、姫と一緒に部屋に向かう。
俺たちの部屋は一般客室のようだった。
てっきり、姫のことだからスイートルームに泊まるのかと思ったが、違ったようだ。
「言っておくけど、天王寺の部屋はスイートルームじゃないわよ。あれは特別室。一部のVIPが泊まるための部屋で、スイートルームは別にあるわ。私が利用するのは基本、その特別室ね」
「そうなのか? だったら今回はなんで使わないんだ?」
「泊まるだけなら十分でしょ。それに、他の客が入ってたのよ」
「へぇ、VIPが他にいるのか。どんな人が泊ってるんだ?」
「私も知らないわ。知っていたとしても個人情報だから教えるわけないでしょ」
自分は個人情報なんて関係なく俺の情報を調べていたくせに――と思わなくもない。
こんなホテルに泊まってるVIPなんて俺には関わりのない相手か。
ちなみに、姫が用意した部屋は四部屋。
全員に個室を用意しているのか。
男は俺一人だから一人部屋は当然だが、アヤメとミルクは同室かと思っていた。
こうなると、学生の合宿感が失われてビジネス感が増えるな。
四人で夕食。
バイキングではなく、コース料理で、レストランは当然のように個室だった。
一つ気になったのは――ミルクとアヤメが浴衣姿なんだよな。
高級ホテルだが、部屋に浴衣が用意されているのには気付いていた。
しかも、ミルクもアヤメも髪が少し湿っている。
あの短時間で温泉に入ってきたのか。
「ミルク、アヤメ、どうだったかしら? うちのホテル自慢の美人の湯の感想は?」
「とても気持ちよかったよ。ラウンジも過ごしやすくて快適だった」
「はい。まるで化粧水のお湯に入っているようにお肌がつやつやになりました」
「それはよかったわ。明日は家族風呂を予約しているから、みんなで入りましょうか」
姫が笑顔で提案する。
女の子三人で入るのに家族風呂とか贅沢だなって言ったら、
「何言ってるの、泰良も入るのよ。水着は全員分用意してるわ」
なんて言い出した。
「プールと同じよ。アヤメもミルクも文句は言わないわよ」
「はい。他の男の人なら抵抗がありますけど、壱野さんなら大丈夫です。歓迎します」
「そうね、泰良だけ仲間外れは悪いもんね。それに泰良とは一緒にお風呂に入ったこともあるし」
「いつの話をしてるんだ、いつの――」
なんか、アヤメが凄い目でこっちを見てるけど、幼稚園の頃の話だからな。
ミルクが家出をして俺の家に泊りにきたことがあり、その時に一緒にお風呂にも入った。
家出の原因はプリンを牛蔵さんに食べられたことだったかな?
次の日、牛蔵さんがプリンをいっぱい買って帰ってきたからということで、家出は終わった。
我が家にもそのプリンのお裾分けが回ってきて、三日間飽きるほどプリンを食べた。そのプリンが入っていたガラスの容器は我が家のコップとしていまも現役で活躍している。
水着の女の子三人と一緒に風呂とか、どんなラブコメ主人公だよ。
とはいえ、アヤメは俺に命を救ってもらった恩義を感じているだけだし、姫は俺を利用しようとしているだけだし、ミルクはミルクだし、変な勘違いはしないようにしないとな。
ここで妙な気を起こしてしまったが最後、パーティに居られなくなるのは目に見えている。
女三人、男一人でうまくやっていくコツは無欲になることだ。
この刺身、この淡泊な甘味が非常にうまいな。これがクエか。
俺は箸を動かして食事を堪能した。
翌朝、朝食後に父さんと母さんがクロを届けてくれた。
二人はこれからア〇ベンチャーワールドに行くらしい。
ダンジョン探索開始まで時間があるが、クロを連れてホテルに戻れない。
PDはダンポンの交流のためにホテルの横に設置しているけれど、他人の目を気にして中にはいることができないので、海岸沿いを散歩することにした。
