静岡支部からの依頼(その2)
「なんだよ、兄貴。急に断れって」
「いや、泰良の仕事ぶりを見ようと思ってついてきたんだが、この仕事はなぁ」
兄貴はそう言って支部長さんを見る。
「I国の要人の接待用のウナギの調達? I国といえば、今後政府が魔石を使用した高速鉄道の共同開発をしようとしている国ですよね? 日本は本来であれば資金援助をする側だが、ここでC国も資金援助をして共同開発をすると言ってきて、何故か技術と資金を払う側が取り合っている国。その国の要人の接待となると、確かに国家事業です。しかし世論はむしろ反対ムードです。なんで国が何千億円も資金援助してI国の機嫌を取っているんだ? 海外への資金のばら撒きじゃないか? そんな風に叩かれています。その接待の手伝いを行って泰良にメリットがあるとは思えないんですよね」
兄貴が一気にまくしたてる。
そして、俺を見て一言――
「それに、そんな大切な仕事、高校生のこいつに頼り切るもんじゃない。十八歳の高校生が背負うには重すぎる荷物ですよ」
優しい眼差しを浮かべて言った。
支部長さんは口を開いて何かを言いかけたが、言葉が詰まったように押し黙ると、少し間を開けて言った。
「……仰る通りです」
ええと、これはどうしたらいいんだ?
明石さんの方を見るが、彼女は何も言わない。
本当にこのまま断っていいのか?
「ということで、話は終わったから、泰良。ちょっとそのサファイアウナギ取ってこい」
「え? 断るって話だったんじゃないのかよ」
「断ったぞ? 明石さんとヘリの中で話してたが、いまのチーム救世主のいいところは世論が味方についてるところだ。それなのに、政府の飼い犬みたいな仕事をするのはよくない。それになにより、失敗したときのデメリットがでかい。だったら、依頼を受けるんじゃなくて、依頼抜きで動いた方がいいんだ」
「そんなのいつ話してたんだ?」
「お前がヘリの外の景色を見ている間にだよ。だいたい、この時期に国案件の仕事で浜松ってだけで依頼の内容は予想できた。宝石の販売なんてやってると国際情勢にはイヤでも詳しくなるからな。それにこういうのはお前や関係者の明石さんが直接言うんじゃなくて、俺が断らせるのにも意味がある。成人していると言ってもお前はまだ高校生なんだ。保護者が断ってるって言えば、ダンジョン局の局長さんだって言い訳ができる」
マジか、そんな話していたなんて全然気付かなかった。
しかし、やる事は同じなのに肩の荷が下りたってのも事実だ。
依頼ではなくて個人的に行うことであったら、失敗しても、チーム救世主の名に傷がつくこともなければ、仲間に迷惑がかかることもない。
「これでよろしいですかね? 支部長さん」
「はい、私共としましては耳が痛い話でした。では、今回の話は無かったことに致しまして、サファイアウナギの買い取り額を通常の十倍にして一般募集を掛けてみることにします」
「ということだ。泰良、失敗したところで、報連相がろくにできていなかった総理が恥を搔くだけだ。気楽にいってこい」
恥を搔くだけって、日本の恥にもなりそうなんだが。
でも、気が楽になったのは事実だ。
本当に兄貴には敵わない。
「そうだ、泰良が舘山寺の近くにあるイチゴ大福が食べたいって言ってたな。仕事を断ったとはいえ、せっかく浜松まで来たんだし、誰かお土産に用意してくれる人がいたらいいのにな」
兄貴がダンジョン局の局長さんに聞こえるような声で言った。
俺はそんなこと一言も言っていないんだが――というか舘山寺のイチゴ大福を知らない。
ダンジョン局の局長さんが苦笑していた。
本当に兄貴には敵わない。
サファイアウナギは浜名湖ダンジョンの二十一階層以降にある湖で釣れるらしい。
地図も用意してもらっているので、早速行ってみることにする。
兄貴とはダンジョン局で一旦別れ、ダンジョンに移動する。
浜名湖ダンジョンは航空自衛隊の浜松基地から車で直ぐ、浜名湖の傍にあった。
やはりというか静岡でもダンジョンは人気で、大勢の探索者が列をなして入場待ちをしていたが、俺はEPO法人の特典により並ばずに、入場料も払わずにダンジョンに入る。
これといって面白い魔物がいるわけではない。
12階層に歩くウナギのような魔物が出たのは驚いた。
サハギンの一種でイールサハギンというらしい。
普通のサハギンは二本足で立ち、手では武器を持っているが、イールサハギンは四本足で歩いている。
魚人というよりかは足の生えた蛇みたいないでたちだ。
あれ? なんかこういうアニメのキャラ、どこかで見たような気がする……なんだろ? 昔のアニメだった気がするんだが。
あれは人型のウナギじゃなくて犬型の……うん、たぶん気のせいだな。
倒したらダンジョンウナギが手に入った。
これも高級ウナギらしいが、サファイアウナギはもっと美味しいそうだ。
二十階層に到着した。
ボスは狸神だった。
姿を消したり石像になったり巨大化したりと芸としては楽しい相手だったが、四十階層まで到達している俺の敵ではなかった。
そして二十一階層に到着した俺は、一度転移魔法陣を使ってロビーに戻り、トイレを済ませると再び二十一階層に移動。
二十一階層は各階層に巨大な湖がある草原の階層だ。
これまでのダンジョンの二十一階層の中で一番見通しがいい。
階段を見つけやすい代わりに、のんびり釣りをするには敵に直ぐに見つかりそうだ。
ただし、敵の気配は湖からはない。
ということは――
んー、誰も見てないな。
俺は周囲を確認し、インベントリから一本の矛を取り出すと、そっと湖の中を突いた。
……よし、そこだっ!
矛を大きく上に挙げると、数十メートル先に小さな島ができた。
天沼矛――かつて日本列島を作り出したと言われる矛を使って島を作ったのだ。
そして、島に向かってジャンプする。
うん、この島の上なら魔物も簡単には近付けないな。
勝手に島を作って何か問題が起きても、管理人のダンポンがうまいことやってくれるだろう。




