閑話 年始のダンジョン
正月用の閑話です。昨日に続き、本編とは関係ありません。
一月一日、元日。
年中無休のダンジョンにとって一年の始まりのその日であっても、いつもと同じように地下へと続く入り口は門戸を開き、未知を求める探索者を出迎える。
普段は仕事ばかりしているサラリーマンが、たまには休日にのんびりしたくても普段挨拶もしない親戚の子どもたちがやってきてお年玉をせびりにくるし、かといってカフェやレストランも元日はどこも休んでいて、昔取った杵柄とばかりに数年ぶりにスポーツジャージをタンスから引っ張り出して持ってきて着替えた結果、「あれ? 俺こんなに太ったっけ?」と思いながらダンジョンに入っていく様子を傍から見ながら、俺もダンジョンに向かった。
目的は元日にだけ現れるという幻の魔物――獅子舞と戦うためだ。
ダンジョンといえば洋物の魔物が多いんだが、しかし、和の魔物――いわゆる妖怪のようなものが出ないということはない。
「獅子舞……鬼の一種だよな? ゼンは何かしってるか?」
アヤメの使い魔の前鬼のゼンに尋ねる。
同じ鬼同士、何か情報を持っていたらありがたい。
たとえば節分の豆が苦手というわかりやすい弱点があれば是非取り入れたい。
「っていうのは冗談だ。さすがにあれが鬼じゃないことは知ってる。獅子っていうからライオンみたいなものか」
「いや、坊主。冗談ではなく、鬼に近い存在だぞ? 共通の祖先を持っているとされるし鬼の特徴を持つ獅子頭も少なくない」
ゼンは説明をして力の節約のために姿を消した。
冗談で言ったのに事実に近かったのか。まぁ、日本にはライオンなんて元々いないから、わかりやすい強い者の象徴に鬼を使っていたのかもしれないな。
しかし、獅子舞って縁起物だよな?
元日からその縁起物の魔物を倒しに行って怒られないか?
「神様は寛容だから、カレーでも持って行けば許してくれるんじゃない?」
「それで許してくれるのはうちにいるエルフの女王くらいだよ」
俺は姫に言った。
「押野さん。それで私たち、何も聞かずに来たんですが、獅子舞を倒す理由ってなんですか?」
「ダンジョン局の依頼? でも、ダンジョン局って休みだよね? 最近、残業ばかりで大変だった従業員全員が一斉蜂起して休みを勝ち取ったってダンジョン局のインスタに書いてあったよ」
ダンジョン局ってインスタもやってるのか。
「この依頼は常駐依頼だからわざわざ受注する必要がないの。農林水産省からの要請らしいわ」
「農林水産省? 獅子頭で舞って五穀豊穣を祈ったりするのか?」
「泰良は冗談で言っているかもしれないけど、ほとんど正解よ。獅子頭で舞うと雨ごいの効果があるんですって。といっても気休め程度だけど」
天候を変えるアイテムってレアじゃないのか?
と思ったが、使い捨ての魔道具の中には確実に雨を降らせるものが既に発見されているらしい。
農林水産省が欲しがるのも無理ない。
雨に勝手に降られたら天気予報を外された気象庁に怒られそうだが。
ということで、俺たちは梅田ダンジョンの十一階層にやってきた。
梅田ダンジョンの十一階層といえば普通のダンジョンのはずなのに、なぜか今日は京都ダンジョンの参道みたいなところだった。境内もある。
前に来た時はこんな場所じゃなかったのに。
「元日限定の階層ってことか?」
「そうみたいね――」
「今朝、みんなで住吉大社に参拝に行きましたが、ここでお参りしてもよかったかもしれませんね」
「ダンジョンの神社にご利益があるかはわからないけどね」
と参道を歩いていると、魔物の気配が。
早速獅子舞かっ!? と思ったが、
「泰良、気を付けて! 白い悪魔よ!」
「なんだって!? 悪魔がこんな低階層に……って、どう見ても白いスライムなんだが……いや、スライムよりダンポンに近いか」
目と口のないダンポンだ。
「餅スライムね。口の中に目掛けて突撃してきて窒息死を狙う凶悪なモンスターよ。十一階層の魔物の中では一番の強敵で、死人も出ているわ」
うん、とりあえず焼いたら美味しそうなのでミルクの火魔法で炙ってもらった。
焼き餅になるかと思ったが普通に倒れて、鏡餅が残った。
【ダンジョン餅:中に餡子が入っている。お雑煮に入れて食べても美味しい】
餡子が入っているのにお雑煮にして食べるって、香川県のお雑煮か?
