犬のいる生活――狼だけど
時間は少し遡って、俺とこの弱体化したダークネスウルフと会った時の話をする。
※ ※ ※
どうやらダークネスウルフのテイムに成功してしまったらしい。
小型犬に見えるが、しかし専門家がみたら狼だって気付くだろ。
こんなの外に連れだしたら、騒ぎになる。下手したら自衛隊が動き出すぞ。
俺がどうしようかと悩んでいるところ、今度はダークネスウルフが一つのD缶を咥えて持ってきた。敵だったころはD缶に苦手意識のあったこいつだが、いまでは問題ないらしい。
そのD缶の蓋は既に開いていた。
D缶――特殊な条件下でのみ開くガチャのような缶のことだ。
そのD缶は非常に硬く、鋼鉄すらもかみ砕くダークネスウルフの牙を折るほどである。
普通の人はその開け方がわからず、偶然開くのを待っているような代物だが、俺は詳細鑑定というスキルを持っているのでこの缶の開け方がわかる。
ちなみに、このD缶の解放条件は――
あ、そうか。
これは魔物をテイムしたら開く缶だ。
なにしろ、15000個のD缶を詳細鑑定で調べて仕分けしたものだから、開ける条件の難しいD缶についてはほとんど忘れていた。
それが開いたわけか。
中身はなんだろう?
と思ってみたら、首輪だった。
鑑定で調べてみる。
【首輪:大切なペットにつけてあげよう】
ただの首輪か。
ハズレだな。
一応、詳細鑑定をしてみる。
【偽りの首輪:魔道具の首輪。この首輪をテイムした魔物に着けると、周囲の人間は普通のペットとしか思えなくなる】
おぉ、魔道具だったのか。
なるほどなるほど。
つまり、この首輪をダークネスウルフにして外に連れ出せば、狼であるこいつもただの犬にしか見えなくなるってことか。
散歩したり獣医のところに連れて行ってもバレないと。
なんてご都合主義な首輪だろうか。
ただ、D缶の中身と開封条件に因果関係があることを考えると、あながちご都合主義とも言えないんだよな。
「ダンポン、こいつ、ここで飼ってもいいか?」
「いいのですが、かわいそうなのですよ? ここは泰良専用のダンジョンなのです。泰良が中に入っていないときは中は真っ暗で何もできないのです」
「それって、ダメってことだろ。でも、その場合、ダンポンはどうしてたんだ?」
「僕はこのダンジョンの管理人だからそれなりに活動はできるのです」
ということで、このダークネスウルフをここに置いておく選択肢はなくなった。
ただ、こいつを母さんに会わせると、絶対に――
「ダメよ。元居たところに返してきなさい」
やっぱりダメだった。
母さんはペット反対派だもんな。
普段は温厚な母さんでも、ペットについて話すとこうなる。
まるでの〇太くんのママだ。
「庭にちょっと置くだけだから」
「置くだけって、泰良。ペットっていうのはそういうものじゃないの。ちゃんと責任をもってお世話をしないといけないの。そして、ペットは必ず飼い主より先に死んじゃうのよ?」
そういや、まだこいつのことを話していなかった。
「……いや、こいつこう見えて魔物で、ダークネスウルフって特殊個体らしくて、ダンポンが言うには千年は生きるらしいよ」
「なら話は別よ! 是非飼いましょう!」
えぇぇぇぇえっ!? 普通は逆じゃないか?
犬ならいいけど、魔物を飼うなんてもってのほかって思うだろう?
だから最初は魔物であることは伏せていたのに。
「何言ってるのよ。こんなにかわいいし、それで長生きしてくれるのよ? 母さんはね、犬とか猫とか大好きだけど死なれちゃうのが嫌だから飼わなかったの。でも私より長生きするって言うのなら話は別よ。君、うちの子になりなさい!」
と言って母さんがダークネスウルフに抱き着いて言う。
マジかぁ、うちの母さん、実は動物好きだったのか。
ペットを飼うのが嫌なのは、死なれるのが辛いからだったのか。
ダークネスウルフが助けを求めるようにこっちを見ているが、そのまま抱き着かれてろ。
いいか、レベルの高さとか肉体の強さは関係ない。
我が家のカースト最上位は母さんなんだからな。
しっかりカワイイ犬として振舞えよ。
ってことで、ダークネスウルフは無事、壱野家の一員となった。
そして、母さんに名前を付けるように言われた。
「名前……狼だからなぁ…………ダークネスウルフ。狼。そうだ、ヤ〇チャっていうのはどうだ? 狼牙〇風拳って……ダメ? なんか負けそう? そうか。だったらクロでいいか? 見たまんまだけど。それでいい? ヤ〇チャよりはいい?わかった」
とダークネスウルフの名前はクロに決まった。
なんか普通にダークネスウルフと会話できているような気がする。
別に人間の言葉を話しているわけでもなければ、念話みたいな頭の中に言葉が――みたいなこともないのに。
これが魔物をテイムするってことなのか?
