勇者の帰還
異世界の勇者?
いやいや、異世界の勇者って言ったら、あのロケットに描かれていたキングのそっくりさんのことだろ? もしくは姫にプチ似の女性だ。
俺のことではないはず。
「何かの間違いだろ?」
「勇者っていうのは世界を渡る素質を持った人間のことだ。君はその条件を満たしているじゃないか」
「それを言ったら、トゥーナだって――あぁ、この世界のエルフも俺の世界に来てるんだが、彼女も勇者ってことか?」
「この世界のエルフが地球に? あぁ、なるほど。世界崩壊の波に乗って異世界に渡ったのか――それは勇者ではないね」
違いがわからない。
何か明確な基準があるのだろうか?
「勇者というのは、世界を渡り、終末の獣によって滅ぼされた世界を再生する救世主のことだ。君のいうエルフは差し詰め勇者を呼びにいったナビゲーターと言ったところかな?」
「…………っ!? つまり、エルフの世界を救う方法があるってことかっ!?」
「そうだね。終末の獣は間もなく現れるからね。それを退治すれば時間の流れを変えて世界を救うことができる」
「ちょっと待て。終末の獣はまだ現れていない――これから現れるんだよな?」
「そうだよ。既にエルフの女王にはダンポンと一緒に伝えているし、予言の書にも記されている。お陰でこれまでつまはじきにされていた僕にも少しは人権ってものが生まれ始めてきたんだ。新人冒険者の教育も認められることになって、君と仲のいいミレリーもその一期生として鍛えているんだよ」
ダンジョン学園みたいなものか。
そう言えば、エルフとダンプルが仲良くなったのは終末の獣が現れてからと聞いた。
ミレリーがダンプルと仲がいいのは、校長と生徒のような関係性を築けているからで、エルフ全体との仲はまだあまり良くないのかもしれないな。
もし、最初に出会ったエルフがミレリーでなければ、こんなスムーズにダンプルに会えなかったかもしれないな。
「とはいえ、終末の獣のことを女王以外のエルフはまだ知らないよ」
「まだ一度も現れていないのか――って待て! 終末の獣は一度、エルフの手で退治されているんだ! 俺が一度倒しても世界は救われないぞ!」
トゥーナから聞いた。
終末の獣との戦いは二度行われている。
一度目はトゥーナの母親が軍を率いて戦い、多大な犠牲を出したが退治に成功している。
しかし、それで世界が救われたわけではなかった。
終末の獣はもう一度現れるからだ。
しかも、その間はかなりの時間が流れている。
もし、これからの終末の獣退治に成功したとしても、結局は意味がないはずだ。
「なるほどね。二度現れる。そういうパターンもあるのか……」
「それに、Dエネルギー缶の世界再生時間は二時間しかない。あと少しで俺は元の世界に戻る――いや、でもこれは記憶の世界じゃないから戻らないのか――」
「なんだってっ!? そんな――いや、そうか。君はイレギュラーでここに来たからなんの対策もしていないのか」
「どうしたんだ?」
「いま、この世界はそのDエネルギー缶の力のお陰でかろうじて動いている。そのエネルギーの効果が切れたら、再度エネルギーが注がれるまで、世界の時間は止まる」
「なんだってっ!? それはマズイ!」
Dエネルギー缶を再度使えばいいかもしれないが、あれは激レア缶の中に入っていた非常に珍しいアイテムだ。
詳細鑑定を持っていないと、激レア缶を見つけることができないから、簡単にDエネルギー缶を手に入れることはできない。
そもそも、ミルクたちはこちらの事情を知らないのだ。
もう一度廃世界にエネルギーを注ぐ保証はない。
「元の世界に戻る方法はないのか!?」
「エネルギーは僕の持っているものを使おう。君一人なら送ってあげられるはずだ。ただ、座標がわからない。何かパスのようなものがあればいいんだが――」
「パスってどんなものだ?」
「魔力的な繋がりとかだね――」
「魔力的な繋がり……念話とかじゃダメか? 仲間と念話で会話できるんだが――」
「残念だけど、念話程度の力だと君がこっちの世界に来たときに途切れている。もっと強固なものじゃないと……」
俺と地球の繋がり。
友だち、家族、結婚。
どれも魔力的な繋がりとは思えない。
もっと何かないか? そう思っていたら、俺の影の中からクロが飛び出して来た。
「わふ」
「ダークネスウルフ――影の中に潜んでいたのか。なるほど、君のパスは確かに使えそうだ」
クロのパス?
よくわからないが、それで地球に戻れるのか。
「さて、時間がないけど、一度言う。エルフの世界を救うには君の力が必要だ。そのために、君には動いてもらわないといけない。そのための手段を見つけてくれ。あと、こっちに来るときは今度から地球に戻るためのエネルギーも持参してほしい」
「待ってくれ、その方法を教えて――」
「では、また会える日を願っているよ、地球の勇者くん」
ダンプルがそう言うと、クロが俺の影の中に戻った。
そして――
※ side 牧野 ミルク ※
Dエネルギー缶で世界の記憶を再生できる時間は二時間だってダンポンが言っていた。
もしかしたら、その時間が過ぎたら世界の再生が止まり、泰良が戻って来るんじゃないか。
そう思っていた。
懐中時計を見る。
世界の再生が始まって――
「………‥二時間経過したわ」
姫がそう宣告した。
でも、泰良は戻ってこない。
「もう少し――少しタイムラグがあるのかもしれないです!」
アヤメが言った。
その可能性は私もある。
だけど――
「もうエネルギーは無いのです。世界の再生が止まったのです」
ダンポンが床を見て言う。
そんな……だったら泰良は――
『みんな、聞こえるか?』
泰良から念話が届いた。
『泰良っ! 聞こえるよ! いまどこにいるのっ!?』
『よかった、届いたか。今、水野さんの家にいるんだ』
『え!? 真衣の家!? どういうこと!?』
姫が念話で伝える。
なんでエルフの世界にいたはずの泰良がそんなところにいるかわからないが、でも、泰良が無事でよかったよ。