いや、たぶん甘い物好きのダンポンが望んで用意したのだろう。
いっぱい手に入ったら七輪で焼いてみんなで食べたいな。
しかし、目当ての獅子舞がいないな。
「獅子舞ってどこにいるんだ?」
「獅子舞は普通に捜しても見つからないわ。この先に目的のポイントがあるの」
「なんだ、前もって言ってくれよ」
獅子舞の生息地があるらしい。
そこに行ってみると、先客が入り口とは別の境内に立っていた。
男三人だ。
普通の男性に見える。
十一階層だし、結構入って来る探索者は多い。
挨拶しようとしたら何か作業をしている。
そして拝んだ――と思ったら帰っていく。
「なんだったんだ?」
男たちがいた場所を見ると絵馬が掛けられていた。
『予備校の入塾テストに合格しますように』
『名前も知らないファミレスの店員さんに告白できますように』
『ネタバレを一切聞かずに映画を見れますように』
なんだこれ?
今年の目標にしては、なんというか……小さいな。
「これは絵馬鹿ね」
「絵馬鹿?」
「絵馬鹿を吊るすと、その人の些細な願いが勝手に書かれるのよ。これから張り子の馬の魔物と戦うんだけど、その魔物のドロップアイテムね」
「倒すのは獅子舞じゃないのか?」
「馬の魔物を倒すとたまに、『絵馬獅子』が出てきて、その絵馬獅子をここに吊るすと獅子舞と戦えるの」
「なるほど、獅子舞はアイテムで召喚するタイプの魔物なのか――」
張り子の馬と追いかけっこすること一時間。
十分な絵馬獅子を手に入れ、その数だけ獅子舞と戦った俺たちは、七個の獅子頭を手に入れた。
依頼達成である。
これで帰ってもいいのだが――
「これ、どうする?」
絵馬鹿を見て言った。
俺がトドメを刺したためか、レアアイテムであるはずの絵馬獅子のドロップ率が高かったわけだが、しかし通常ドロップである絵馬鹿が出ないわけではない。
実際、四枚出た。
これを使うかどうかだ。
【絵馬鹿:※特定の場所に吊るすと、その者がもつ些細な願いが表れる。その願いが叶うかは神次第】
特定の場所とはこの境内の絵馬掛けのことだろう。
『今年こそはクリスマスケーキが半額で買えますように』
『書いている小説の誤字が減りますように』
『今年の流行語大賞は知っている言葉が選ばれますように』
『ハワイに行きたい。無理なら羽合温泉でもいい』
『M-1で1回戦突破できますように』
見たところ、本当に些細な願いばかりだ。
しかも、考えたものではなく現在の願望が選ばれているせいで、年末の出来事が多い気がする。
これからも四人仲良く過ごしたいとか、健康でいたいとか、そういう定番の願いもないのか。
「私、やってみていい?」
「ミルクが?」
「うん。こういう願掛けって大切だからね!」
溺れる者は藁にも縋る。
そういや、こいつ住吉大社でも破魔矢とかお守りとかいろいろ買ってたっけ。
ミルクは絵馬を吊るす。
ミルクの些細な願いっていえば、せいぜい『おみくじで末吉が出ますように』とかそんなものだろう。
と絵馬を覗き込んだら――
『胸がこれ以上大きくなりませんように』
俺は思わず顔をそむけた。
ミルクも慌てて絵馬をひっくり返す。
当然、俊敏値最高の姫は見逃すはずもなく、能面のような顔になっている。
これはヤバイ。
俺は場の空気を戻そうと、
「あぁ、俺も吊るそうかな」
と絵馬鹿を吊るす。
『ドーナツ屋の福袋にお得感が戻りますように』
よし、こういうのでいいんだよ。
「いやぁ、グッズはいいものがあるから買ってるんだが、ドーナツ引き換えの個数が減ってな」
