公表されるスキル玉
「そういえば、泰良。トレジャーボックスのスキル玉のスキルはなんだったの?」
31階層に行く前にミルクが尋ねた。
そういえばそれがまだだったな。
ずっと気になっていただろう。なにしろスキル玉が十個もあった。
四人全員で同じスキルを覚えるのは琴瑟相和以来か。
「念話らしい」
「それは便利ね。私だったら分身同士での連絡でも使えそう」
当事者の姫は、俺が考えた運用法に一瞬で思い至る。
「とはいえ、かなり汎用スキルですよね。やっぱりトレジャーボックスに入っていた場合は大したスキルを覚えないってことでしょうか?」
「トレジャーボックスSは発見数が少ないから何とも言えないわね。最低幸運値300でドロップ率10%。それを満たさない場合のドロップ率はかなり低いそうだし、そもそもびっくりミミック自体も出現率が低いのよ。ただ、三年くらい前にテレビ番組で開封企画が行われていたせいで、知名度だけはかなり高いのよね」
姫が言った。
だからリスナーもその存在を知っていたのか。
「スキル玉は10個ね。誰が覚える?」
「俺たち五人は絶対だろ?」
「……ん、トゥーナは念話をもう覚えてる」
トゥーナは念話スキルを持っているらしい。
実は多芸だなぁ。
「だったら、俺たち四人だな」
「クロちゃんは?」
「クロとは念話に近いことをやってるから必要ないよ」
クロも俺の影の中で必要ないって考えている。
言いたいことはだいたい伝わってる。
「一個は真衣に渡しましょう」
「水野さん? 話があるならスマホを使えばいいだろ?」
「念のためよ」
念話だけに?
まぁ、水野さんに一つ渡すのはいいか。
で、残り五個はどうしよう?
「明石さんとか妃さんに渡すか?」
「それこそ必要ないわ……そうね、閑先生に渡しましょ」
「閑さんに? スキル玉のことをばらすのか?」
「D缶も十分買い占めたし、スキル玉のことはどこかで公表したいと思っていたのよね」
姫に尋ねた。
「なんのために? って聞いていいか?」
「お金を積めばスキル玉が手に入る環境を作りたいの」
姫がその利点を説明する。
「それは……うん、悪くない」
D缶から出たダンジョンドロップを舐めてスキルを覚えたのは俺たちだけではない。
かつてネット掲示板でスキル玉を舐めてスキルを覚えた経験者がいた。
日本人も約三割強の人間は普段から飴玉を最後まで舐めるそうだし、D缶から偶然出てきたスキル玉を最後まで舐めた人がいて当然だ。
他にも、公表はしていないがスキル玉の存在を知っている人がいてもおかしくはない。
だが、それが世間に認知されていないと検証が難しい。
実際、その噂を信じて、実体験を信じて低階層の宝箱から出てくるダンジョンドロップを舐めてもスキルを覚えることができないからだ。
だが、ダンジョンドロップの中にスキル玉が存在することが知られたらどうなるか?
全員、スキルを覚えられる可能性を信じてダンジョンドロップを舐めるか?
答えは否だ。
当然、ダンジョンドロップの値段が跳ね上がり、それを高値で売る奴が現れる。
現時点では売っても50円。
ほとんどの人は、特に金のある探索者は自分で食べてしまうだろうが、それが世に出回る。
しかし、値段は何千万、何億と高騰しない。
何故なら、出回る大半はスキル玉ではない、低階層の宝箱からもD缶からも出現するただのダンジョンドロップだからだ。
宝くじのようなものになるだろう。
最初はブームが起きて入荷したそばから売れていくが、いずれは在庫になってくる。
当然、ダンジョン局にもその波が来る。
俺がその在庫のダンジョンドロップを鑑定すれば、通常の鑑定では見極めることができないスキル玉かそうではないかも調べることができる。
通常の人間ならダンジョン局の在庫のダンジョンドロップを見ることなんてできないだろうが、俺たちは、ダンジョン局への貸しを現在進行形で作り続けている。
在庫のダンジョンドロップを見て優先的に買い取るくらいの融通は利く。
そして、俺たちがダンジョンドロップの中からスキル玉を引き続けても怪しまれない。
俺の運がいいだけで全て片付く。
「そう思うと、鑑定結果が偽装されているのはラッキーだな。通常鑑定では見極められないんだから」
「スキル玉の使用条件が最後まで舐めるっていうのもいいよね。お金持ちが全部買い占めようとしても、一粒舐めるのに十分くらいかかるから面倒過ぎるもの」
自分たちだけくじ引きを透視しているようで気が引けるが、なんならその分、ダンジョン局にいくらか寄付金を回してもいいと思う。どうせいまあるお金は使い切れそうにない。
とりあえず四人でスキル玉を舐めて念話スキルを得た。
念話って言うと、思っている言葉を相手に伝えるってイメージだったが、実際に覚えてみたら発声器官がもう一つ増えたような感じだ。
つまり、念話を使用するときに、考えてはいけないことを考えて、それがつい相手に伝わってしまう――なんてことはないようだ。ちなみに、一対一ではなく、五人同時での念話も可能だし、その最中に特定の誰かにだけ念話を送ることも可能。
グループチャットと個別チャットみたいだな。
俺を仲間外れにして会話とかはしないで欲しいと思う。
31階層に到着すると、既に閑さんが待っていた。
「ちの太くんたち、ミスリルゴーレムを倒してからここに来るまで随分と時間がかかったじゃないか。何か悪だくみでもしていたのかね?」
閑さんはむしろ悪だくみをしている側が浮かべるような不敵な笑みとともに俺たちに尋ねた。
どうやら、石切ダンジョンの外で俺たちがミスリルゴーレムを倒すのを見届けてから中に入ってきたらしい。
俺たちは、ミスリルゴーレムの脚の回収や念話の習得、検証で少し時間をかけていたからな。
待たせてしまったようだ。
「ええ、まぁ。実は――」
スキル玉について俺が、途中から姫が引き継いで説明をした。
トレジャーボックスSからダンジョンドロップが出たところは、閑さんも見ていたらしく、すんなり話は進む。
「なるほど。これは面白い。そして、姫くんは私にスキル玉の存在を世間に公表させると?」
「ええ、そうなるわね。理由は言った通りよ。泰良の運があれば、数あるダンジョンドロップの中から当たりのスキル玉を選んで買えるでしょ?」
「功績を私に譲る理由は、君達が普段からスキル玉を使ってスキルを覚えていたことを周囲に悟らせたくないためかい?」
まぁ、そっちは当然バレるよな。
俺たちのスキルの数が異常なのは世間の皆もご存知だ。
むしろ、腑に落ちたことだろう。
「そんなところです。ダンジョンドロップはD缶からたまに出てくるんですよ」
「なるほど。最近、市場に出回っているD缶の数が減っていたのは君達の仕業か。ちの太くんの運のよさなら、D缶が開きやすいことも、その中からスキル玉が出やすいことも、まぁ、納得できる」
閑さんはどこか含みのある言い方とともに頷き、今度は含み笑いをして言う。
「公表は私に任せたまえ。世間が少し、いや、かなりパニックになるだろうがね、くくっ」
パニックにはなるだろう。
特にこれまでダンジョンドロップを手に入れてかみ砕いていた奴らにとっては、購入した宝くじをわざわざ破り捨てていたようなものだからな。
彼らがかみ砕いたダンジョンドロップの大半はスキル玉ではないはずだが、逃がした魚は大きいっていうからな。