万博公園デート
約束の時間の二十分前に駅の改札の前に来たのだが、既にアヤメが待っていた。
いつもの駅ではなく、彼女の家から近い方の駅を選んだから早めに来るだろうと思っていたが、思ったより早かったな。もしかして、一時間前に着いていたとかないだろうか?
「おはよう、アヤメ。待たせたんじゃないか?」
「いいえ、私も今来たところです」
絶対嘘だ。
俺は心を読むことはできないし、過去の映像を見る能力者じゃないけど、30分くらい待ってただろ。
いつもならタクシーでの移動が多いのだが、今日はこうして駅で待ち合わせて電車で移動だ。
理由は聞いていないけど、たぶんこっちの方がデートっぽいからだということに今気付いた。
アヤメの台詞がデートの定番台詞だもん。
まぁ、今日は太陽の塔に入ったら、あとはダンジョンにも行かずに普段行くことができない万博公園の散歩だからな。
デートと言っても過言じゃない。
姫が仕事をしているので申し訳ないが、彼女から直接にアヤメをガッカリさせないように言われている。
姫は俺のことを好きでいてくれているが、決して俺を独占したいという気持ちは見せない。
彼女が最も優先している願いは、世界一の探索者になること。
その願いはいまでも変わらない。
そして、その願いを叶えるには俺だけでなく、ミルクとアヤメの力が必要なこともわかっている。
だから、彼女は誰よりも俺たち四人の仲を取り持とうと必死になっている。
「壱野さん、押野さんのことを考えていますね」
「あ、いや」
「いいんです。私もやっぱり押野さんに仕事を任せっぱなしなのは申し訳ないと思っていますから。でも、D缶を開けるのもやっぱり大切な仕事ですし、押野さんへの埋め合わせは後日するということで、今日くらい楽しみましょう」
「うん、そうだな」
電車とモノレールを乗り継いで万博記念公園に。
いつもは万博公園ダンジョンに直行するんだが、今日の目的はダンジョンではなく太陽の塔だ。
塔の中に入るには前日までに予約している必要があり、当然俺たちも予約している。
中に入るまで時間に余裕があるので、公園を歩くことに。
日曜日なので公園の中は人でいっぱいだ。
「つい最近まで暑かったのに、過ごしやすい気候になりましたね」
「そうだな。やっと秋が来たって感じだよ」
「本当ですね。このまま葉っぱが色づいてきたら、みんなで紅葉狩りに行けたらいいですね――あ、でも壱野さんは受験前だから無理ですか」
「いや、俺の受験もその頃には終わってるから大丈夫だよ。どこがいいかな?」
「私、行ってみたいところがあるんです」
別に事前に話し合ったわけではないが、黒のダンジョンの話題は一切出なかった。
駅でアヤメが話していたけど、今日くらいは楽しみたい。
そういう気持ちがあるのだろう。
もちろん、俺の中にも。
「お弁当を用意してきたんです。一緒に食べませんか?」
「よろこんで! 実は期待してた!」
アヤメがお弁当を用意していなかったら、インベントリの中にある銀の寿司折でも食べようと思っていたところだ。
中央休憩所で日本庭園を見ながらお弁当を食べることにした。
アヤメは最近、ダンジョン産の素材を使ってお弁当を作っているので、その味は銀の寿司折に匹敵する。
どっちも同じくらい美味しいのなら、美少女が作った手作り弁当(しかも愛妻弁当)ってだけでこちらの方が遥かに格上だ。
「うん、うまい!」
お世辞抜きで俺は言った。
最近、高級レストランに行く機会も増えてきたが、その味よりも遥かに美味しい。
普通、冷めているお弁当より出来立ての料理の方が美味しいはずなのに。
「ありがとうございます。素材がいいんですよ」
「いや、素材だけでここまでうまくできないよ」
素材の差だけでなく、技術も一流だ。
毎日練習しているのだろう。
早く食べるのはもったいないとわかっているのに、箸が止まらない。
「私の分も少し食べますか?」
「いや、それは――」
「少し多めに作りましたし、作っているときに味見をしましたから。卵焼き、いつもより上手に焼けたんですよ」
「じゃあ遠慮なく一つ貰うね」
中に刻みネギが入っていて美味しい。
俺が美味しく食べているのを見て、アヤメが嬉しそうにしていた。
本当にいい子だよな。
こんな子に惚れられているのも俺の幸運値が高いお陰だろうか?
太陽の塔に入る。
入場時、スマホに届いたQRコードをかざして中に入る。。
一階は展示フロアになっていて、とても神秘的(?)な空間だった。
いや正直、岡本太郎が何を考えているのか凡人の俺にはよくわからない。
迷宮とも呼ばれるダンジョンの中ですら、もっとわかりやすい設計だと思うよ。
もしも二十一階層にこのような空間が現れたら、俺は踵を返して逃げ出しているかもしれない。
鞄の中に入れていたD缶をそっとみる。
蓋が開いていた。
目的は達成だな。
とはいえ、ここで帰るのももったいないので、アヤメと二人で太陽の塔の中を見て回ることにした。