「泰良、お金いっぱいあるのにね。でも、些細な願いってこういうのだよね」
ミルクも話を誤魔化そうと俺の言葉に全力で乗っかる。
「次、私が掛けますね」
空気の読める子、アヤメも絵馬を吊るす。
『もう少しキャラに個性が欲しい』
「……あ」
アヤメが少し落ち込んだ。
……ほしかったんだ、個性。
金持ち帰国子女京大生の姫や笑いの神のついているミルクと比べると個性がないと思ってしまうのかもしれない。
「大丈夫だって。アヤメにも陰陽師って個性があるじゃないか」
「うん、アヤメ、記憶力もいいし勉強もできるじゃない?」
「壱野さん、ありがとうございます。ミルクちゃんも」
アヤメが少し顔をほころばせたところで、
「泰良、私に言うことはないの?」
と姫が言った。
視線だけで人を殺せそうな破壊力だ。
封印している豊胸剤を出してしまいそうになるが、なんとか堪える。
しかし、ここで俺が「貧乳も好きだから」とか言っても火に油を注ぐだけになりそうだし。
「ま、まぁ、ほら、姫もやってみるか? 結構面白い結果が出るぞ」
「……はぁ、願いごとは自分で叶えるものなんだけどね」
「でも、ほら、自分の内に眠っている些細な願いって、自覚しにくいものだと思うし」
「それもそうね」
姫は気を取り直して絵馬鹿を掛ける。
頼む、変な物出るな、変な物出るな、変な物出るな!
俺は神に祈った。
ドーナツの福袋にお得感が出るよりも強い願いだった。
そして――
『あと1カ月遅く生まれたかったな』
姫の些細な願い、その意味を俺は直ぐに理解した。
「姫、お前――」
「ああ、もう、そういう顔しないでよ。ただ、みんなと同じ学年だったらって思っただけよ。それに、ほら、見た目だけだったら私が一番年下に見え……るのよね」
姫がそう言ってからミルクの絵馬を見て、自滅した。
かなり落ち込んでいる。
「なぁ、四人で正月パーティでもしないか?」
俺が提案する。
「私はいいわよ? どうせマムはホテルのパーティに出席して実家に帰っても一人だし」
「私はママがパパに会うために静岡に行ってるからいいけど」
「私も妹が年越し合宿をしているので、実家でのお正月会は明日になってますが、壱野さんはいいんですか?」
「いいよ。お節は昼で、夜はカレーなんだよ。トゥーナの要望じゃなくて毎年。お節もいいけどカレーもねってどういう意味だよ」
昔のCMのキャッチコピーらしいが、正月の恒例がカレーって、最近になって妙だと気付いた。
だったら、彼女たちと遊んだほうがいい。
「でも、食べ物はどうするの? スーパーも閉まってるよね?」
「なに、食べ物なら山ほどあるだろ?」
俺はそう言って、わかりやすいようにインベントリからさっき拾った餅を取り出した。
餅だけでなく、大量の食材はいまだにインベントリ内に収納されている。
「ダンポンも誘って、PDで盛大に遊ぼうぜ!」
「じゃあ、私、お雑煮作りますね! 調味料をコンビニで買ってきます。白みそ売ってますかね?」
「なかったら味噌汁風でいいわよ。どうせお餅だって餡子入りで普通じゃないんだし」
「私、栗きんとん作るね! 泰良、ダンジョン栗とダンジョン芋いっぱいあるでしょ?」
「オッケー、無くなったら取って来るよ」
気を取り直し、パーティの準備が始まる。
俺たちの正月はこれからだ。
本年もよろしくお願いします
正月くらい楽しようと閑話にしたのに、いつもの倍くらい長くなってしまった。




