防衛ラインを齧る亀
今日の琵琶湖ダンジョンでの魔物狩りを早めに終えた俺たちは、一階層のロビーに戻る。
そういえば、もうすぐクリスマスだな。
彼女(嫁)が三人もいるのに、こんな魔物だらけの花のないクリスマスを迎えるのだろうか?
夜は夜で、PDで魔物狩りをしそうだし。
せめてクリスマスの夜だけでもダンジョンとは無縁の時間を過ごしたい。
一応考えているクリスマスプランの実行を――
「あれ?」
その異変に最初に気付いたのはミルクだった。
いつも十人くらいいるはずのダンジョン局の職員が一人しかいなかった。
もしかして、全員過労で倒れたのだろうか?
「皆さん! 大変なんです!」
「どうしたんですか?」
「黒のダンジョンの魔物が地上に溢れてしまったそうで」
「「「「――っ!?」」」」
魔物が地上に!?
「今どうなってるんですか!?」
「牧野さん――牧野牛蔵さんが対処に当たっています。お陰で魔物の抑え込みには成功していますが――」
「パパがっ!?」
「はい。しかし――」
牛蔵さんは太陽神の首飾りを持っているから、ダンジョンの外でもダンジョン内と同じように動くことができる。
しかし――
と俺は時計を見た。
現在午後四時三十分。
太陽神の首飾りでダンジョンの外でもダンジョン内と同じように戦えるのは太陽が昇っている時間限定だ。
だが皮肉なことに、今週末は冬至、つまり今週は一年を通して日の入り時間が一番早い週なのだ。
恐らく、もうすぐ太陽神の首飾りの時間が終わる。
「すみません、俺たちを現場に連れていってもらえませんか!?」
「はい。上からもそのように言われていまして、準備はできています」
ダンジョンの外に出ると、パトカーが一台待機していた。
なんて準備のいい。
更衣室の荷物はそのままに、俺たちはパトカーに乗って現場へと向かった。
矢橋帰帆島はその周囲が防音壁で囲われ、橋は完全に封鎖されている。
そのため、橋の手前でパトカーから降りた。
橋を封鎖していた職員が俺たちに気付き、中に案内してくれる。
「中の様子はどうなってるの?」
姫が尋ねた。
「牧野牛蔵氏がダンジョンの中に入り、魔物寄せの笛を使っていることでロビー内は魔物の巣窟となっていますが、そちらは善戦。ただ、ダンジョンの入り口周辺に魔物が集まっているため、中への突入は不可能。それに加え、少し厄介な魔物が残っていて、その対処に追われています」
と俺たちが島の中に入ったその時、耳を劈くような轟音が響いた。
ここの防音壁は特殊な魔道具が使われていて、中の音を完全に遮断すると聞いていたが、まさかここまでとは。
「こちらへどうぞ!」
俺が案内されたのはプレハブの建物だった。
生駒山上遊園地近くのキャンプ場に設置されていたプレハブを思い出す。
ただし、キャンプ場にあったプレハブの倍くらいは大きい。
中に入ると、カメラの映像が映っていた。
魔物と戦っている様子が移っている。
そして、それを見ている人の中に知っている人がいた。
その人も俺たちに気付いたようだ。
「皆さん、いらっしゃったんですね」
「ええ。本城さんも来ていたのですね」
トヨハツ探索の理事長の本城悟さんだ。
「ええ。新開発の装備品の初めての実戦投入ですからね。責任者の私が来ないわけにはいきません」
「それで、新装備はどうなの?」
姫が尋ねると、本城さんはスーツを着ている男性に視線を送った。
彼が頷くと、本城さんは姫の質問に答える。
「まず、皆様から提供してくださった状態異常を引き起こす石は非常に効果的で、一部魔物の動きを封じることに成功しています。そして、我々が用意した竜の鱗を用いた防壁もまた有効に作用していますが、どちらも攻撃については決定打に欠ける状況ですね。特にこの亀の魔物が非常に厄介で困っています」
カメラに映っているのは黒い甲羅の亀だった。
琵琶湖ダンジョンでも見たことのない種類の亀の魔物だ。
ほとんど動いていないが小さな卵を産んでいる。
まるで金亀神みたいだ。
そして、その卵から次々に黒い小さな亀が生まれている。
他の映像にはその小さな亀が映っていたが、自衛隊の銃弾は弾いているし、大きな岩を齧っている。
「あれって一体――」
「ブラックタートル。黒のダンジョンの七階層にいる魔物です。基本はその場から動かずに子どもを作り続ける魔物なのですが、その魔物が厄介で。体力と俊敏値はほとんどないのですが、絶対的な防御値を持ち、しかもなんでも齧って食べてしまうのです。人も物も、魔物以外ならなんでも」
それは厄介だ。
自爆してくれるのならキノコホイッスルで対処できるのに。
魔物を食べないのなら、歩きキノコを召喚したところで囮にも使えない。
「いまは竜の鱗で作られた防壁のお陰で魔物の侵攻を防ぐことに成功している状態ですが、本来あった内側の防壁はあのブラックタートルの子に食べられてしまいました。外側の防壁まで食べられてしまったら非常に危険です」
絶対的な防御値を持つ亀か。
俺だったら、ラッキーパンチがあれば倒せる。
閑さんから貰った薬を飲めば、ある程度は戦えるのでは――
「泰良、ダメよ」
姫が俺の考えを読んだように言う。
「閑の作った薬ではスキルの威力も減少するわ。あなたの攻撃が確実に通じる保証はない。それに、あの亀のいる場所には他の魔物だっているのよ?」
「そうだが――」
しかし、このまま手をこまねいていては――
「あの、私、ブラックタートルの幼体の倒し方思いつきました」
アヤメが何かに気付いたように手を上げた。




