鈴原の脅威
「待っていたゾ、壱野泰良っ!」
「お前は――」
「貴様を殺す!」
そこにいたのは、ダンジョンシーカーズの元理事長――鈴原……なんとかだった。名字は覚えているが名前はなんだったっけ?
かなり特徴的な名前だったはずなのに全然覚えていない。
俺に敗れてから、梅田ダンジョンに潜ったところまで知られていたが、その後は行方不明だと聞いていた。
さらに行方を眩ませる前に、ダンジョンシーカーズ内の貴重な魔道具がいくつか持ち出されているとも。
その盗まれた魔道具の中には姿を消したり、結界を張ったりするものもあったと聞いた。
それを使われたのか。
気になるのは、その右手の手袋だ。
まさか、終末の獣か!?
「随分とオシャレな手袋をしているな、鈴原。決闘って言うのならその手袋投げてくれませんかねぇ?」
「壱野泰良、貴様を殺す!」
最強鈴原の身体が鋼へと変わった。
鋼鉄肉体を使ったのか。
日本語が通じてねぇ
やっぱり終末の獣の影響か。
八尺瓊勾玉を装備しているのはミルクだ。
終末の獣に身体を乗っ取られる危険がある。
猫の手を使うのも無理か。攻撃値1/10ではまともなダメージを与えられない。
だったら――
「痛みで気絶しろっ!」
影獣化により影を纏った俺は前に出る。
あの時より遥かに強くなった俺のパンチで眠れっ!
とパンチを繰り出す。
最強鈴原の腹に見事にパンチが入った。
だが、次の瞬間、俺の顔に鈴原の拳がめり込み、吹き飛ばされて見えない壁に激突した。
「さすがだな、壱野泰良。体力が僅かにだが減少した。この最強の肉体を傷つけたことは褒めてやろう。だが、私には痛みを感じさせることはできない。脳内に麻薬物質を生み出し、痛みを感じない肉体になっている」
「ちっ、終末の獣めっ――鈴原の肉体を使って偉そうに」
「何を勘違いしている? 確かに痛みを感じなくなったのはこの手袋の――終末の獣の力だ。だが、私は私の意思で行動している。今の私の意識は乗っ取られてはいないぞ」
「は?」
「確かに一度は乗っ取られかけた。だが、鋼鉄肉体は全ての状態異常を無効化するからな」
「だったら――」
「これは共闘なのだよっ! この終末の獣とやらは、貴様に敗れて本体を失い、いざというときのための予備の身体のみとなりその力の多くを失った。そして、この私も貴様に敗れ全てを失った。貴様に奪われた者同士、手と手を取り合うのは自然の流れだ」
「そいつは世界を滅ぼす存在なんだぞ」
「この世界ではないだろう? エルフの少女を殺せばそれで終わりだ。こやつも大人しく消滅すると言っている。その障害となる貴様を亡き者にし、その後エルフを殺せば終わりだ。私はただ終末の獣に乗っ取られていたと言えば罪に問われることはないだろう。あの西条虎のようにな」
マジかよ。
これが正気を自称する人間の思考なのかっ!?
『泰良、なにしてるの? 大丈夫?』
ミルク!?
そうか、転移は使えなくても念話は使えるのか。
『鈴原が待ち構えていた。なんか終末の獣を宿しているっぽい』
『鈴原さんがっ!?』
『なんですってっ!? またトゥーナを狙ってるのっ!?』
と今度はアヤメと姫の念話が飛んできた。
『いや、狙いは俺みたいだ。鈴原は身体を乗っ取られていないようで、闘技場で恥を晒した仕返しらしい』
『なによそれ!』
と姫が叫んだところで、
鈴原が殴って来る。
『悪い、今会話どころじゃないっ!』
『ちょっと――泰良っ!』
念話をするには集中力がいる。
いまの鈴原相手にそんな余裕はない。
拳の一撃が重い……が、牛蔵さんほどではない。
戦える。
拳を交えてわかる。
相手の攻撃も俺への致命打には至らない。
俺の攻撃がラッキーパンチにより貫通したとき、エナジードレインも同時に発動し、体力が回復している。
時間をかけて戦えば、じきに鈴原の鋼鉄肉体の効果も切れるだろう。
その時がチャンスだ。
と思った時、鈴原の大振りのパンチが俺の手前で空ぶった。
チャンス到来とばかりに俺の渾身の一撃をその鳩尾に叩き込む。
これで少しは体力を削れる……はずだった。
「――っ!」
痛みとともに、口の中から大量の胃液が出る。
なんだ、これ――殴ったのは俺の方なのに、何故ダメージを受けたんだ。
敵の攻撃?
