高校を休んでまでやりたいこと
てんしばダンジョンの五階層で、ミルクのレベルアップの付き添い中。
俺は気配探知で誘導。
現れた魔物がゴブリンやリザードマンだった場合、なまくらソードで倒し、キューブがいたらミルクに任せる。
キューブの経験値はゴブリンやリザードマンよりも高いので、俺より多くの経験値がミルクに入っているはずだ。
せわしなく動き回っているが、プライベートダンジョンの五倍出現率に慣れている俺からしたら少し退屈な気分だ。
スポーツウェア姿のミルクが手を前にかざし、
「解放:火弾」
ミルクが魔法を使う。火の弾がキューブを直撃した。
ミルクは火魔法、土魔法、火と土の複合魔法を使えるが、いまは火魔法を重点的に使っている感じだな。
土魔法より火魔法の方が補助魔法を覚えやすいからだろう。
弱い魔法のため、魔力の消費は少ないけれど、何回も使っているとさすがに魔力が枯渇したようで、後半からはボウガンでの戦いとなった。
早速、姫から支給された亜空の矢筒が役立っているようだ。
とはいえ、矢も安くないので無駄遣いはできない。
使った矢も折れていなければ回収して再利用する。
次に出てきたのはゴブリンだ。
「必中剣」
即座に倒す。
うん、ゴブリン程度は剣の錆にしかならない。
まぁ、魔物は倒したら返り血とかも直ぐに消えてしまうので、錆の原因にはならないのだけれども。
「泰良って本当に強くなったよね。泰良の方法でレベルを上げるのって――」
「ああ、俺以外には使えない方法だ」
「詳しくは教えてくれないんだね」
「犯罪行為はしてないからな」
「泰良って昔からそうだよね。秘密基地作った時も最後まで場所を教えてくれなかったでしょ」
「いつの話してるんだよ」
子どもの頃はよく生駒山まで遊びにいって、そこに秘密基地を作っていた。
本当は完成させてミルクを驚かせるつもりだった。
ツリーハウスみたいなものを作りたいって目標だったけれど、出来上がったのは不気味なアート作品。
あんなものをミルクに見せられるわけがないので、結局秘密は秘密のまま終わった。
俺の黒歴史を穿り返しやがって。
「ううん、泰良は昔から変わってないなって思って」
「変わっただろ? 高校になって一気に背が伸びた」
「高くなったね。170センチくらい?」
「172だ。全国平均より1センチくらい高いぞ。ミルクはあんまり変わってなかったよな」
「アヤメの方がちょっと高いよね。でも姫よりは大きいでしょ?」
「あれは比べる次元が違う。身長は140センチなさそうだな。体重も35キロくらいだと思う」
「ダメだよ、女の子に体重の話をしたら。そういうデリカシーのないところが変わってないっていうんだよ」
「少なくてもダメなのか?」
「うん、ダメ」
難しいな。
でも、この感覚は懐かしい気もする。
そして、俺たちはダンジョンでキューブを倒し続けた。
ミルクのレベルは11に上がったらしい。
俺はさすがにこの階層でのレベルは上がりにくくなってきた。
そろそろ七階層まで行きたいところだ。
そして、あっという間に今日の探索時間が終わった。
もう18時だ。
開始時間が遅かったとはいえ、いまから着替えてシャワーを浴びたら夜になるだろう。
あとは四人で夕食を食べて、またタクシーで帰る。
とりあえず、姫たちとの集合場所に向かう。
「泰良、この後用事ある?」
ミルクが尋ねた。
「家に帰ってクロと散歩するくらいかな?」
「クロ? 泰良ってペット飼ってたの?」
「ああ。最近な。朝とか一緒に走ってる」
「そうなんだ――私、もうちょっと頑張りたいんだけど」
「はぁ?」
「だって、私だけレベル低いし、今日も泰良の足を引っ張ってばかりだし」
「ダメだ。家に帰るぞ。牛蔵さんからお前のことを面倒見るように言われてるんだ。レベルが低いのは開始時期が遅いから当然だろ。ダンジョンの中だとスマホも使えないから、もしかしたらお前の母さんが電話にでないことで不思議に思うかもしれない」
ニューヨークだと時差があるからいまは朝の七時くらいか?
