【閑話】花蓮のアルバイト-2
どうやらあたしの職場はこの工場の隣にあるらしく、水野さんと名乗った彼女は、私を案内してくれた。
とても優しそうな先輩っていう感じの女性だ。
気になるのはやっぱりあの白い髪だ。
「胡桃里さん、私の髪、やっぱり気になる?」
「あ、いえ……はい、少し気になります。それって、覚醒者ですか?」
「うん、私、鍛冶師なんだ」
やっぱりそうだった。
覚醒者とはダンジョンに入る前から特別な力を手に入れた者のことを言う。
たとえば、探索科の鏡は光魔法の覚醒者で、レベル1から閃光魔法のスキルを覚えていた。
その中でも白髪の覚醒者は特殊で、鍛冶師の覚醒者を意味する。
非常に珍しい覚醒者だが、しかし、それは決して手放しで喜べるものではない。
鍛冶師は高い攻撃値と技術値を持つ代わりに、体力値と防御値が非常に低く、レベル上げは常に命がけだと聞いたことがある。そのため、鍛冶師になっても必ずしもその道に進むとは限らない。中には白髪染めをして鍛冶師の覚醒者であることを隠して生活する者も少なくないと聞く。
と工場の隣に行くと――
「え? ここですか?」
「うん、ここが私の家だよ」
そこには豪邸が建っていた。
やっぱり鍛冶師は儲かるのだろうか?
水野さんはまだ十八歳くらいにしか見えないし、鍛冶師としてそこまで稼げるとは思えないのだけど。
と広い庭の奥から白いもふもふの子犬が走ってきた。
「シロちゃん、ごめんね。散歩はまたあとでね――」
水野さんがそう言うと、シロと呼ばれた犬は頭がいいのか庭の奥に戻っていく。
「カワイイ犬ですね」
「うん、そうでしょ」
どうやら水野さんはかなりの愛犬家らしく、とても嬉しそうに微笑む。
それにしても、大きな庭なのに、畑とか生け簀とか鶏小屋が見える。
お金持ちって、食材とかに拘りがあって自分で育てるのが普通なのだろうか?
家の中に案内してもらう。
玄関には子どもの落書きにしか見えない、でもきっと高いだろう絵が飾ってあった。
スリッパに履き替えて中に入ると、リビングで小学生の子どもがゲ〇ムボーイで遊んでいた。
遊んでいるのはポケモンだろうか?
レトロゲームブームで、初代ポ〇モンは普通のゲームソフトよりも高いって聞いたことがある。やっぱりお金持ちは普通の感覚とは違うのかと納得した。
「こら、ゲームは自分の部屋でしなさい。いまからこのお姉さんと大切なお話をするって言ったでしょ!」
「「ごめんなさい!」」
と、たぶん水野さんの弟と妹らしい子たちはバタバタと走っていく。
「ごめんね。じゃあ、面接を始めよっか」
「はい」
水野さんが席に座る。
あたしは――えっと。
水野さんはあたしが予め送ったエントリーシートを取り出すけれど、何も指示を出さない。
そして、あたしに気付いたのか――
「あ、ごめんごめん。座って」
「はい」
「そういえば、普通、面接官が座ってくださいって言うまで座ったらダメなんだよね。私も面接なんて初めてだからすっかり忘れてたよ」
水野さんは照れるように笑った。
素直にいい人だなって思う。
「胡桃里さんの仕事の希望時間は土日の八時間フルタイムでいい?」
「はい。できるだけ働きたいです」
「模造スキルは持ってるんだよね?」
「はい。持ってます」
「うちって結構、特殊な魔道具を作っていて機密事項も多いんだけど、口は堅い方だよね?」
「はい。守秘義務は守ります」
「さっそく今日から働いていく?」
「はい。……はい?」
え?
それって採用ってこと?
「よかった。今すぐにでも人手が必要だったの。じゃあ、働く前に、これが雇用契約書と秘密保持契約書ね。ちゃんとよく読んで」
「は……はい」
なんかトントン拍子に話が進んでいく。
採用ってこんなに簡単なの?
結果は後日だと思っていた。
もしかして、あたし、騙されていない?
