聖域と黒い蛇
三十五階層に続く階段の前に辿り着いた。
三十階層のボスは鼬神をパワーアップさせたような魔物で、配信が終了していて見せ場とか作る必要もなかったので、アヤメとミルクの強力な魔法二撃で仕留めた。
魔法の威力は上がっているな。
俺の獄炎魔法にはまだまだ及ばないが、しかし獄炎魔法は一度使えば全魔力を消費してしまうという大きな欠点がある。そうなったら、転移魔法も使えなくなるんだよな。
「それで、三十五階層の魔物ってどんな魔物なの?」
「ミコトが言うには、蛇の魔物らしい。軽いが呪いとか使ってくるから、姫は分身を使うなよ」
「なんで? むしろそういうのを引き受けるために分身を使うべきでしょ?」
「いや、なんかミコトが言うには、蛇の呪いは伝播するらしい。分身が呪われたとき本体にも影響が出るとかなんとか」
「感染症みたいなものでしょうか?」
アヤメが言う。
さすがに空気感染や飛沫感染はしないと思う。
しかし、その表情はかなり真剣だ。
それはミルクも同じだ。
事情は違うが、ミルクもアヤメも呪いについては苦い経験がある。
思うところがあるのだろう。
「八尺瓊勾玉は姫が持ってて」
「いいの?」
「うん。私が持ってる禍福倚伏のスキルは状態異常時にステータスが上がるだけじゃなくて、状態異常を軽減する効果もあるし、一番前で戦う姫の方が危ないから」
「そうじゃなくて、私じゃなくて泰良に渡さなくていいのかってことよ」
「泰良は運が高いから状態異常にかかりにくいと思うよ」
「ミルクの言う通りだ。姫が装備しておけ」
「わかったわ。預かっておくわね」
姫はそう言って、八尺瓊勾玉を首から下げて、自分の胸元に入れた。
改めて35階層に降りる。
35階層を降りた先も神社の境内だった。
やっぱり境内の中は平和なんだなと思ったが、しかしその考えが直ぐに改めさせられる。
境内の鳥居――その向こうに大量の黒い蛇がいたのだ。
多いとは聞いていたが、これほどまでとは。
どうやって倒すか。
「ここから魔法を放つか?」
「境内の中で攻撃魔法を使うのは禁止だそうよ?」
姫が言う。
そういうことを言っている場合かと思ったが、境内で罰当たりなことをしたら縁起は悪そうだよな。
ということは銃火器はもっとダメか。
あれも実際は攻撃魔法だしな。
あの蛇の群れの中に突っ込む勇気はない。
境内に守られているこの場所から攻撃する方法はないだろうか……ん?
そうか、境内以外に安全地帯を作ればいいんだ。
「ミルク、遠視の義眼、持ってるか!?」
「う、うん。持ってきてる」
「貸してくれ」
俺はミルクから遠視の義眼を受け取り、遠くを見る。
蛇が結構いるが、離れた場所だと空白地帯も結構あるな。
「みんな、俺に掴まれ!」
そう言うと、三人が俺の手や肩を掴む。
「短距離転移!」
蛇のいない空白地点に転移した。
途端に、蛇たちが俺たちに気付く。
「ちょっと、泰良! どうするのよ!」
「こうするんだよ!」
俺はインベントリからレジャーシートのようなアイテムを取り出して、地面に敷いた。
「みんな、シートの上に!」
俺が指示を出す。
全員でそのシートの上に乗った。
襲い掛かって来る蛇は、そのシートの端にある見えない壁のようなものに阻まれた。
【聖域シート:広げて敷くとそのシートの上は魔物に襲われることのない絶対安全な場所になる。ただし、一度設置すると24時間動かすことはできなくなる】
境内から攻撃できないのなら、攻撃できる境内と似たような場所を作り出せばいいと踏んだのだ。
「ここからなら攻撃できるだろ?」
「確かに攻撃できるけど、このシートはどうするの? 24時間動かすことができないのよね?」
「明日の放課後回収に来るよ。とりあえず、明日取りにくるって書置きを残しておくよ。さて、姫。あれを頼む」
「わかったわ――注目の的」
姫がタゲを集めるスキルを使った。
挑発程の効果はないが、周辺の蛇の注目を集めることに成功した。
そこからは一方的だった。
俺は火魔法で、アヤメは風や雷魔法で、ミルクは銃で攻撃をする。
姫は注目の的でタゲを集めたあとは――
「ねぇ、アヤメ。魔札を使わせてくれないかしら?」
「いまは必要ありませんよね? あれ、作るの面倒なんですよ」
「……だったら勾玉もあることだし」
「姫、敵を集めないといけないから聖域から出ないでね」
「……暇なのよね」
退屈そうにしていた。
こうして、俺たちの三つの依頼は終わった。
黄金の寿司折と白金の寿司折、激辛スパイスは姫によってダンジョン局に届けられた。
もっとも、白金の寿司折の大半はインベントリに残っているので、その日の夕食になった。
ミコト(分体)は大喜びで、蛇退治の依頼とかそういうのは全部口実で、やっぱりこの白金の寿司折の中に入っているいなり寿司が目当てだったんじゃないかと思うはしゃぎぶりだ。
まぁ、俺も一口食べたときは感動して言葉が出ないくらい美味しかったが。
「でも、ミコト。あの数の蛇で、倒すのが五十匹でいいはおかしいだろ。百倍くらい倒したぞ?」
「ん? そうなのか? そこまで集まるわけはないのじゃが……まぁ、弘法も筆の誤り、多少の誤差はあるわ」
五十と五千は一文字違うだけで全然違うぞ。
まぁ、お陰で経験値やDコインをいっぱい稼げたからいいとするか。
そして、翌日。
俺は聖域シートを回収するために一人伏見稲荷の京都ダンジョンに戻ってきた。
転移魔法陣と転移魔法を使い、一気に三十五階層に移動。
蛇の数もだいぶ減ってだいぶ平和になった参道を歩き、聖域シートのところに向かう。
聖域シートの傍らに一人の男が立っていた。
「すみません。そのシートは俺のものです」
「……おや、予期せぬ人物に遭遇したな」
男は振り返ってそう言った。
予期していなかったのは彼だけでなく、俺も同じだった。
俺は目を細めて言う。
「お久しぶりです、不破さん」




