快気祝い
第二章スタートです
この世界に、ダンポンという異世界からの来客が訪れ、彼らによってダンジョンが生み出されて十年が経った。
ダンジョンができたことで世界は大きく変わった。
ダンジョンの中には魔物と呼ばれる怪物が存在し、その魔物を倒すことで様々な物が手に入る。
石油や天然ガスといった化石エネルギーに頼ることのない魔石による電気エネルギーの生成が可能となった。
魔石だけではない。
現代医学では治療できない病気や怪我を癒す薬。
世界中の美食を知り尽くした人間ですら味わったことのない美味、珍味の食材。
ダイヤモンドよりも遥かに硬い鉱石。
若返りの秘術さえも存在すると言われている。
また、ダンジョン内で魔物を倒すとレベルが上がり、ステータスと呼ばれる能力が向上し、さらにはスキルと呼ばれる不思議な力が手に入る。その能力やスキルはダンジョンの外ではほとんど効果はないが、それでも僅かに能力が影響するし、ダンジョンの外で使えるスキルも存在する。まるでゲームのようなそのシステムに、若者を中心として多くの人間がダンジョン探索者になった。
多くの国ではダンジョン内に安全マージンという制度が設けられ、怪我をすることなく戦える階層にしか行くことができず、ダンジョン探索はもはや一種のスポーツのような感覚で人々の間に浸透していった。
だが、今年になってそれが大きく変わる。
ダンプルと呼ばれる新たな異世界生命体が登場したのだ。
ダンプルは世界中に黒いダンジョンを生み出した。
黒いダンジョンは安全マージンなどという生易しい物は存在しない。しかも、ダンジョンを放っておいたり何かきっかけを与えると、ダンジョンから魔物が溢れるようになってしまった。
ダンジョンから溢れた魔物は通常の近代兵器では対処できず、日本でも自衛隊が苦戦を強いられることとなった。
また、既存のダンジョンにもダンプルはちょっかいをかけ、本来現れない強い魔物を浅い階層に出現させ、多くの死者を出す事故を引き起こした。
政府はこの事態を重く見て、かねてより考えていた探索者同士の互助組織、EPO法を制定。
これにより、高レベルのダンジョン探索者には税の優遇措置や様々な資格の付与などの特典が与えられることとなった。
いまはダンジョンの歴史において、大きな転換点の年と言えるだろう。
「世はまさに、大探索者時代!」
「なにそれ?」
女装させたら美少女の青木の言葉を聞いて、俺は意味がわからず聞き返す。
「壱野ならわかるだろ? ワ〇ピースの台詞をもじった」
「ワ〇ピースのアニメは見てたけど、それはわからん」
「なんでだ? アニメ見てたら絶対知ってると思うんだが」
と青木がスマホで調べる。
そして、俺がわからない理由に気付いたらしい。
「魚人島編を見てないのか? って、魚人島編って2011年!? うわぁ、ジェネレーションギャップだ」
青木がショックを受けているようだが、青木とは同い年だ。
ていうか2011年ってそんなに昔のこと俺が知ってるわけないだろ?
幼稚園以前のアニメの記憶なんて曖昧だよ。
「でも、なんで青木は覚えてるんだ?」
「ん? サブスク入ってるからな」
「サブスクか。ド〇ゴンボールも見れるか?」
「お前今頃ド〇ゴンボールに嵌ってるのか?」
「父さんにスマホで電子書籍全巻読むように言われて――」
「マジか。ようやくお前もコッチ側に来たのか。よし、じゃあド〇ゴンボールのDVD貸してやるよ。うち、全巻揃ってるから。GTと超もあるぞ」
「お前は神かっ!?」
「神様といってもデ〇デだぞ」
と青木が咄嗟にド〇ゴンボールネタをぶっこんでくる。
俄かの俺と違って、非常にスムーズなぶっこみっぷりだ。
あぁ、この後なんて返したんだっけ?
