大人の在り方
上松大臣の怪我の原因は俺の重婚により引き起こされた牛蔵さんとの殴り合いだった。
本当にごめんなさい。
でも――
「一方的に殴られたんじゃなくて、殴り合ったんですか?」
「もちろん、最初の一発は受けた。それ以降は殴り合いだ。ダンジョンの中では現役探索者の奴には勝てんが、ダンジョンの外では負けはしない」
と上松大臣は拳を構えて笑って言う。
なんでそんなに楽しそうなんだって思ったが、殴り合うことにより、牛蔵さんの呪いが完全に解けたことがわかって、それが嬉しかったらしい。
牛蔵さんが呪いを受けたあとの姿を、上松大臣も見ていたのだろう。
それを確かめるための殴り合いって、不器用な男の友情だな。
「回復薬を使いますか?」
「いや、結構だ。このくらいの怪我は日常茶飯事だったからな」
結構な大怪我に見えるのにそれが日常茶飯事って、どんな生活を送っていたんだろう。
上松大臣と牛蔵さんは兄弟弟子だったという話だし、昔からそんな殴り合いをしていたのかもしれない。
上松大臣が椅子に座る。
応接間のソファは二人掛けなので、俺とアヤメが立ち、理事長の姫、上松大臣と旧知のミルクがソファに座る。
明石さんが玉露入りのお茶を持ってきた。
俺とアヤメの分はない。
あっても立っている状態だと飲めないけど。
「さて、今日は転移魔法陣について話をしに来た」
そう言うと思って、既に転移魔法陣は出している。
実際に使ってみたけれど、ダンジョン内の転移魔法陣を使う時みたいな感じだ。
自分で使えれば便利なんだけどなって感じだが、流石に没収を――
「転移魔法陣の扱いについては、暫く君達が自由に使っていいことになった。ただし、公表は厳禁とする」
「私たちが使ってもいいのですか?」
「基本、ダンジョン内で見つかった物はその探索者の物だ。それに、どうせ我々が預かったところで、ダンジョン内でも可能な転移魔法陣の解析とかいって研究所で無駄な研究をした挙句、倉庫の肥やしになるのがオチだ。だったら、君達が自由に使いたまえ。ただし、転移陣のうち片方は、常に壱野くん――君がアイテムボックスに入れることを条件とする。両方の転移魔法陣が他者の手に渡るのはそれで避けられるだろう」
つまり、転移魔法陣を俺の家と梅田のオフィス間に使う場合、片方は梅田のオフィスに設置し、片方は俺のインベントリに。
そして、俺の家に転移魔法陣を設置し、梅田のオフィスに転移したあとは梅田オフィスの転移魔法陣をインベントリに収納しておくと。
確かにそれなら、両方盗まれる心配はないか。
「上松大臣、いったいどういう手段を使ったの? そんなの普通認められないでしょう」
「壱野くんと君達には返したくても返しきれない恩があるからな。道理を引っ込めさせるくらいの無理を通す覚悟はあるさ」
「生駒山上遊園地のことですか? あれなら報酬として十分貰いましたよ」
なにしろ、一人30億円に、装備品もいろいろと貰った。
むしろ、こっちが足下を見ていろいろとふんだくった気さえする。
「そのことではない。静岡での件だ」
「静岡……って、えっ!?」
静岡って、富士山から溢れたダンジョンを倒したことかっ!?
なんで、大臣がそのことを知っている?
「気付かれていないとでも思ったのかね? あの時、君たちの戦闘許可を出したのは私だぞ?」
そういえばそうだけど、俺はあのとき変身ヒーローマスクを使って、姿を偽っていた。
「見た目を変えるマスクのことを言っているのなら、トゥーナ様が使っているところを部下が目撃しているからな」
そういやトゥーナが外出するとき何度も使ってた。
そりゃバレるわ。
ていうか、あのマスクを俺が持ってることバレたら、そりゃ俺があの時の謎のマスク男だってバレるわ。
「彼らは私の部下だ。中には自衛官時代の仲間も混じっていた。彼らを助けてくれてありがとう。恩に着る」
「あの……それでは、生駒山上遊園地ダンジョン攻略後、私たちの婚姻を認める法律を作るように政府にかけあってくれたり、他にもいろいろと便宜を図ってくれたのは、その時の恩返しというわけですか?」
「いや、それは私が必要だと思ったからしたまでのことだ」
と上松大臣は言うけれど、絶対アヤメの言う通りだ。
この人、不器用過ぎる。
あの時のことなんて全然気にすることじゃないのに。
でも、ありがたいよな。
俺たちは強くなっても、まだまだこういう大人に助けられているんだって思う。
「ねぇ、泰良。転移魔法陣だけど、上松大臣に預けちゃわない?」
「そうだな。俺が持っていてもオフィスと自宅の移動時間を削るくらいしか使い道ないし」
「私も賛成です。上松大臣なら必要なときに必要なことに使ってくれると思います」
「うん。上松のおじさま、是非持っていってください」
とミルクが畳んだ転移魔法陣を持ってきて、上松大臣に渡そうとする。
「しかし――」
「正直、これを個人で持っていると利便性より面倒の方が上回ります。防衛大臣なら、災害時の物資の輸送などにも使えますよね?」
と俺が言うと、上松大臣は少し困った顔をして転移魔法陣を見て、頷き――
「感謝する」
とそう言って深く頭を下げた。
そして、上松大臣は帰り際、思い出したように言う。
「そうそう、先ほどアメリカ政府から連絡があり、キング氏が来日するそうだが押野くん。何か聞いているかね? こちらは来日の目的もわからず、どう対応したらいいか困っている。本来個人のプライベートを詮索するのはよくないのだが、何かわかるのなら教えていただきたい」
「ダディが!? それって、いつですか?」
「明日の便でこちらに向かうそうだから、明後日になるのではないか?」
高レベル探索者による国家間の移動には政府の許可がいる。
特に世界一位の探索者となれば猶更。
だから、上松大臣は知っていたのか。
たぶん、こっちに来る用事は勇者のロケットの件だろう。
姫がキングにメールで連絡をして、 連絡が来るかもしれないって言っていたが、結局なんの連絡もなかった。
まさか、メールに返信するのではなく、直接来るのか。
「そうですか……いえ、ダディの目的は何も知りません。お役に立てずすみません」
姫が謝罪の言葉を口にする。
ただ一つ――勇者のロケットの情報を知り、直接こっちに来るってことは、あの写真とキングは無関係ではないということだ。
キングさん……あの人はやっぱり異世界の勇者なのだろうか?
 




