尊敬する探索者
黒のダンジョンの一階層を走り、ロビーを目指すのだが、魔物が多いな。
俺と姫の分身たちは部屋を強行突破し、通路の奥に入る。
「泰良、先に行って! ここは私たちが引き受けるから」
姫の分身たちが後ろを向いて言った。
ここは任せて先に行けって、アニメの中だけの台詞だろ。
「背後の敵を気にしながら戦うよりはマシでしょ?」
「しかし――」
「狭い通路だけど敵の攻撃を避けるくらいはできるわ」
「本当に危ないと思ったら死ぬ前に消えるわよ。急ぎなさい!」
「わかった」
姫の分身たちを通路に残し、俺は黒のダンジョンのロビーに続く扉を蹴破ると、目の前の猿のような魔物を倒しながら言った。
「牛蔵さん、無事ですかっ!?」
「ああ、ここにいる。無事だ」
俺は彼を見つけて安堵した。
いや、蒸気と熱気で少しムワっとしているが、そこは牛蔵さんのせいじゃない、魔物が多すぎるせいだ――と思っておく。
俺は二本の剣で魔物を切り裂き、一瞬開いたそのスペースに、インベントリからあるアイテムを設置する。
「牛蔵さん、この上にっ!」
「わかった」
俺たちはレジャーシートのような敷物の上に乗った。
魔物はお構いなしに襲ってくるが、しかし魔物は見えない壁に阻まれたかのように襲って来ない。
これで安全だな。
皆に念話で牛蔵さんとの合流ができたことを伝える。
「壱野くん、これは一体?」
「聖域シート。魔物が立ち入ることができない安全地帯を作ることができるアイテムです」
「そんなものまで持っていたのか。助かった」
牛蔵さんが驚くのも無理はない。
何しろこのアイテムは超激レア缶の中に入っていたアイテムの一つ、つまり超激レアアイテムなのだから。缶の中に入っていたのはこれだけではないのだが、他に入っていたのは魔法の缶切りや宝の地図、黄金の竹、エルフ語のスキル玉と、便利といえば便利だが、せいぜいレアか激レア缶のアイテム。
やはりこの聖域シートは凄い。
ちなみに、この聖域シート、ダンジョンの入り口に設置すれば魔物がダンジョンから溢れるのを防げたのではないか? と思うかもしれないが、ダンポンに絶対にダメだと言われた。
いま、日本中の瘴気を黒のダンジョンに集めている状態なのだが、聖域シートでダンジョンの入り口を塞いだらダンジョンの手前に瘴気が集まり、この島全体に魔物が出現してしまうそうだ。
だったら、牛蔵さんに預けていたら――って思うかもしれないが……その、まぁ、俺たちもPD内でのレベル上げに使わせてもらっていたのと、聖域シートの存在はできれば隠しておきたかった。
もしも明るみになれば、こういうアイテムは国が管理するべきだって言う人が現れるかもしれない。
俺も無関係の立場だったらそう思うかもしれないが、しかし、今後、エルフの世界に行くために大量のDコインを集める必要がある以上、深い階層に潜ることになる。
そうなったとき、必ずしも安全に戦えるとは限らないからだ。
とはいえ、この状況で聖域シートを出し惜しみすることはできなかった。
「牛蔵さん、魔物寄せの笛は持っていますか?」
「ん? あぁ、ここにある」
「俺が預かっていいですか?」
「ああ、助かる。正直、これが無い方が戦いやすい。絶対に壊したらいけないと言われていたからな」
牛蔵さんが言った。
そういうハンデも背負って戦っていたのか。
「よし、これならまだまだ戦える」
「いえ、牛蔵さん。これから作戦を伝えるので戦いながら聞いてもらっていいですか?」
「作戦だと?」
俺も剣で魔物を屠りながら、作戦を伝える。
牛蔵さんも魔物を殴りながら話を聞いた。
PDのことは話せないので、肝心なところははぐらかすことになった。
「牛蔵さんには雑用を押し付けるような結果になってしまいますが」
「構わない。」
牛蔵さんは二つ返事でそう答えた。
「すみません、上松大臣は牛蔵さんを逃がすためにこれを持ってきたのに」
俺は転移魔法陣の描かれた絨毯を持って言う。
上松大臣が用意したのは、かつてレジェンド宝箱の中から発見し、彼に預けた転移魔法陣だった。
二枚一組の絨毯で、双方向に移動ができる。
ただし、一枚はPDの中に設置している。
もしかしたら、転移魔法陣を使えば俺、もしくは俺のパートナー以外の人間もPDの中に入れるのではないかと思ったが、転移魔法陣による入場には規制がかかるらしく、PDに入ることができない者は転移先がPDの内部だった場合転移できないらしい。
「かまわん。この聖域シートがあれば何時間でも戦える」
牛蔵さんは俺の顔を見て、
「戦いに出る前にトイレは済ませてきたからな」
と微笑む。
牛蔵さんってそういう冗談も言うんだと、俺は釣られて笑った。
まったく、この状況で凄いよ、本当に。
世界一尊敬できる探索者だ。
そして、聖域シートの上に、転移魔法陣の描かれた絨毯を重ねて置き、PDの中に転移して戻った。
「泰良、おかえりなさい」
「ただいま。あとは魔物寄せの笛を使って外の魔物を――」
俺は魔物寄せの笛を吹こうとして――
「ミルク、任せた!」
いくら尊敬できる探索者でも、彼がさっきまで使っていた笛を直接使うことはできなかった。




