国民栄誉賞の受賞、そして――
「表彰状、EPO法人天下無双理事長押野姫殿。あなた方は日々の修練、努力の積み重ね、そして類まれなる知恵と勇気により日本国を揺るがす未曾有の危機に立ち向かい、果敢に冒険に挑みました。頑張ったその姿勢は、国の誇りであり、全ての国民に勇気と希望を与えました。ここに、あなたの功績を称え、深い感謝と思いを込めて、国民栄誉賞を贈呈いたします」
東京の押野ホテルズ&リゾーツが経営するホテルのスイートルームの一室に俺は集まっていた。
総理大臣が表彰状の内容を読み上げる姿がニュースに取り上げられているのを俺たちはテレビで見ていた。
国民栄誉賞授与式は恙なく終わったのだが、その後のマスコミの記者会見に丸一日が潰れた。
学校や自宅での取材を断ることを条件にキー局にそれぞれ時間を作って取材に応えた結果だ。
スマホには、中学時代の友人や親戚から大量にメッセージが届いていた。
予め質問表は貰っていたので受け答えはスムーズにできたのだが、しかし同じ質問ばかりで正直後半は目が死んでいた気がする。
「しかし、史上最年少、団体では二例目、企業への受賞は国内初なんだよな? いくらなんでも大盤振る舞い過ぎないか?」
ニュースで初めて知ったのだが、この国民栄誉賞は異例づくめの授賞式だったそうだ。
「EPO法人の法制化には反対意見もあったからね。国の判断が間違ってなかったっていうアピールをしたかったんだと思うよ? たぶん、来年度の予算にはEPO法人や探索者育成のために今年度以上の予算が計上されるんじゃないかな?」
「日本にとってダンジョンは資源不足を解消する鍵なのよね。資源さえ確保できたらかつての技術大国と言われた日本が再興できると思ってるんじゃないかしら?」
「でも、ダンジョン探索に力を入れるのは悪いことじゃないと思いますよ? ダンジョンがこの世界に現れて十年、温室効果ガスの排出量はダンジョン出現前に掲げていた各国の目標値を大きく下回っていますし、これからは食糧自給率の向上も見込めるそうですから」
とみんなが意見を言う。
俺たちはこれからの若者をダンジョンに呼び込むための客寄せパンダってことか。
「そういえば昨日聞き忘れてたけど、アヤメの妹――スミレちゃんだっけ? まだアヤメがチーム救世主のメンバーだって知らなかったんだろ? この放送見たら驚くんじゃないか?」
俺たちが結構深い階層まで潜っていることは有名だから、妹に心配を掛けたくなくて黙っていたらしい。
表彰状は姫が代表して受け取ったが、記念品の腕時計は俺たち全員が受け取り、その姿はしっかりニュースにも流れている。
「ずっと言うタイミングを逃してたので。でも、一昨日、ダンジョン学園ダンジョンから帰ったときに両親と一緒に伝えました。最初は信じてもらえませんでしたけれど、預金通帳を見せたらなんとか信じてくれました。ものすごく怒られました」
「まぁ、ずっと黙っていたんならね」
「いえ……先に言ってくれたら文化祭を休んで一緒に東京に行ったのに。なんで直前に言うのかって」
「……それは確かに怒っても仕方ないかも」
たぶん、文化祭は休めないと思う。ただでさえ六人しかいない学校なのに、一人抜けたら大変だろう。
文化祭繋がりで言えば、ダンプルの作った異世界召喚風ダンジョンはかなり好評だったらしい。
さすがに時間を一万分の一にするのはやり過ぎということで中止となったが、それでも時間の流れを十倍遅くして、丸一日の異世界気分を満喫したそうだ。
入場料一万円と強気な設定にしたにも拘わらず、一日限定ということもあり、入場者の数は一万人以上だったそうで、大阪の枚方にある某遊園地を含め、いろんな企業、団体から異世界召喚風ダンジョンの常設依頼が舞い込んできたそうだが、ダンプルは全て断ったらしいと、一部情報通のマスコミから教えて貰った。
親族用の席には、俺とアヤメの両親、ミルクと姫の母、そして妃さんが来ていたが、牛蔵さんとキングは来なかった。
牛蔵さんは現在、富士山のダンジョンにいるらしい。
信玄さんが抜けた代わりに呼ばれたそうだ。
相当渋っていたようだが、信玄さんの命令には逆らえなかったらしい。
その信玄さんは現在、北海道のダンジョンに向かっているとのこと。その理由は誰も知らないそうだが、もしかしたらミレリーがそこにいるのかもしれない。
