【閑話】花蓮のアルバイト-3
水野さんは魔物を倒したことがないという。
覚醒者の中にはダンジョンに入る前から高レベルの人がいるというからその類だろうか?
それとも――
「あ、ユニークスキルっすかっ!? 歩くだけで経験値が入ったり、空気を吸うだけで経験値が入ったりするっすね!? さすがチーム救世主っすね!」
「違う違う。経験値薬を飲んでるの」
「経験値薬?」
あれ? 経験値薬って一本数百万円もして、固定経験値しか入らないから新人探索者の底上げには最適だけど、それ以上レベルを上げようとすると物足りないというアレかな。
それを使って普段からレベルを上げようとするとどれだけのお金が必要になるか。
そもそも、そんなに経験値薬って出回っていないと思う。
「うん。冷蔵庫の中に入ってるよ」
と水野さんは作業場の冷蔵庫を開けた。
中には茶色い瓶の他に、大量のレッ〇ブルとモ〇スター(緑)と眠〇打破が入っていた。
水野さんが冷蔵庫を黙って閉じる。
「えっとね、胡桃里さん。うちは決してブラックじゃないの。もちろん、胡桃里さんに八時間以上勤務させたりしないよ? 残業希望を出してくれたら夜の十時までは働いてもいいけれど、強制したりしないから安心して」
「だ、大丈夫っす。ちゃんと頑張るっすよ。仕事が忙しくても慣れて効率よく頑張ればきっと――」
と言うと、水野さんはあたしの肩を掴んで言った。
「ダメ、勘違いしたら。効率よく仕事を行えば早く終わるっていうのは幻想なの。効率よく仕事ができるようになったら、その仕事の速度に合わせて発注が来るようになるから、結局仕事時間の量は変わらないの。私は初手でそれを間違えた。胡桃里さん、あなたは絶対に間違えないで。そりゃ、効率よく仕事をすれば収入は増えるよ? だから胡桃里さんの給料も見習い期間が終わったら歩合給ってことにしてるんだし。でも、もっと大事なものがあると思うんだよ、私」
「そ、そうですね。身体とか壊しそうですし」
「その点は心配ないよ。いち……ベータくんが経験値薬と一緒に回復薬や状態異常を治す低級万能薬を送ってくれるから、それを飲めば多少身体を壊しても直ぐに治っちゃうから。精神までは癒してくれないけどね――あぁ、そうだ。胡桃里さん、よかったら今度花屋さんに行って、小さい観葉植物を買ってくるといいよ。見ていたら癒されるし、一番忙しい時は話し相手にもなってくれるから。もちろん領収書を持ってきてくれたら経費で精算するから心配しないで」
水野さん、目がマジだ。
え? もしかして、天下無双ってブラック企業なのっ!?
「じゃあ、さっそく捕獲玉作り始めるね。まずは座って見てて」
と人をダメにするソファに座って――あ、このビーズの感触気持ちいい――水野さんの作業を見る――このソファ給料入ったら買おうかな? でも寮の部屋狭いんだよなぁ。
水野さんがロックタートルの卵と魔石を使って加工を始める。
魔道具作製スキル――鍛冶師のスキルの中でも珍しいけれど、その魔道具を作るにはレシピが必要だと聞いたことがある。
水野さんはだいたい十五分くらいで捕獲玉を完成させた。
「凄いっす。捕獲玉ってこんな風にできてるっすね!?」
「うん、結構簡単でしょ? じゃあ、胡桃里さん、早速作ってみて」
「でも、模造スキルって、見た目は同じものができても魔道具としての機能を発揮できないっすけど、いいんすか?」
だから、魔道具を作るときに部品などを作ることはできても、魔道具そのものを作ることはできない。
「大丈夫。私には仕上げのスキルがあるから、胡桃里さんが作った捕獲玉を魔道具にすることができるの」
「そうなんっすかっ!? そんなスキルがあるなんて知らなかったっす」
まさか、あたしの模造にそんな使い方があるとは思わなかった。