違う、殴った途端、その衝撃が俺の方に逸れてきたような感覚。
まさか――
「守護者の右手っ!?」
リスナーから聞いたスキルを思い出して言った。
「ほう、よく知っているな。盾使いは右手に盾を持ち、攻撃を受け流すことで戦友に攻撃の機会を与える。そういう意味の籠ったスキルだ」
「前までは持っていなかったはずだが――」
「ああ。このスキルも彼から借りているものだ」
終末の獣――相手にスキルを貸し与えることもできるのか。
「借りているスキルか。だったらそのスキルのデメリットは知らないんだろ?」
俺は口から出まかせで言う。
知らないのは俺の方だ。
だが――
「知っているに決まっているだろう? 一定以上のダメージとなる攻撃は受け流すことができない」
調子に乗っている鈴原は当然のように答えてくれる。
「喋り過ぎだって? いいじゃないか。痛みを感じない私、そしてこの守護者の右手があれば、並び立つ者はいない! 私は無敵なのだから!」
確かに今の話を聞いて、だったら次はもっと強い攻撃を――とはならない。
もしもその攻撃を受け流されたら、俺へのダメージが半端ない。
時間を稼ぐんだ。
時間を稼いで、鋼鉄肉体の効果が切れるのを待つ。
攻撃を躱す。
こちらから攻撃はしない。
できるだけ時間を、時間を、時間を――
「鬼ごっこは終わりだ」
逃げ回っていたが追い詰められた。
結界の中が狭すぎる。
もう、風の速足の効果も切れた。
何分経った?
1分、5分? 7分?
残り何分だっ!?
「そうだ、ここまで逃げた貴様に特別に教えてやろう。今の私とこの右手のスキルは共有されている。私の鋼鉄肉体の効果が切れても終末の獣が再度鋼鉄肉体を使用できるのだよ」
それは嘘ではないと思う。
圧倒的優位にある鈴原に嘘を吐く理由が見当たらなかった。
このままだと――
「解放:短距離転移」
「おや、鬼ごっこ継続か?」
鈴原の後方に転移して走る。
鈴原が今度は本気で追いかけて来た。
これ以上逃げ続けることはできない。
そういえば、天狗と戦ったときも、こんな風に逃げていたっけ。
逃げていたのは天狗の方だったけど。
確か、あいつは天狗の抜け穴と、もう一つ、何か別のスキルで逃げていたような。
「これで終わりだ」
鈴原がこれまでのパンチではなく、蹴りを繰り出してきた。
突然のリーチの違う攻撃に避けきれず、またも吹き飛ばされた。
防御ができなかった。
ダメージが蓄積されている。
インベントリから回復薬を取り出し、治療を――
「させんっ!」
鈴原が回復薬の蓋を開けようとする俺を殴る。
衝撃で回復薬が落ちた。
回復薬を飲む時間がない。
このままじゃ――
「さて、追い詰めたぞ『終末の時だ』」
終末の獣の声がダブって聞こえた気がした。
「ガウっ!」
フレイムリザードマンが鈴原の背を斬りつけた。
しかし、その攻撃は鈴原にダメージを与えない。
「邪魔するなっ! トカゲ風情がっ!」
俺に向かうはずだった拳がフレイムリザードマンに向けられた。
鈴原の一撃はフレイムリザードマンを纏う炎をものともせずその身体を貫く。
そして、フレイムリザードマンは光の粒子となって消えた。
「次こそお前の番だ」
死ぬ。
そう覚悟したとき――
俺と鈴原の間に突然現れた竜巻が鈴原の身体を後方に吹き飛ばした。
これは――天狗暴風っ!?
「間に合ったようだな、坊主」
鬼っ子式神のゼンが俺の前に飛んで入ってきた。
「ゼン、どうやってここにっ!?」
「拙者だけではない。皆揃っておる」
「みんなって――え!?」
そこにはミルク、アヤメ、姫、トゥーナ、それに閑さんと全員が揃っていた。
「みんな、まさか――」
階段の方を見ると、全員が揃っていた。
顔などに大きな火傷を負っている。
「あの高温ガスの中を突っ切ってきたのかっ!?」
なんて無茶をしたんだ。
「当たり前でしょ! 私がバイトウルフに襲われたときも――」
「私がイビルオーガに襲われたときも――」
「いつも悩んでいるとき、泰良が助けてくれた」
「……今度はトゥーナたちが泰良様を助ける番」
「それに、教師が生徒を見捨てるわけにはいかないからな」
皆がそう言う。
全員に無茶をさせてしまったことが悔しいが、正直嬉しい。
仲間と一緒にいることがこんなにも心強いだなんて。