だとしたら起きて電話してきてもおかしくはない。
「でも……」
「ダメだ。だいたい疲れてるのバレバレだぞ。後半、あきらかに矢の命中率落ちてたし」
ミルクは頑張っている。
十分理解できる。
ただ、結果が結びつかない。
何かいい方法があればいいんだが。
合流し、それぞれ成果を報告。
「泰良、また凄い量の魔石とDコイン。気配探知の効率のお陰かしら。おかげで私たちに回って来る魔物がいつもより少なく感じたわよ」
「トレジャーボックスは一つだけなんですか?」
アヤメちゃんが指摘する
うん、まぁキューブは30匹は倒したんだが、落ちたのは一個だけだったんだよな。
最低幸運値を満たしていなくても10匹に1個は落とすと言われている。
確率的にありえなくはないが、少し寂しい結果だ。
「ごめんなさい」
「気にすることはないわ。トレジャーボックスの換金額はランキングには含まれないもの。とりあえず、ドロップアイテムはあとで全部預かって分配するわね。ミルクはまだ正会員じゃないから、あなたの分は別払いになるわよ」
「え? 私は別に――」
「お金のやり取りはきっちりしておきなさい。対等な関係でいたいならね」
姫が正論を言う。
「じゃあ、昼飯代とかも払ったほうがいいのか? 姫に用意してもらってただろ?」
「何言ってるのよ。あなたの持ってるカードがあれば食事もホテルもダンジョンの入場料も全部無料じゃない。パーティ全員の分を含めてね」
「ああ、そういやそうだったな」
さすが押野印のブラックカードだ。
これ一枚あるだけで、押野グループが凋落しない限り、俺がどれだけ落ちぶれても食いっぱぐれることはない。
「じゃあ、この前のラーメンとかも全部壱野さんのおごりだったんですかっ!? 私、まだお礼言ってなかったです」
「そういえばダンジョンの入場料も払ってなかった。泰良、ありがとう」
「苦しゅうない。姫も感謝していいぞ」
「そういえばあの時の交通費、貰ってなかったわね」
「ありがとうございました」
ヘリコプターのことを言っているのだと一瞬で悟った俺は即座に態度を翻した。
ヘリのチャーターっていくら必要なんだって調べたところ、八尾空港発で吉野の桜を上空から見下ろすプランってのがあって、そのフライト費用が80分28万円だった。
静岡までと考えると、三桁万円になっているかもしれない。
「ダメよ。ミルクはまだ高校生でしょ? 高校は何時まで? それからここに来たら何時になる?」
「でも、十八歳なら深夜バイトだってできるよね?」
「私たちはEPO法人になったの。できたばかりの制度の企業よ。当然、反対意見だってあるし、正直既にちょっかいを掛けられてるわ。そんな中、十八歳とはいえ高校生を夜遅くまでダンジョンに潜らせているっていう風評被害は避けたいの。高校を卒業するまでは我慢しなさい」
「……うん、そうだよね。ごめん」
「泰良とアヤメも同じよ。あなたたちは既に正会員になったんだから、プライベートでも深夜ダンジョンは禁止。どうしてもダンジョンに潜りたいっていうのなら、土曜日も一緒に付き合うから、我慢しなさい」
「あの、私たちの高校、土曜日も授業があるんですけど」
アヤメが手を上げて言う。
え? サラリーマンですら週休二日制が基本なのに、高校生で週休一日なのっ!?
俺らの場合、「6月は祝日はない……辛い……まぁ、創立記念日で一日休めるけど……」って感じて不貞腐れてたのに。
そんな自分たちを責めてやりたい。
「休むよ」
「休むって、お前皆勤賞目指してなかったか? ていうか休んでいいものなのか?」
「皆勤賞はこの前の月曜日休んだから。それに、桐陽高校は二年生までに卒業に必要な履修過程は終了してるから、毎週土曜日休んだところで問題ないの」
「そういう問題か?」
って、二年生で三年間の履修過程が終了って、どれだけ勉強に時間を費やしたらそんなことできるんだ?
いや、聞くのが怖いから聞かないでおこう。
「ミルクがそう言うのなら、その方向でこっちから高校側に打診してみるわ。休みじゃなくて覚醒者向けの課外実習ってことにするように連絡をとってあげる。そういう繋がりも持ってるから」
「ありがとうございます」
「アヤメはどうする?」
「わ、私も土曜日頑張ります! 大学受験に失敗しても、こっちの稼ぎで一生分稼げそうですから!」
姫って、ド〇えもんより便利な気がしてきた。
なんか無茶を言うな。
しかし、このままだと俺たち、社畜ならぬダン畜になるんじゃないか?
てか、どうせなら。
「土日連続でダンジョンに行くなら、いちいち家に帰るのも面倒だし、合宿ってのもアリだよな」
「「「…………っ!?」」」
俺がポツリと言ったその瞬間、何か空気が変わった気がした。
ありがとうございました。
現在ローファンタジー月間ランキング2位です。
皆様一人一人のポイントの積み重ねでここまで来ることができました。
次回から合宿のお話?
舞台はどこでしょう?
ヒント:「海」「温泉」「パンダ」