とにかく、名前が決まったら次にすることは――
「くぅん」
「耐えろ。クロ、お前は強い子だ」
台の上でうつ伏せになるクロに声をかける。
しかし、クロは悲し気な目でこちらを見てきた。
ひどい目に遭うのがわかっているのだろう。
「はぁい、終わりましたよ。クロちゃん、とってもいい子にしてましたよ。また来年来てくださいね」
獣医さんがそう言って、狂犬病の予防接種は終わった。
マジで動物病院で暴れられたらどうしようかと思った。
魔物であるこいつは、弱体化しているとはいえライオンやカバよりも強いからな。
そして、そのまま自転車で動物指導センターに行き、飼い犬登録を済ませた。
※ ※ ※
「いろいろと面倒だったなぁ……」
その後もホームセンターに行って犬小屋やリード、運ぶためのドッグバック、ドッグフードに犬用のチュールなどいろいろと買った。
あと、昔からやってみたかった、フリスビーを投げて犬にキャッチさせるあれ、やってみたところ見事にキャッチして、そのままフリスビーを噛み砕きやがった。
などと思い出しながら、俺とクロは二人でPDの中に入った。
俺とクロにとって、PDの中は定番の散歩コースだ。
てんしばダンジョンをトレースしたPDの中を二人で歩きながら、そのまま五階層に行く。
PDの中だとリードを持つ必要もないので楽なものだ。
そして、五階層に行った俺は、軽く柔軟体操をする。
「よし、クロ。勝負するか」
「わふ」
「どっちがいっぱいDコインを集めることができるかで行くぞ。勝ったら晩飯後にチュールを付けてやる。ただし、負けるつもりはないからな」
「アオォォォーン!」
クロは気合十分のようだ。
よし、行くか。
「よーい、ドン!」
俺とクロは別方向に走った。
ここに出てくる魔物はゴブリン、リザードマン、キューブ。
そのうちゴブリンとリザードマンは剣で倒す。
キューブは立方体の逃げるだけの魔物。とても素早く、逃げられたら俺でも追いつけない。
これまでは袋小路に追い詰めるしか倒す方法がなかったわけだが、
「解放:火矢!」
火魔法で対処。
威力はカスみたいなものだが、キューブ相手にはこれで十分だ。
遠距離攻撃も使えるようになった俺に死角はない。
こっちには気配探知のスキルもあるから、魔物を探し回る必要もない。
クロは俊敏値が高いが、それでも弱体化しているため姫ほど速くはなく、今の状態ではキューブに追いつくことができない。
さらに、クロはインベントリを持っていないため、回収したDコインをいちいち咥えて首にぶら下げさせた袋に入れないといけない。その時間のロスは多いだろう。
俺の負ける要素はなかった。
悪いな、クロ。
飼い犬相手とはいえ、ご主人様は手加減してやれないぞ?
そして一時間後、再集合した。
クロが首からぶら下げていた袋には、ゴブリンやリザードマンが落としたと思われるDコインが山のように入っていて、計算したところ僅差で俺が負けていた。
「なん……だとっ!?」
「わふ」
「ご主人もよくやったって? 魔物の質だけならご主人の方が上だって? 慰めてくれるな、余計に惨めになる。くそっ、なんで負けた。え? 獲物は臭いで追跡? キューブは諦めてゴブリンとリザードマンに絞って戦った?」
俺の気配探知だと魔物の区別はつかないが、クロの場合、嗅覚による追跡だと魔物の区別がつけられる。
その技能を生かし、一匹で倒せる魔物に絞って倒した。
やけにリザードマンとゴブリンに遭遇する回数が少なかった気がするが、クロが狩っていたのか。
どうやら俺はウサギとカメのウサギ役を演じてしまったようだ。
「次は負けないからな。うん、チュールは晩飯のあとな?」
そして、散歩を終えた俺たちはダンポンのところにDコインの換金をしにに行き、
「……泰良さん。このDコイン、涎でベトベトなのです。今度からクロにDコインを拾わせるのはやめるか、洗ってから提出してほしいのです」
ダンポンにめっちゃ嫌がられた。
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