だが、北海道といっても函館、さっぽろ羊ヶ丘、十勝平野、稚内、釧路湿原、網走と六カ所もダンジョンがあり、そのどこに信玄さんが向かったのかすらわからない。
それに、ここで彼を追いかけたところで、俺にできることは何もない。
ないんだが――
「泰良、焦ったらダメよ。少なくとも、世界を救うなんて、レベルを上げるだけで対処できるものじゃないもの」
「わかってる」
レベルを上げただけで対処できるなら、ずっとPDに潜っていたらいい。
「ミレリーがそんなに大事?」
「……友だちだよ、あいつは」
「別に浮気を疑ってるわけじゃないよ。でも、泰良には自分を大事にしてほしい。もしも泰良が失敗して死んだら、あのミレリーみたいになるんじゃないかって不安だもの」
ミルクがそう言って俺を背中から抱きしめる。
俺は何も言わない。
皆も何も言わない。
静寂が場を支配した。
とその時だった。
「わたくしが来ましたわ! あら、皆さん揃っていたのですわね!」
と言って、ノックもせずに妃さんが入ってきた。
「妃、いくらオーナーの娘だからって勝手に入ってこないでよ」
「あら、姫。固いこといいっこ無しですわよ」
姫が文句を言うが、妃さんはマスターキーらしきカードを振りながら悪びれもせずに笑って返す。
何しに来たんだ、この人は?
「申し訳ありません、姫お嬢様。注意はしたのですが、お嬢様がサプライズでお祝いしたいと仰られて」
「明石っ! 黙りなさい!」
「申し訳ございません」
後ろにいた明石さんが説明し、謝罪する。
その横にはもう一人明石さんがいた。
さっきまで新聞紙や週刊誌の記者と原稿の打ち合わせをしていた、姫の秘書の明石さんだ。
「お久しぶりですね、姉上」
「久しぶりね、翔上。実にやりがいのある仕事ですよ」
明石君代さんと明石翔上さん……うん、顔だけでは区別がつかない。
身代わりの腕輪の有無が見分けるポイントだな。
「それで、お祝いに来たの?」
「ええ、そうですわ! この姉が直々にお祝いに来たのですわ! せいぜい感謝しなさい!」
「はいはい、ありがとう。とりあえず座ったら? はい、ジュース」
「……なんです? この乳白色の飲み物は?」
「ミックスジュースよ」
「フルーツオレじゃなくて?」
「似て非なる飲み物よ。ダンジョン産だから味は確かよ」
妃さんはグラスに入ったミックスジュース(魔法の水筒産)をじっと見て、一口飲む。
「……冷たくてシャリシャリして美味しいですわね。明石」
「はっ……」
明石(姉)さんは妃さんが飲んだグラスを受け取り、一口飲む。
彼女は舌で味を吟味し――
「確かに上質な味わいですね。98%の再現は可能です」
「構いませんわ。明日の朝食に」
「かしこまりました」
明石(姉)さんは早速電話で何か注文を始める。
きっとダンジョン産の果物や牛乳などを仕入れているのだろう。
魔石があればいくらでも飲めるんだけど、ミックスジュースは作りたて直ぐでないと味と何より色が劣化していくからな。
妃さんはミックスジュースの残りを飲み干した。
「ジュースを飲んだらさっさと帰りなさいよ」
「お祝いに来た姉に向かってなんですの、その言い草は!」
お祝いに来たって言ってるけど、「おめでとう」の「お」の字も言われていないんだが。
まぁ、お祝いに来たっていうその言葉が、彼女なりの最大の祝辞なのだろう。
「妃お嬢様。例のことを――」
「……そうですわね。明石、あなたから伝えなさい」
突然、妃さんが不機嫌になる。
一体どうしたんだ、と思ったら――
「旦那様から伝言を賜りました」
「ダディから!?」
キングさんからの伝言?
それってもしかして――
「明日、浅草ダンジョンの23階層で待っているそうです。そこで全てを話すと――」
「時間は?」
「指定はございませんわ! ダディ程の探索者であれば、あなた方が23階層に着くタイミングに合わせて移動することも可能です。本来であればわたくしも一緒に行きたいのですが、この場はあなた方に譲って差し上げますわ」
レベルの関係で23階層に行けない妃さんが悔しそうに言った。
ようやくキングさんから全てを聞くことができる。
あの人が何者なのか? そして、何を知っているのかを。
この章はこれで終わりです。
次回から暫く閑話が続きます。