と契約書を見て――
「え?」
とあたしは思わず声が出た。
「天下無双ってなんっすかっ!?」
思わず普段の喋り方で叫んでしまった。
でも、これは叫ぶ。
契約書の社名がEPO法人天下無双――あたしの憧れの社名だった。
アルファ様こと理事長の押野姫の判と社印も押している。
「あぁ、そっちの説明してなかった。えっと、天下無双って見るからに怪しい名前の企業だよね」
「怪しくないっすよ! あのチーム救世主の所属するEPO法人っすよっ!? EPO法人貢献値ランキング第三位! 高校生探索者全員の憧れの的じゃないっすかっ!?」
「え? そうなの?」
「そうっすよ!」
「そっか……(壱野くんたち、そんな風に思われてるんだ)」
水野さんは小さく呟いた後、改めて説明をしてくれた。
「うちはその天下無双の下請け企業なの。正確には私個人が、えっと、ベータってわかる?」
「もちろんっす! 影の英雄っすよね!?」
「影のっ!? えっと、うん。まぁ、私はそのベータくんに個人的に雇われている形になっているんだけど、税制優遇の関係でEPO法人天下無双の正会員って形になってるんだよ」
「え!? ちょっと待ってください……じゃあ、デルタ様の銃を作ったり、ベータ様の剣を鍛えたり、捕獲玉や魔石融合機など数々の魔道具を開発した浪速のトーマス・エジソンって、水野さんのことっすかっ!?」
「浪速のトーマス・エジソンっ!? 私って浪速のモーツァルトみたいな愛称で呼ばれてるのっ!?」
どうやら水野さんは自分の二つ名を知らなかったようで、驚いて言った。
でも……え? あたしってそんなところで働かせてもらってもいいの?
騙されてない?
契約書に穴が開くほど読むけれど、不審な点は見当たらない。
ダンプル学園長の紹介じゃなかったら、あまりの出来過ぎた話に踵を返して逃げ出していたかもしれない。
私は契約書にサインをし――
「振込先の情報がいまはわからなくて」
「スマホに探索者情報登録してない? していたら、今日はそこのダンジョンペイの口座に振り込むことができるけど」
「それでお願いします」
トントン拍子に話は進んだ。
「じゃあ、仕事場に案内するね。ついてきて」
と私は案内してもらう。
どうやら仕事場は地下にあるらしい。
中にはいろいろなものが置かれていた。
ただし、作業場っていうとさっきの工場みたいな場所をイメージしていたが、ここは――
「人をダメにするソファ……」
「うん、ヨ〇ボーだね。仕事は基本、これに座ってします!」
なんでっ!?
いや、鍛冶師の仕事って槌とかそういうものを使うのではなく、スキルによる作成だから椅子に座ったりするのは普通なのか。
でも、だったら地下で仕事をする意味ってなに?
「まずは捕獲玉を作ろうか」
「はい、お願いします」
「その前に、胡桃里さん。さっきみたいに喋りやすい喋り方でいいよ?」
「普通に喋っていいっすか? そのほうがあたしは楽っすけど」
「うん、一緒に働くわけだし」
この独特な喋り方が素というわけではない。
むしろ素の喋り方はさっきまでのあたしに近いのだけど、でもこの喋り方が癖になっているのでこの方が楽なのは事実だ。
お言葉に甘え、その喋り方で行かせてもらうことにした。
「捕獲玉の素材はこの魔物の卵の殻を使うよ。これはロックタートルの卵の殻。これを使って捕獲玉を作ると、爬虫類系の魔物をテイムすることができるの」
「爬虫類っていうと、リザードマンっすか?」
「うん、リザードマンもそうだね」
リザードマンは5階層に出てくる魔物で討伐推奨レベルは15以上、安全マージンレベルは20以上の魔物だ。
鏡さんは既に倒しているけれど、他のメンバーはまだ戦うことすら許されていない。
「水野さんはリザードマンを倒したことあるっすか?」
「ないない。私はダンジョンはステータスを表示させるためにロビーまでしか入ったことないから。スライムと戦ったことすらないよ」
「え?」
え? でも鍛冶師として仕事をするには、レベルを上げる必要があるはずだけど。
どういうこと?
ダンジョン学園の生徒
山本桃華:ダンジョン学園編の主人公予定の少女 吉野出身で、お腹が弱く、常に陀羅尼助をボトルで持っている
東スミレ:アヤメの妹。姉の様子が最近おかしく、その原因がダンジョンにあるのではないかと頭を悩ませる
明智由香里:おっとりとした女の子で、スミレと同じ高校の出身。スライムブリーダーになるのが夢
神楽坂鏡:閃光の覚醒者。幼い頃、父が自分を捨てた原因を求めるためにダンジョンに潜る。尚、父親は西条虎
 




