閑話 魅了石
ちょっと時間がなかったのでネタ回で誤魔化そうと思ったら、普通に一本分の量になってしまった問題作です
一階層のロビーに戻り、軽食を食べていた。
最近はPDの中で過ごすことも増えたため、テーブルと椅子を人数分持ち込んでおいたが正解だな。
レジャーシートを敷いて食べるよりかなり楽になった。
今食べているのはミルクが作ってくれたお弁当だ。
お弁当のサンドイッチに挟まっているハムの色を見ていると、さっきの魅了されたブロンズゴブリンを思い出し、ふと考える。
「魅了石って人間に使うとどうなるんだろ?」
「魅了状態になるんじゃない? 基本は魔物と一緒でしょ」
「じゃあ、仲間に当たったら? たとえばミルクの撃った魅了石の弾丸が俺に当たってしまったら、俺はミルクのことを仲間だって認識するわけだけど、それって今と全然変わらないよな?」
仲間に魅了されても仲間のまま。
リスクはないのだろうか?
「姫、知ってる?」
「そうね、魅了を使ってくる敵がいて、そのせいで仲間が裏切ってパーティが壊滅したって話なら聞いたことがあるけど、仲間同士で魅了っていうのは聞いたことがないわね。法律で禁止されているでしょうし」
「試してみる?」
ミルクがハンドガンを取り出して尋ねたが、流石にそれはマズイ。
もしも俺が魅了されてみんなのことを敵と認識してしまったら、俺を止められる人間はこの場には誰もいない。
「だったら、私の分身を魅了してみたら? 分身の一体だけなら何かあっても対処できるでしょ」
そう言って姫が分身を生み出す。
姫の分身で実験するっていうのはなぁ。
「いくら分身だからって、姫に銃を向けるのは……」
「実際、乱戦中にミルクの弾が当たる可能性だってあるんだし、こういうのは早めにわかっておいた方がいいでしょ」
と分身が言うので、ミルクは頷き、ハンドガンの銃口を分身に向けて撃った。
だが、魅了の効果が発現しない。
確か、魅了の発動率は性欲によって決まるとか。
「姫って性欲ないのか?」
「デリカシーの無い質問やめなさい。人並みにあるわよ。単純にミルクの運が悪いだけでしょ」
あぁ、なるほどな。
成功率100%じゃないからミルクの持ち前の運の悪さが発揮されたと。
ちなみに、銃弾は当たっても全く痛くないらしい。
状態異常の弾丸ってダメージゼロなんだな。
「じゃあ、泰良が使えば? 元々石なんだから、投石スキルを持ってる泰良だって使うことがあるでしょ?」
「それもそうだな」
俺は魅了石を何個か取り出した。
姫に言われて、俺は魅了石を姫の分身に投げた。
石が当たって砕けると、姫の顔が少し赤みを帯びた。
一応警戒するが――
「特に変わらないわね。みんなのことも仲間って認識のままだし、自我を失うなんてこともないみたい」
「予想通りね。じゃあもう消えていいわよ」
姫の本体が言うと分身が首を横に振った。
「一応、持続時間の測定もしておきましょ? ブロンズゴブリンだと三分くらいで効果が無くなったけど、人間相手だと違うかもしれないでしょ?」
さすが姫だ。
分身でもよく考えている。
とりあえず、一番の実験が終わったので、席に戻って昼食の続きを食べようとしたら――
「姫?」
「なに、泰良」
「お前、どこに座ってるんだ?」
姫の分身が俺の膝の上に座ってきた。
「仕方ないでしょ。人数分しか椅子がないから、私の椅子がないのよ。それとも私って重い?」
「いや、むしろ軽いくらいだが――」
「だったら問題ないわね」
と姫の分身が言う。
俺は――いや、全員がわかっていた。
これ、魅了の効果だ。
普段の姫ならこんなこと絶対にやらない。
「泰良から降りなさい! 見ている私が恥ずかしいじゃない」
「なんで? 泰良は別にいいって言ってくれてるじゃない」
「いいから降りなさい! 普通じゃないわ。魅了されているのよ!」
「あら、そう? だったらこれも実験ってことで付き合ってもらうわよ。はい、泰良。あーん」
と姫は膝の上で体勢をかえて、向かい合わせに座ると、サンドイッチを俺に食べさせようとしてくる。
俺は断る事ができずにサンドイッチを食べた。
姫の指が俺の唇に触れると、姫はその指を自分の唇へと持っていき、妖艶な笑みを浮かべた。
「姫、やめなさい! 絶対に正気に戻ったら後悔するから」
「そうです、押野さん。一緒にいるのが気まずくなってトイレに逃げ込む未来が見えています! 壱野さんから降りてください」
「イヤよ。私だって普段は我慢しているんだもの。こんな時くらい好きにさせてもらうわ」
と姫の分身が俺の腰に手を回したところで、本体がキレた。
「あなた、いい加減に――」
と本体が分身を無理やり引き剥がそうとしたとき、分身が本体に向かって何かを投げた。
俊敏値の高い回避行動に優れている姫であっても、完全に油断していて、しかも同じ俊敏値を持つ分身からの不意打ちに対処できずにそれに当たってしまう。
すると、姫の本体の顔が赤くなった。
「お前、魅了石を使ったのかっ!?」
さっき使った残りを俺のポケットから出して使ったらしい。
これってどうなるんだ?
もしかして、姫の本体と分身の二人がかりで……と思ったら――
「本体、お願い。ミルクとアヤメが邪魔しないように見張ってて」
「ええ、わかったわ。私のためだものね」
姫の本体が分身の頼みを聞いて、ミルクとアヤメの間に立つ。
あぁ、そうか。
姫の本体を魅了したのはあくまで分身だから、分身の言うことを聞くのか。
ってことは、この分身も俺が命令したらどいてくれるよな。
「なぁ、そこを――」
「泰良――私は分身だからもうすぐ消えちゃうの。だから最後の思い出に――ね」
と分身が上目遣いで言ってきた。
くそっ、そんなこと言ってきたらどいてくれって言えないじゃないか。
「やっぱり泰良は優しいわね。そういうところが好き」
と姫が抱き着いてくる。
「じゃあ、泰良。次は私に食べさせて。お願い」
「なぁ、その前に本体の使ってた椅子が空いたからそっちに座り直さないか?」
「イヤ。泰良の上がいいの」
魅了されているのに俺の命令全然聞いてくれないぞ。
どうなってるんだよ。
「はい、泰良」
姫が俺の手にサンドイッチを渡す。
まぁ、サンドイッチを食べさせるくらいなら。
「『あーん』って言って食べさせて」
「……なぁ、姫」
「なに? 私待ってるんだけど。あーん」
姫が燕の雛みたいに口を開けてサンドイッチを要求してくるが、俺は彼女の顔を見て言った。
「お前の顔の色、普通に戻ってる。魅了の効果、さっきから切れてるっぽいぞ」
俺がそう言った次の瞬間、何を言ってもどいてくれなかった姫が立ち上がり、まるで魅了されたかのように顔を真っ赤にすると――逃げるかのように消えた。
よっぽど恥ずかしかったんだな。
……ってあれ?
分身の記憶は確か消えた後は本体に行くんだよな?
分身が消えたことで姫の本体の魅了も解けているだろう――と本体を見るが、その姿はどこにもなかった。
姫の本体が逃げ込んだトイレから出てきたのは三十分後のことだった。




