静岡からの帰還
学校の教室で俺は死んでいた。
「なんだ、眠そうだな、壱野。徹夜でゲームでもしてたのか?」
「いや、旅行に行ってたんだ。これお土産」
と俺は、風呂に入ったホテルで買ったおみやげの一つを青木に渡す。
お土産の一つや二つ買って帰らないと父さんと母さんを宥められないと思ったからだ。
「こっこ? 富士山静岡って、お前、静岡に行ってたのか。そりゃ大変だったな」
「ああ、本当にな」
昨日、風呂に入ったあとのことを話す。
その後は車で総合病院に。
だが、タクシーが用意できない。
当然だ、自衛隊の安全確認が終わったとはいえ、タクシーの運転手も避難して近くにいないのだから。
結局、避難せずに残っていた副支配人だという偉そうな人が運転してくれることになった。
まだ麻酔が効いているので話はできないそうだけど、傷はちゃんと回復したらしい。
ミルクのお母さんにはとても感謝された。
ミルクにも感謝されたが、それと同時に「姫ってだれ? お風呂ってどういうこと?」と詰め寄られた。
ミルクのお母さんが止めに入ってくれなかったら面倒なことになっていたな。
本当は牛蔵さんが目を覚ますのを待ちたかったが、明日、学校があるから帰らせてもらうことにした。
当然、ヘリで帰れるものと思っていた俺だが、ここでヘリに乗って帰ったら目立つと言われた。
電車の始発を待っていたら学校に間に合わない。
じゃあ、どうやって帰るんだってなって、タクシーで帰ることになった。
市内だとまだタクシーが捕まったからだ。
タクシー代で15万円とかなんか見たこともない額になっていた。
家に帰ったら、もう朝といってもいい時間で、母さんと父さんにメッチャ怒られた。
牛蔵さんの治療のためだったと説明して納得してくれた。
そして、学校に行く時間になり、駅に自転車を置きっぱなしにしていることに気付いて寝不足の身体に鞭打って、全力で駅まで走った。
PDで休めばよかったって思うかもしれないが、PDの中はまだ異臭が漂っていて、風呂に入ったあとだと入ることができなかったのだ。
「昨日はヤバかったよな。米軍の秘密兵器がなかったら何人の犠牲者が出たかわからないってテレビでも言ってたし」
「あぁ、米軍の秘密兵器ね……」
当然、その後、政府が開いた記者会見で各メディアは仮面の男の正体を訊ねた。
その記者会見場に颯爽と現れたのが、あのキング・キャンベルだった。
そして、彼は通訳を通し、こう説明をした。
『あれはわが社とアメリカ陸軍が共同で開発した魔導兵器を使用させてもらった。まだ開発途中のため具体的な情報は明かせないし、本来は表に出してよいものではないのだが、この国の総理からの要請を受け、友好国の日本のピンチということで導入させてもらった。軍事機密のためこれ以上話すことはできないが、魔物に対して効果はあっても、人間に対しては通常兵器の方が効果が高い。対魔物用のみに使用する兵器と考えてほしい』
軍事機密と言われたらそれ以上は質問できないし、人間相手ではなく魔物相手の武器と言われたら安心感もある。
ネットでは仮面の男と一緒に映っていた女性がキング・キャンベルの娘である押野姫であることまで特定されていて、それがキングの発言の信憑性を押し上げる一因になっていた。
しかし、キング本人が登場するとは思ってなかったな。
姫はたくさんいる子どものうちの一人としか思われていないって言っていたけれど、娘の頼みを聞いてここまでしてくれる優しいパパじゃないか。
「でも、気になるよな。あの土魔法で地面に潜ってたのはなんでだ? 地面の中でしか魔力を充填できないとかか?」
俺がPDに潜っているのは、土魔法の一種、『潜土』によるものだと思われたらしい。
