上松の憂鬱#side上松
「どうやら、日本国内における黒のダンジョンの出現場所は滋賀県の琵琶湖近辺でほぼ決まりのようです。場所は恐らく琵琶湖大橋の東――」
総理官邸。
総理に面会を申し出た防衛大臣である上松は、そう言って、出現予想の場所を地図で示す。
その地図を見て十月に新たな総理となった石田が渋い顔をした。
「これはどうにかならないのか?」
「放っておくと瘴気が溜まって魔物が地上に出てきます。それは総理もご存知のはずですが」
「わかっている。黒のダンジョンはこの際仕方がない。私が言っているのは場所の問題だ。琵琶湖の南ではなく、北にならないかと聞いている」
「と申しますと?」
琵琶湖の南ではなく北に?
確かに滋賀県の人口分布を考えると琵琶湖の南部より北部の方が最悪の被害を想定するとまだマシとも言える。
だが、琵琶湖ダンジョンによる瘴気の除去、そしてなによりダンプルくんがいう瘴気の効率を考えると、全ての地脈が一本に繋がるこの場所が相応しいらしい。
最悪の事態を想定しているのだとしたらその考えは共感できるところがあるが――
「その場所は熊重さんの選挙区だ。いま熊重さんの派閥の機嫌を損ねるのはマズイ」
石田は重い口調で言った。
「……そういうことを言ってる場合ですか?」
「派閥は重要だよ、上松さん。私が総理になれたのも熊重さんの助けがあってこそ。私が総理になれたから、君も引き続き大臣に指名できたんだ。もしも前回の総裁選で丸井が選ばれていたら、君は大臣を続けられなかったのかもしれないぞ?」
「そういうことを言っている場合ではないと申しています。今回の件は富士山のダンジョン以上に切迫した問題なのですよ。本来であれば日本という国が一丸となって対処に当たらねばならぬ事態なのです」
「わかっているが、そもそも総理として陣頭指揮を執るには我々与党が一丸となって戦う必要がある。身内から支持の得られないリーダーには誰もついてこない」
指揮もなにも、あんたはただ作業着に着替えて現場の近くに設置した形ばかりの迷宮対策室でふんぞり返っているだけだろう――という言葉を上松は呑み込む。
「それに、自衛隊の派遣も問題だ。前回の富士裾野の魔物対策に自衛隊を派遣したとき、野党が横やりを入れてきただろう。自衛隊に死者が出なかったのは幸いだが、万が一のことがあったら誰が責任を取るんだ?」
「私が責任を取ります」
「上松さん一人の責任で済むと思ってるのか? 私の任命責任にもなるんだぞ」
責任を取るのが嫌なら総理になるな!
上松は自分の腹を殴って空気とともに言葉が出るのを防ぐ。
「どうしたのかね? 急に――」
「いえ、なんでもありません。しかし、自衛隊の派遣は必要です」
「そうだ! 君の友人に牧野牛蔵がいただろう! 前回も自衛隊の避難のための時間稼ぎをしてくれたではないか。彼を使う」
「彼は元から参加予定です」
「彼に自衛隊の盾になってもらうのだよ」
「……民間人にそんな命令をして万が一のことがあったらそれこそ問題です」
「なに、そこは彼が勝手にやったことにすればいい」
上松のコメカミに血管が浮かび上がる。
「そうだ、黒のダンジョンに派遣するメンバーも、讃岐造に依頼するのではなく国民栄誉賞をくれてやった天下無双だったか? あのふざけた名前の探索者を使えばいい!」
「成人しているとはいえ高校生が主体のメンバーに依頼を出すと世論が黙っていません」
「噂によると普段から無茶ばかりしている子どもたちだ。名誉と経験値を餌に誘導すれば依頼を出さなくても自ら尻尾を振って黒のダンジョンに潜ってくれるさ。万が一のことがあっても高校生の勇み足と世論操作で――」
途端に石田の机が弾けとんだ。
上松が殴ったのだ。
「う、上松さん、何を――」
「失礼、蚊が止まっていたもので」
「もうすぐ十二月だぞ」
「季節外れの蚊もいたものですね。机の修理費の請求書は私の家に送ってください」
「修理費って――」
石田は粉々に砕けた机を見て続きがでない。
「後のことはお任せください。よろしいですね」
「責任は取るのだね?」
「そのために私がいます」
「……好きにしたまえ」
石田の許可を奪い取った上松は一礼して部屋を出て扉を閉めた。
勢い良く閉め過ぎて扉が壊れた。
「失礼。扉の修理費も私の自宅にお願いします」
「わ、わかった。君も疲れているのだろう。今日は帰りなさい」
「はい」
石田の言うように、上松は疲労を感じながら総理官邸を出たのだった。
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