覚えてないが、しかし、それが妙に嬉しい。
まさか、俺以外にド〇ゴンボール好きの同級生がいたとは。
レジェンド漫画の名は伊達じゃないな。
「じゃあ、今日、お前の家に持っていくよ」
「悪い。今日はミルクの家に行くんだ」
「ミルクって、牧野ミルクか? なんだ、お前らとうとう付き合ったのか?」
「そんなわけないだろ。とうとうってなんだよ。ミルクの親父さんと知り合いになってな。その親父さんが退院したから快気祝いの挨拶に行くんだ」
「例の事件な。自衛隊を救った英雄的行動。ニュースで見たよ。退院できてよかったよな」
本当によかったよ。
※ ※ ※
快気祝いに何を持っていけばいいかわからないので母さんに相談したら、スライム酒とゲキウマキノコを持っていけばだいたいの家庭なら喜ばれるだろうとのことなので、そうさせてもらった。
ミルクの家に行くのは久しぶりだな。
昔から大きな家だったが、本当に豪邸になっていた。 牛蔵さんが探索者になり収入が増えたため、隣の畑の土地を買い取ってさらに増築したそうだ。
呼び鈴を鳴らそうとしたところで、ミルクが出てきた。
まるでずっと玄関で待っていたかのようなタイミングだが、まぁ偶然だろうな。
「泰良、いらっしゃい」
「うん。入っていいか?」
「待って、セキュリティ解除するから」
セキュリティって、金持ちの家ってそんなのがあるのか。
勝手に門を開けたら、ア〇ソックの人が駆け付けてくるのか?
牛蔵さんがいたらそんなの必要ないと思うのだが。
セキュリティの解除を待って家の中に案内してもらう。
玄関――大理石の床が眩しい。
スリッパに履き替え――我が家の100円均一ショップのものとは大違いでもこもこだ――牛蔵さんのところに。
そして、俺は考えていた挨拶を述べようとして、言葉が詰まった。
「やぁ、よく来たね。このような恰好で済まない」
牛蔵さんはベッドの上に座っていた。
お元気そうでなによりです。
そう言おうとして、それが言えなくなった。
牛蔵さんはかなりやつれていたのだ。
隣には看護師らしい女性が付いている。
退院したって聞いて嬉しかったのに、いまではなんでこんな状態の牛蔵さんを退院させたんだって憤ってすらいる。
だが、おかしい。
確かに牛蔵さんの傷は英雄の霊薬で治したはずなのに、どうしてこんなことになってるんだ?
「驚かせたかね?」
「あの、傷は完治したんですよね?」
「君のお陰でね。だが、呪いが残っているらしい」
「呪いが!? ダークネスウルフの仕業ですか!?」
「ダークネスウルフ? いや、確かにあのときダークネスウルフとは戦ったが、それとはまた別の魔物だ。見たこともない魔物だった。いや、見たことのないというより、見た認識がないというのかな? 私は一体何と戦ったのか、それすら覚えていない。その魔物にやられて、この様だ。ごほっ、ごほっ」
牛蔵さんはそう言って苦笑すると、大きく咳き込んだ。
とても辛そうだ。
看護師さんが見かねて牛蔵さんの背中をさする。
「ああ、悪い。それで、アメリカのダンジョンに行くことにした」
「そんな状態で!? 危険です!」
「逆だよ。この呪いは体力が半分になり、免疫力もそれにあわせて低下するらしい。しかし、ダンジョンの中だとステータスの恩恵に与ることができる。前ほどとは言わないが、それでも君よりも元気に動き回れるだろう」
「……そういうことですか。それで、出発は?」
「今夜だ。出発前に君に会いたかった。本来なら私から出向くべきなのだが、このような状態ではそれもままならない。英雄の霊薬をありがとう。君がいなかったら私は死んでいた。そして、このセリフは絶対に誰にも言わないと誓っていたのだが、言わせてほしい。私がいない間、ミルクのことを守ってくれ」
「俺にできることならば全力で」
「よろしく頼んだ……ごほっ、ごほっ」
看護師さんに、これ以上の長話は身体に障ると言われ、俺は頭を下げて部屋を出る。
お土産を渡すこともできなかった。
今の状態の牛蔵さんがお酒を飲めるとは思えなかったので、渡さなくて正解だったかもしれない。
俺は牛蔵さんの部屋を出て、ミルクの部屋に行った。
「牛蔵さん、調子悪そうだったな」
「ううん、あれでもだいぶマシになったの。それに、パパが言ったようにダンジョンの中なら命に別状はないって。日本だと法律でダンジョンの中での治療はできないから、どうしてもアメリカに行くことになっちゃったけどね」
「そっか。寂しくなるな」
「……うん。ママも一緒に行くらしくてね。私も一緒にって誘われたんだけど、高校も今年で卒業だしこっちに残ることにしたの。お手伝いさんもいるし、生活には困らないけれど――」
「ミルクのことを頼むってのはそういうことか。娘を一人で日本に残すのは確かに不安だろうな」
と俺は言って、いまミルクがさらっとお手伝いさんがいることを言ったことに驚いた。
この家って、メイドさんがいるのか?
