32階層への道案内
石切ダンジョンの31階層はこれまでの岩山とは違い、やけに暑い。
いろんな場所から高温ガスっぽいものが噴き出している。
触れたら火傷では済まない気がする。
「ダンジョン内では肉体が大幅に強化されているとはいえ、あの蒸気に触れると火傷してしまうから気をつけろ」
閑さんが言った。
火傷で済むんだ。
この岩山は火山ってことだよな?
石切のある生駒山は火山ではないんだけどな。
出てくる魔物も火山っぽい魔物だ。
真っ赤な炎を纏ったリザードマンだ。
「燃えてるリザードマンか? あれは近付きたくないな。アヤメ、ミルク、頼――」
「フレイムリザードマンの解析は既に終わっている」
俺の言葉を遮るように閑さんがそう言って指をパチンと鳴らした。
すると、フレイムリザードマンの表面を覆っていた炎が消えた。
なんだこれ!?
「私のスキル、特殊解析と状態解除を使った。状態解除は一部の敵の付与を解除することができる。そして、特殊解析は一度使用するとその種族全てに対する攻撃の命中率を上げることが可能となる。解析済みの魔物の状態異常はほぼ100%解除可能となる」
バフ無効化スキルか。
種族全体への命中率アップってのは凄いな。
一度解析してしまえば、その魔物が出る階層でずっと有利に戦えるのか。
炎が消えてしまったら怖いものはない。
姫の分身が三人がかりでリザードマンを倒す。
ドロップアイテムとして、赤い尻尾とDコインが残った。
焼いて食べたら美味しいそうだ。
「そういえば、閑さんは一人で30階層を突破したのですか?」
「いや、竹内殿と一緒だった。最初の調査に同行していたのだよ」
「あの時、閑さんもいたんですかっ!?」
「ダンジョン調査なのだから、調査員は必要だろう。とはいえ、私が同行できたのは31階層までだったがね」
31階層に到着して、竹内さんから、ここから先は危険だからと同行を断られたそうだ。
「閑さんが弱いってことですか?」
「歯に衣着せぬものいいだな。弱くはないが、竹内殿が言うには、このパターンだと四十階層のボスは範囲攻撃を使う魔物がいる可能性が高いらしい。かといって、途中まで私を連れていって一人で帰らせることもできないだろう?」
「31階層の魔物を相手にできないって意味じゃないんですね」
「まぁ、31階層の魔物をソロで倒すのも無理だがな。そこは適材適所だ。ちの太くんたちに任せるよ」
と閑さんは胸を張って言った。
バフ解除という役割も重要だから別にいいか。
いや、この様子だと32階層から先の魔物の特殊解析も終わっていない気がする。
やっぱり、閑さんはバフ解除要員ではなく、あくまで研究要員だと思っておこう。
「じゃあ、31階層の階段を探さないと。閑さん、階段の場所とか知ってます?」
「知らないな。ただ、階段の場所を探すのにかなり時間がかかったと聞いている」
かなり時間がかかったのか。
と思ったら、またフレイムリザードマンが出てきた。
そうだ!
「先生、状態解除をお願いします!」
俺がそう言うと、フレイムリザードマンを纏っていた炎が消えた。
そして、俺は――
「猫の手っ!」
と自分の手を猫の手に変えた。
フレイムリザードマンは斬りかかって来るが、右手の甲でそれを横から弾き、左手で殴った。
猫の手の効果でフレイムリザードマンが硬直する。
その一瞬の隙をつき、俺はインベントリから取り出したそれをフレイムリザードマンの口の中に力づくで押し込んで後ろに飛びのき、猫の手を解除する。
「壱野さん、何をしたんですか?」
「水野さんからあるアイテムを貰ってね――」
フレイムリザードマンの硬直が解けてこっちに近付いてくる。
姫がクナイを構えるが――
「もう心配ないよ。テイムに成功したみたいだ」
俺の言う通り、フレイムリザードマンはその場に跪いた。
「捕獲玉を使ったの?」
「うん、水野さんとアルバイトの子が作った合作の失敗作。失敗作といっても普通より大きいだけみたいだし、十分使えるからって貰っておいたんだ」
「真衣は妙なところで出荷基準にこだわるのよね。過去に真衣の近所のネジ工場でネジの寸法が0.1ミリ違って数百万円分のネジをリコールされた話を聞いてから、トラウマのように沁みついているみたい」
ネジ工場の話は俺もよく聞く。
「さて、フレイムリザードマン――お前、この階層に住んでたんだから、32階層に続く階段の場所知ってるだろ? 案内してくれ」
フレイムリザードマンは頷くと、俺たちを案内するために歩き出そうとしたのだが、その手を閑さんが掴む。
「待ちたまえ、フレイムリザードマンくん。せっかくの機会だ。君の皮膚発火の原理を解明するために私の実験に協力してくれないだろうか? なに、大人しくしていたら痛みは感じないはずだ」
と閑さんは様々な器具(電気製品を含まない)を取り出して言う。
フレイムリザードマンがドン引きしてるからやめてあげてくれ。