勇者の義務
説明回が続きます
琴瑟相和を使ったお陰で、魔王よりも楽に倒すことができたな。
しかし、あまりにも楽に倒せすぎて、不安が残る。
「キッケ、まさか魔王と同じようにこの後変身するだとか、心臓が七個あるとは言わないよな」
「いや、もう終わりだ……タイラーたち、本当に強かったんだな。実際の裏ボスだと十五分以内に倒せば裏カジノがオープンする予定だが、未実装だから何もないぜ。その代わり、魔石は持って帰っていいぞ」
魔石か……銀色の魔石って換金したら40億円くらいになるんじゃなかったっけ?
一人当たり十億円か。
金はあって困るものじゃないが、毎回こんなもの持ち込んだら魔石の値段が落ちるな。
ただでさえ、元々の買い取り価格から20%ダウンしているんだけど。
魔石の使い道が増えて、需要が上がってもらわないとなぁ。
魔法の水筒(葡萄汁)と熟成樽をどこかに献上するか?
でも、これでワインを作り過ぎたら既存の葡萄農家とワインの酒造家が潰れることになりそうだ。
魔法の水筒(牛乳)を個人で使っているのはそういう理由だったし。
とりあえず、魔石の使い道は後で考えるとしてインベントリに収納する。
「今の魔物は四十階層のボス相当の強さだった。夏に会った時はダンジョン二十階層にもいけなかった子どもたちが、もうここまで成長していたのか……それが若さなのか。年は取りたくないものだ」
信玄さんが年寄りみたいなことを言う。
「……信玄さんお願いします。知っていることを教えてください」
「本来であれば、勇者である泰良君たちが成長するまでは君達の自主性に任せるつもりだったのだがな」
「俺が勇者だって知っていたんですか?」
「最初に見たときにな。まさか、ミルクちゃんのボーイフレンドが勇者だとは思ってもいなかったが」
俺が勇者だっていうのは知っている人が見ればわかるものなのか?
そういえば、キングさんも俺が勇者だって気付いていたようだし。
ダンポンやダンプルは最初から知っていたのだろうか?
「泰良君。勇者とは何かはもう知っているのかね?」
「世界を渡り、滅んだ世界を救うことができる者だって教わりました」
「そして、勇者には救うべき世界が決まっている。君が救う運命にあるのは、エルフの世界なのだろう?」
「はい、たぶんそうだと思います」
トゥーナと俺の関係は有名だ。
勇者が救う世界が一つだというのなら、俺が救うことになる世界がエルフの世界なのだろう。
だったら、ミレリーが救おうとしていた世界は、エルフの世界じゃないのか?
「ミレリーという先ほどのエルフが何という世界を救おうとしていたのかはわからない。だが、彼女は世界を救うことに失敗した。彼女が救うべき世界を救うよりも前に、エルフの世界が滅んだからだ。エルフの世界が滅んだとき、ミレリーという勇者の肉体も滅んだ」
エルフの世界が滅んだのは俺がいった世界の百年以上先の話だ。
人間でいえば十年程度の話だが、ミレリーは俺が会ったときとあまり変わっていなかった気がする。
まぁ、若返り薬や年を取らない冬眠用のシェルターみたいなものもあるから見た目の年齢は考えないようにしよう。
「じゃあ、あのミレリーは幽霊ということですか?」
肉体ではなく霊体?
「勇者としての機能のようなものだ。ミレリーという少女の意思は奪われ、その責務だけが残った。世界を再生するためにはエネルギーが必要となる。しかし、本来であればエネルギーを補給するための自分の世界のダンジョンも既に機能が停止し、結果、他の世界のダンジョンからのエネルギーが必要になる。彼女がこのダンジョンからエネルギーを奪ったのはそういう理由だ。彼女の意思とは関係なく、それは行われている」
「キッケが言っていた勇者の残滓っていうのはそういうことか」
キッケを見ると、頷いた。
「では、信玄さんはダンジョンを守るためにミレリーを殺そうとしたのですか?」
「いや、私はダンジョンからエネルギーを奪われたところで、正直構わないと思っている。ダンジョンのエネルギーが奪われたところで、ダンプル一人が活動停止になる程度だろう?」
「え? じゃあなんで?」
「問題は奪われたエネルギーの使い道だ。彼女はただエネルギーを必要だという責務のみでエネルギーを吸収しているが、それは正しく使われていない。結果、奪われたエネルギーは一種の呪いとして溢れてしまう。それは非常に危険なものだ。不破を連れてきたのも、万が一呪いが溢れていたら専門家である彼に対処させるためであった」
「そうだったんですか……」
「呪い……おじさま、もしかしてパパが襲われたのって?」
ミルクが信玄に尋ねると、彼は頷いた。
牛蔵さんを呪った魔物は、クロ――ダークネスウルフではないと言っていた。
普通の魔物とは違う。
魔物とは認識できない何かに襲われたって言っていた。
まさか――
「牛蔵を呪った張本人はダンプルの生み出した魔物ではない。その魔物の中に紛れて出た呪いなのだ。あの時も私は富士山のダンジョンの二十七階層で彼女と遭遇し、彼女を殺した。対処が遅れたため、呪いを放たれた後だったが――」
「殺した? ミレリーを!?」
「ああ。殺したところで、肉体は既に滅んでいるから直ぐに蘇る。もっとも、再生するための時間は稼げるが」
ミレリーは殺されても本当の意味で死ぬわけじゃなかったのか。
じゃあ、俺がやったことって本当にただの邪魔?
そして、信玄さんは俺を見て言う。
「泰良君。勇者というのは、ただの特別な力を持つ者ではない。その力には相応の義務が伴う。もしも君がエルフの世界を救えずに死んだ場合、君という肉体は滅んでもその勇者としての義務は残る。あのミレリーのような存在になるのか、それとももっと別の何かになるのか。正直私にもわからない」
信玄さんが黙っていた理由もわかった。
俺が死んだらどうなるかわからないというだけではない。
エルフの世界を救うまでの間、ミレリーは現れ続け、今回のような事件を起こし続け、呪いをばら撒く。
こっちは何十年もかけて、それこそ若返りの薬を使って百年以上時間をかけてもいいからエルフの世界を救おうと思っていた。
だが、時間を掛ければ、その分だけ被害が出るのか。
と思ったら、信玄さんの下に転移魔法陣が現れた。
「これは――そうか。管理人が目覚めたか。泰良君、それに君達。私が生きている間は極力ミレリーの対処は行う。だから、慌てずに確実に時間をかけて事に当たってくれ」
信玄さんはそう微笑み、姿を消した。
そして、彼と入れ替わりに現れたのは――
「後の説明は僕が引き継ぐよ」
ダンプルだった。