だったら――と試してみる。
素材のロックタートルの卵の殻を受け取り、早速試してみる。
結構集中力がいる。
少し気を抜くと、卵の殻が元の形に戻ろうとする。
たとえ模造であっても、マネであっても魔道具の元となるものを作ろうとしているからこうなるんだろう。
無理やり抑え込むための攻撃値が十分ではないのか。
そして――
「はぁ、はぁ……できたっす」
「ちゃんと形になってるね。初めてでこれだけできたら凄いよ」
「はぁ、はぁ、ありがとうございますっす?」
褒めて貰えた。
でも、水野さんが作る二倍くらい時間がかかった。
水野さんが仕上げスキルを使って捕獲玉を完成させた。
そして、ルーペのようなものを取り出して、できた捕獲玉を見る。
「捕獲玉になってるね。成功だよ」
「よかったっす。あ、ちなみにこれはいくらになるっすか?」
下世話な話になってしまうが、自分が作ったものがいくらで売れるか気になる。
「これは売り物にはならないかなぁ」
「え?」
「ほら、これって私が作ったものより大きいでしょ? 捕獲玉って魔物の口に入れないといけないんだけど、大きいと魔物が食べにくいの」
「で、でも、ほんの少しの違いっすよ?」
ピンポン玉とバスケットボールくらい大きさに違いがあるのなら納得できるけれど、ピンポン玉とゴルフボールくらいの差しかない。
このくらいの違い、気になるとは思えないんだけど。
「やっぱり最高のものをお客様に届けたいからね。工場とかだと1ミリどころか0.1ミリ単位の誤差も許されないからね」
「はぁ……じゃあ、これはどうするっすか?」
「うん。ベータくんに渡して社内消費かな? あ、でもこれは胡桃里さんが初めて作った記念の一個だし、胡桃里さんが持って帰ってもいいよ」
「え!? 本当っすか!? これ、一個二百万円くらいするって聞いたことがあるっすけど」
「気にしない気にしない。最初からそのつもりだったから。アルファちゃんからも許可を貰ってるし」
「あたしが貰うものだけ貰って次の日からとんずらするとか思わないっすか?」
「それならそれで、紹介してくれたダンプルに文句を言うネタができるって、アルファちゃんが言ってたよ。それはそれで楽しみだって」
「あ……ありがとうございますっす」
捕獲玉を受け取った。
水野さんが言う通り、少し大きいけれど、これがあたしの最初の魔道具か。
少し疲れたけれど、いい経験になった。
「じゃあ、胡桃里さん。もう一個いっとこうか!」
「え? あの、あたし少し疲れたから休憩してからじゃダメっすか?」
「そっか。じゃあ、回復薬飲んでいいよ。疲れとか吹っ飛ぶし、副作用もないから」
と水野さんは茶色い薬瓶をあたしに渡す。
「回復薬って、最低千円はするはずっすけど――本気っすか?」
「うん、お金を請求したりはしないから心配しないで」
「そこは心配してないっすけど」
笑顔で言う水野さん。
その後、あたしはきっちり八時間、十個の捕獲玉を作り、七個目から販売可能な大きさに達しているとお墨付きを貰った。
帰り道――ダンジョンペイに今日の分の給料が振り込まれた通知が届いたけれど……とても疲れていた。回復薬のお陰で体力は万全だけど心の疲れは取れないらしい。
体力が尽きればぶっ倒れることができるのに、心が尽きても倒れることはできないようだ。
さすがに今すぐ辞めようとは思わないけれど、やっぱり週二回の勤務から週一回の勤務に変えて貰おうかとも思ったが――
鞄の中にある捕獲玉を覗き込む。
初めてあたしが作った魔道具。
「……まぁ、こんな割りのいいバイト、他にないっすからね。明日も頑張るっすか!」
あたしはそう決意を固め、小さい観葉植物を買うための花屋に向かったのだった。




