大怪我の上松
気付いたら転移魔法陣が入っていたレジェンド宝箱は消えていた。
あの箱も持ち帰りたかったが、やっぱり無理らしい。
「転移魔法陣――どんな使われ方するのかな。個人的には自宅と梅田のオフィス間で使いたかったけど」
自宅から梅田のオフィスまで自転車と電車合わせて片道1時間くらい、往復2時間かかる。
その距離を短縮できたらかなり楽になる。
とはいえ、日本経済のことを考えると、もっと別の使われ方をするだろう。
やっぱり人の流れの多さでいったら、大阪-東京間で使われるのだろうか?
新幹線などの既得権益を奪って恨まれないか心配だ。
「上松のおじさまが出てきたってことは、防衛省が管理することになるのかな?」
「軍事利用されたら少しイヤですね」
「でも、被災地に必要な物資を運ぶって名目ならいいかもしれないよ」
ミルクとアヤメがそう考察する。
軍事利用は俺もイヤだが、平和的な利用をしてくれたらありがたいな。
大きな地震があって道が寸断されると、荷物を載せたトラックが通れなかったりするが、転移魔方陣があれば、その転移魔方陣を持ったたった一人がその被災地に到着するだけで、何百人、何千人の物資を運ぶことができる。
なるほど、そういう利用法なら――
「どうせ、何にも使われないわよ。研究名目で保管。遅々として進まない解析。被災地の支援物資の移送に使用することを提案されるも盗難のリスクを考慮して控えられるのがオチね。まぁ、戦争に悪用されるよりは100倍マシだけど」
姫が淡々と夢の無いことを語るが、妙なリアリティを感じる。
なんのための転移魔法陣なのかって言いたくなる。
それだったら、俺の家と学校を繋いで朝十五分多く寝るために使った方が百倍建設的だ。
「それだったら私の家とPDを繋いだ方がいいな」
「ミルクちゃんの家はまだ近いからいいじゃないですか。それなら私の家とつなぎたいです」
「家の遠さで言えば私なんて京都在住よ」
姫は京都在住とか言うけど、夏休み中ずっと近くのマンションに住んでるだろうが。
前にみんなで遊びに行ったことあるけど、すっごいリフォームして、どこの高級マンションだって思った。
賃貸なのにこんなに改造していいのか? って聞いたらしっかり買い取っていたらしい。
〔サポーター:間もなく配信を再開します。準備してください〕
明石さんから連絡が。
情報規制が終了するらしい。
「みんな、宝箱の中身のことは他言無用よ」
姫が俺たちの目を見て言い、頷いた。
わかってる。
こんなこと言ったらパニックになる。
〔繋がった〕
〔再開待ってた〕
〔待ってた! 宝箱の中身なんだった?〕
〔Curious about the contents of the legendary chest!〕
〔クリオネがレゲェのチェストにコンタクト取るって〕
〔チェストだけ正解〕
〔英語わからなくても何言いたいかわかるだろ〕
〔中身なんだったの?〕
みんなワクワクという雰囲気で宝箱の中身を聞きたがっているようだが――
「皆さん、すみません。情報規制がかかって。中身を言うことができません」
俺が代表してリスナーに謝罪した。
リスナーからブーイングの嵐だったけれど、誰かが「文句はダンジョン局に言うべきだろ。チーム救世主は悪くない」って言ってくれて収まった。
本当はダンジョン局も関係ないんだけど、同じ防衛省の管轄なのでそこは我慢してくれ。
〔それで、さっきからふわふわ浮いてる鬼っ子はなに?〕
とリスナーの注目がゼンに向けられた。
なお、戦闘中にも騒ぎになっていたみたいだが、気付かなかった。
彼女はアヤメの召喚獣だって言って誤魔化し、また騒ぎになった。
見る人が見れば、陰陽師の式神だって気付いちゃうだろうな。
改めて、ダンジョン探索を再開する。
思ったより道草を食ってしまった。
十一階層からだからもっと早く終わると思ったが、十一階層より先が広くて思ったより時間がかかった。
二十四階層に着いたところで、夜の九時になった。
長時間ダンジョンに潜るのはPDでの生活で慣れているので問題はない。
だが、問題は別のところにあった。
閑さんを待たせてしまっているのではないか?
と思ったら、
〔サポーター:先ほど、ベータさんの担任の教師から連絡がありました〕
ん? 閑さんから明石さんに連絡。
俺たちが遅いからクレームでも来たのだろうか?
〔サポーター:夜の十時以降の探索は担任として認められないので、キリのいいところで切り上げて帰宅してくださいとのことです〕
……とっても先生らしい言葉だった。
〔そういや、四人とも十八歳だった〕
〔一部には顔バレしてるから、そりゃ担任にもバレてるよな〕
〔ちゃんと注意できる先生偉い〕
〔じゃあ、続きはまた後日配信だな〕
〔トゥーナ様とアルファちゃんも……子どもは寝る時間だな〕
〔トゥーナ様は81歳でしょ?〕
〔81歳も寝る時間だから一緒だろ〕
リスナーたちも納得した。
そして――
※ ※ ※
翌日の放課後。
再攻略――ではなく、上松防衛大臣との話し合いだ。
トゥーナは抜きで、俺、ミルク、アヤメ、姫が四人揃っている。
場所は梅田のオフィスだった。
「あ、あの……上松大臣……」
「上松のおじさま……その怪我、大丈夫ですか?」
上松大臣は顔中が青痰だらけだった。
もしかして、ヤバイ事件に巻き込まれたのだろうか?
俺たちが手に入れた転移魔法陣を狙ったテロリストに命を狙われたとか!?
「ああ、御見苦しいものをお見せして済まない」
「どうしたんですか、その怪我」
「少し旧友と殴り合ってね――このざまだよ」
旧友と殴り合ってって――一体何をしたらこんなことに。
「ああ……君達の重婚を認めたことが牛蔵の奴にバレてね……あんなに怒った奴を見たのは初めてだ」
俺たちの重婚のとばっちりだった。
「「「「すみませんでした」」」」
俺たちは四人揃って深く頭を下げた。




