エルフの村
ミレリーの案内で俺はエルフの村に向かっていた。
やっぱり、黒豹の時と同じで、インベントリに収納することができなかったので、雀の大きな葛籠の中に入れてからインベントリに収納する。
『魔物を収納できるなんて、とっても便利な魔道具ですね。中身が小さくなるのなら、アイテムボックススキルを限界以上に使えそうです』
『ああ、思ったより役立ってるよ』
本当は生きている魔物――特にテイムした魔物を持ち運ぶためのもののはずだが、魔物の死骸を運んでばかりだな。
道なき道というか、獣道を歩く。
『突然俺が行っても驚かれないか? 前もってミレリーが行って、俺の立ち入りを許可してもらった方がいいんじゃないか?』
『安心してください。既に許可を貰っています』
『どうやって……あ、念話か』
本来、念話は翻訳ツールの代わりではなく、周囲に聞かれたくなかったり、遠くの人と話すときに使うスキルだ。
ミレリーやトゥーナが念話を使えるように、他にも念話が使えるエルフがいて、俺を連れていっていいか念話で確認を取ったのだろう。
村に入った途端、エルフの戦士たちに囲まれて『よそ者! 何をしに来た!』とか言われる心配はないってことか。
んー、心配ないなら、ここで情報収集しておくか。
『ミレリーは終末の獣って知ってる?』
『……? 寡聞にして存じ上げません。別大陸の魔物でしょうか?』
終末の獣も知らない……か。
まぁ、この世界はエルフの世界の記憶の世界であって、滅びる直前の世界ではない。
夜の民の世界も平和そのものだったもんな。
『なら、別の世界って知っているか?』
『はい。そちらは存じています。ダンプルさんから聞いたことがあります』
ダンポンじゃなくてダンプルの方か。
そういえば、トゥーナもダンプルのことを結構語っていたし、この世界のエルフとダンプルはうまいことやっているんだな。
まぁ、地球でも最初は世界の敵のような立ち位置だったが、あいつはただ、ダンジョンを戦いの場と考えているだけで、人類を滅ぼしたいとかそういう思想は一切無さそうだ。
むしろ、ダンジョンを通じて人々を成長させようとする点ではダンポンと通じるところがある。
『じゃあ、別の世界を渡る方法とか知っているか? もしくはそういうのを知っているエルフを知らないか?』
『旅をなさっていることからもわかっていましたが、イチ様は根っからの冒険者なのですね。ですが、生憎私は知りません。女王様なら何か知っているかもしれませんが――』
エルフの女王?
『エルフの女王の名前って、もしかしてトゥーナ……ルシャトゥーナか?』
『ルシャトゥーナ? いえ、そのようなエルフは知りませんね』
やっぱり時代が違うのか。
『その女王様と話をすることってできる? あ、女王様が念話を使えないならミレリーに通訳してもらう必要があるけど』
『女王も念話は使えますけど、対談は難しいですね。お忙しいお方ですし。ただ、今日の大会で優勝すれば、優勝者には女王から枝を授かる栄誉を賜ることができるので、その時に話ができるかもしれません。イチ様はお強いですから、優勝も可能だと思いますよ!』
枝? トロフィーみたいなものだろうか?
大会か。
二時間以内に終わるのなら参加してみるのも良さそうだが。
それとも、エルフの書庫みたいなところに行って――って、書庫に行っても文字を読むことはできないか。
だいたい、書庫にある知識ならトゥーナが知っているだろう。
『そういえば、さっきミレリーが摘んでいた花って何か特別な花なの?』
『いいえ、普通の花ですよ。ただ、私たちの村の周辺には草花は一切生えないので――』
『え? こんなに自然の豊かな土地なのに?』
『ふふっ、イチ様は本当に私たちの村のことを知らなかったんですね。来ればわかりますよ。もう見えますから。きっと驚くと思いますよ』
ミレリーはまるで友だちのイタズラに引っかかるのを待っている子供のような少し意地悪そうな、でも無邪気な笑みを浮かべてそう言った。
そして、ミレリーの企みは、企ては、いや、むしろここまで驚かせてくれたら企画と言ってもいいくらいの演出――企みと企てと企画の優劣は俺にはわからないが――は成功した。
何しろ、森を抜けたその先にあったのは、とてつもない大木だった。
東京スカイツリーよりも高く、ピラミッドよりも広く広がった――大阪人なら通天閣よりも高く、仁徳天皇陵よりも巨大と言ったほうがいいかもしれないが、それだとこの光景は伝わらないだろう。まぁ、仁徳天皇陵とピラミッドの敷地面積がどっちが広いかは俺は知らないが。
だが、その予想外な、想定外な光景を前にしてもその正体は見抜いていた。
『あれってもしかして――世界樹?』
『はい! 知ってるんですね!?』
トゥーナから教えて貰った。
レジェンド宝箱の中から出てきた世界樹の種。
トゥーナたちエルフはその種から育った世界樹とともに暮らしていたと。
そして、世界樹の加護で繁栄したと。
世界樹の加護で繁栄したと言うのも間違いではないらしく、その世界樹の下には村が広がっていた。
いや、村というよりは都市と言った方がいいくらいの規模だ。
『何人くらい住んでるんだ?』
『5万人ですね。エルフの村としては最大の規模です』
トゥーナのいた時代にはエルフの人口は8600万人いたそうだ。
この時代のエルフの人口がどのくらいかは知らないが、全世界の人口が8600万人の中で5万人が生活しているというのはかなりの人数だと思う。
エルフの村というと、木造のイメージがあったが、村の建物はそのすべてが石でできていた。
採石場が近くにあるわけではなく、どうやら土魔法で作っているようだ。
ダンジョンの外で魔法を使えると建築も余裕だな。
それだけ建築物が揃っているのに、村の周囲には城壁のようなものが一切なかった。
『町の周りに壁とかはないのか?』
『はい。世界樹の加護のお陰で魔物が中に入って来ることはありませんから』
『魔物以外が攻めてくることは想定していないのか』
『……?』
俺の念話にミレリーは不思議そうに首を傾げる。
そうか、同じ種族のエルフが攻めてくるとか、そういう想定は一切ないのか。
戦争とかもないのだろうな。
『いや、気にしないでくれ』
エルフと人間の価値観の違いを感じる。
道理で、俺のエルフ村への入村も簡単に許可されたわけだ。
村の中ではいろいろなお店が並んでいた。
『へぇ、美味しそう――そうだ。このタイガーウルフを売ってお金に換えたいんだけど』
『お金?』
『えっと、物を買うのに必要な通貨――』
『あぁ、Dコインのことですね。でしたら冒険者ギルドに行きましょう! イチ様のお仲間の情報も入っているかもしれません』
どうやら、エルフの世界ではDコインが通貨としてそのまま使えるらしい。
だったら、換金しなくてもいいかって思ったけれど、これだけ村が広いとみんなの居場所を探すのも苦労しそうだし、ミレリーの言う通り行ってみるか。
それに、正直この世界の冒険者ギルドってどんなところか気になるしな。