それともイケメン執事さんか?
お嬢様、紅茶の用意ができましたってやってるのだろうか?
「言っておくけど、お手伝いさんは70歳のお婆ちゃんだからね。メイドさんや執事さんじゃないよ」
「何故わかった!?」
「そりゃ幼馴染ですから。泰良の考えてることは手に取るようにわかるよ」
そういうものか――と改めてミルクの部屋を見る。
女の子の部屋にしてはなんかシンプルだな――と思って棚を見ると――
「え? なに、お前ってこんなぬいぐるみ好きだった?」
棚の中がぬいぐるみだらけだ。
中学の時はそれほど好きじゃなかったはずなんだが。
「えっと、好きじゃないけど、UFOキャッチャーでつい取っちゃって」
「え? 中学時代はお金の無駄だって言ってたじゃないか」
「そうだけど、ほら、泰良も好きだったでしょ? よく国道のゲームセンターで遊んでたじゃない。それで私も何度か行ってたの」
「そうだったんだ。俺は二階のメダルコーナーにいってたから一階はほとんど行ってなかったわ」
メダルコーナーで遊んでたときも、それほど幸運値の恩恵があるようには思えなかった。
ただ、時間潰しをしていただけっぽいサラリーマンの人にメダルを貰ったりしてたので、お金を使うことはほとんどなかった。
「(二階にいたんだ……どうりで会えないわけだよ……それでも三年も通って全く会えないのってやっぱり運が悪いよ……青木には何度も会ったのに)」
ミルクがぶつぶつと文句を言いたそうにしている。
メダルゲームしてる暇があるのなら勉強しろって言いたいのだろうな。
「そうそう、それで、前にしてた話だけど」
「焼肉の話?」
「それは今度。パーティの話だよ。ダンジョンに潜るって。お前、本当にいいのか? 牛蔵さんがあんな状態だし、反対されるだろ?」
「パパは好きにしなさいって。でも、ママには言ってない。絶対に反対されるのわかってるから」
「いいのかよ」
「いいのよ。私が聖女の秘薬を見つけてパパの呪いを解いてあげるんだから」
怪我を治す薬が英雄の秘薬なら、呪いや病気を治療するのが聖女の秘薬だ。
そう簡単に手に入るものではない伝説級の秘薬だが――そういえば、アヤメも欲しいって言ってたっけ。
「なら止めない。ただ、ダンジョンに行く前にオーディションは受けてもらうそうだ」
「オーディション?」
「姫は本気でダンジョン探索者のトップランカーを目指してるらしいからな。仲間も厳選したいらしい」
「前に一緒にダンジョンに行くって言ってた女の子は?」
「合格した。本人もかなりやる気みたいだし」
「だったら私も合格するよ。負けてられないもん」
まぁ、ミルクなら大丈夫だろうな。
俺はオーディションの日時と場所を伝えた。
夕食も一緒にっていうミルクの誘いは丁重に辞退させてもらった。
これからアメリカに出発するというのなら、準備も忙しいだろう。
それに、急いで家に帰らないと。
そろそろ散歩の時間だ。
俺は家に着くと物音が聞こえた。
そして、そいつが俺の下に走ってきた。
「ただいま、クロ。でも、勝手に庭から出て来るなって注意しただろ!」
俺がそう怒ると、クロと呼ばれたそいつは、「くぅん」とかわいい声を出して反省する素振りを見せる。
その見た目は、黒く可愛らしい小犬にしか見えない。
触ってみるともふもふしていて、枕にして寝たら気持ちいだろうと思う。
ていうか、ダンジョンの中で一度枕にしたことがある。
俺と死闘を繰り広げたダークネスウルフと同じ個体とは思えないよな。
第二章開始しました!
クロはきっとカワイイはず!
うん、想像しただけでカワイイ。
次回、クロが家族の一員となったときの話をしながら、クロと一緒にダンジョンに潜ります。