地面の下に隠れる魔法だが、テレビを見ている人には確かに意味不明な行動に思えただろう。
「青木は昨日ダンジョン行ってたんだろ? レベルいくつになったんだ?」
「昨日の梅田ダンジョンはガラガラだったからな! なんともうレベル4まで上がったぞ!」
「そうかぁ……よかったな」
「その様子だとお前はレベル6くらいだな。笑っていられるのもいまのうちだぞ」
青木に宣戦布告されたが、俺はそれすらも笑って受け流した。
※ side キング ※
アメリカに戻るプライベートジェット機の中で、隣に座る黒いマシュマロのような生物にキングは話しかける。
『これも君の想定の範囲内かね? ダンプルくん』
『いや、まさか君以外にダンジョンの外で魔法を使える人間が現れるとは思わなかった』
『そうか。てっきり君が浮気をしたのかと思ったよ』
『まさか――僕のリソースはそれほど大きくない。二つの椅子の間に座ったら落下するだけだよ』
二兎追う物は一兎も得ずという感じで、ダンプルはそう言った。
『そうか。さて、ここまで距離を詰めればもう行けるか。では、我々の戦場に戻るとしよう』
『うん、そうだね』
『解放:空間転移』
そう言うと、キングとダンプルの姿は太平洋の上空から一瞬で消え去った。
※ ※ ※
「だから、姫はただのパーティメンバーだって。姫ってのは本名で、変な意味じゃないし。一緒にダンジョンで戦うだけ。俺が強いのお前も知ってるだろ?」
『でも、なんで呼び捨てなの?』
「そう頼まれたんだよ。姫はアメリカ出身だからそういう距離感が日本とは違うんだろ? 第一、ミルクだって呼び捨てにしてるじゃん」
『そうだけどさ……』
「今度、こっちに帰ってきたら紹介するからさ。仲間外れにするつもりはなかったんだよ。拗ねるな」
『……紹介ね。わかった、絶対に時間を空けるから』
電話越しに覇気が伝わってくるな。
さて、電話も終わったし、PDに行くとするか。
俺は庭でPDに入っていく。
と同時に、
「――っ!?」
黒いその影が俺に飛びついてきた。
ダークネスウルフだと理解したときには手遅れだった。
完全に油断した。
武器も何も持っていない、
この距離では魔法も使えない。
D缶を出す暇も――
「……え?」
なんか、ダークネスウルフが小型化していた。
そして、俺の顔を舐めている。
まるでチュールを舐める犬のように舐めている。
「泰良、ようやく来たのですね? あのあと臭いを消すの大変だったのですよ?」
「ダンポン、これ、なんだ?」
当たり前のように出迎えてくれたダンポンに尋ねる。
「これ? ああ、ダークネスウルフなのですよ。昨日、泰良が帰ったあと部屋の隅で泡を吹いて倒れていたのです」
「いや、俺、倒しただろ? 確実に――」
「倒して、生き返ったのですね。泰良に服従を誓ってるので、大丈夫なのですよ」
「俺に服従って――え?」
「ダンプルによって生み出された魔物なのですが、倒してダンジョンのエネルギーとして還るはずが、このダンジョン内で死んだせいでダンプルのダンジョンに還ることができず、こんな感じになったのですよ。魔物をペットにするなんて、泰良が初めてなのですよ! おめでとうなのです」
ダークネスウルフが俺のペット!?
俺の母さん、ペット反対派なのに、どう説得すればいいんだよっ!
俺の幸運値が異常に高いっていうのは、もしかしたら気のせいかもしれない。
「わふっ!」
俺の心の叫びを無視するかのように、ダークネスウルフが犬のように鳴くのだった。
第一章完
ここまでご愛読ありがとうございました。
登場人物紹介を挟みまして、第二章に入らせてもらいます。
ここまで読んでくれた皆様に感謝を!
もし、まだ☆評価してないよって方がいらっしゃいましたら、この章までの評価をいただけると助かります。