「潮風が気持ちいな、クロ……え? 毛がべたつくから好きじゃない? 犬だったら元気に砂浜を走り回るもんだろ……あぁ、犬じゃなくて狼だったな。悪い悪い」
傍から見たらひとりごとを言っている危ない男に見えるかもしれないが、会話はちゃんと成立している。
いやぁ、朝から散歩は気持ちいいなぁ、と思っていたら、
「ねぇ、君、地元の子? よかったら俺たちと遊ばない?」
「どうせ朝から散歩してるんだし暇なんでしょ?」
ナンパの現場に出くわした。
男たちは二十代の大学生の男五人で、相手は金髪縦ロール、白い帽子に白いワンピースの見るからにお嬢様って感じの女性だ。
縦ロールヘアーって実在したんだな。
「結構ですわ。どこかにいってください」
「いいじゃん。よかったら朝ご飯ご馳走するよ?」
「俺たちこう見えて紳士だからさ」
「しつこいですわね。目障りだから消えなさいって言っているのが聞こえないのかしら? 顔が醜く言動が愚かな人間は耳まで悪いのかしら?」
「「「「「………………」」」」」
男たちが黙った。
そして、激昂した。
「てめぇ、舐めやがって! 女だからって容赦しねぇぞ!」
ヤバイ。
俺は思わず駆けだした。
「ちょっと待ってください! 暴力反対!」
俺が割って入るも、男たちの怒りは収まらない。
一番前にいた金髪の男が俺に凄んでくる。
だが、イビルオーガに比べると迫力に欠けるし、いざとなったらクロがいると思うと怖くはない。
「なんだ、てめぇは……あの時の!」
男が俺を見て何か思い出したように言った。
初対面のはずだが――
「お前がスライム酒を売ったせいで俺は大赤――」
「関係のない相手はすっこんでなさい! これは私とこの愚か者たちのやり取りですわよ!」
え? 俺が怒られてるの?
俺を庇っているという感じでもないし、いったいなんなんだ。
女性は空に向かって叫ぶ。
「明石っ! なにをしてるのっ! はやくなんとかしなさい」
明石?
誰に何を言ってるんだ? と思うと、どこからともなく、黒いスーツを着た二十歳くらいのボブカットヘアの女性が現れ、一瞬のうちに男五人をのしていた。
強すぎる。
「遅いですわよ」
「申し訳ありません、お嬢様。頼まれていたジュースを買うのに手間取ってしまいまして」
「言い訳は結構です。行きますわよ」
そう言って、気絶している男たちを放って、お嬢さまは去っていく。
明石と呼ばれたスーツ姿のボブカットヘアの女性は俺を見て、
「助かりました。あなたがいなかったら少し間に合わなかったかもしれません。これはお礼です。ただ、あまり無茶はいけませんよ。そのワンちゃんが巻き込まれたらかわいそうです」
と無表情のまま言って、俺にジュースのうちの一本を渡してくれた。
昨日、飲んだ「飲むみかん」だった。
「明石! 早くしなさい! なにをぐずぐずしてるの!」
お嬢様が腹を立てて叫ぶので、明石さんはもう一度一礼をして、足早に去っていく。
クールビューティーな女性ってなんかいいな。
気絶したままの男たちはどうしたものか。
救急車を呼ぶかと考えたが、気絶してるだけみたいだし、朝は涼しいから熱中症になることもないだろうから別にいいかって思った。
それにしても、我儘そうなお嬢様だったな。
うちのお嬢様がまともな女性でよかったよ、本当に。
それにしても、この男、俺のことを知っている感じだったが、一体誰なんだ?
「飲むみかん」
和歌山名物でとても美味しいです。
「面白い」「続き読みたい」「今日はもう一話更新しろ!」
って思われた方、よろしければ更新したらすぐにわかるお気に入り登録や、作者のやる気に繋がる星評価をよろしくお願いします。
☆評価は↓のポイントを入れて作者を応援しましょう!
から可能です。