キューブ狩り対決
「キング・キャンベルって世界ランキング一位で、GDCグループCEOのキング・キャンベルさん?」
「ええ、そうよ。他のキング・キャンベルを私は知らないわ。娘といってもダディの子どもってそんなに凄いステータスじゃないの。ダディには100人の愛人がいて、子どもがそれ以上にいるから。私はそのうちの一人ってだけよ」
さすが世界一の金持ちで世界一の探索家はスケールが桁違いだな。
アメリカが一夫多妻制を認めていたら全員と結婚していたかもしれない。
でも、百人以上いる子どものうちの一人って、それって子供の名前とか全部覚えてるのか?
「それって寂しくないですか?」
「強い雄が多くの雌を囲うのは普通の話よ。強い男に惹かれるのもね。少なくとも母は自分の立場を不幸だなんて思っていないわ」
彼女はハッキリと言った。
こういうのは外野がとやかく言うものではないのかもしれない。
「それで、その押野さんが俺に何の用でしょう?」
「私の仲間になってほしいの! 契約金として1000万用意するわ! もちろんドルで!」
あまりにも突然の話だった。
1000万ドルって……また桁違いな。
牛蔵さんから空白の小切手を見せられた直後でなければここでも頭がパンクしていただろう。
「どうして壱野さんに声をかけるんですか?」
「そうそう、俺なんて普通の高校生だよ?」
「普通の高校生がうちの特別会員カードを持っているわけないでしょ?」
押野印のブラックカードか。
そうか、ここから俺の情報を得たわけか。
昨日、電話で問い合わせたわけだし、ダンジョンの受付も押野グループの社員だ。
そりゃ、社長の娘である彼女には情報を知る機会もあるだろう。
「いや、これは知り合いから貰ったもので――」
「知っているわ。でも、その知り合いさんは、あなたにカードを持つ資格があると思ったから渡したんでしょ? 少なくとも彼は、なんの意味もなくそのカードを渡したりはしないわ」
押野さんは目を細めてそう言った。
まるで全てを見透かすようなその瞳を前に、俺は一瞬言葉に詰まる。
「強い人とパーティを組みたいの。あなたとなら私の夢が叶う」
「俺はまだレベル27です。確かにこの年にしては強い方ですけど、あなたのコネがあれば、もっと強い探索家と一緒にパーティを組むこともできるでしょ?」
「レベルなんてただの飾りよ。最初のうちはありがたがってるけど、そのうち意味がなくなる」
「どういう意味ですか?」
「レベルを上げるには経験値が必要。でもその必要な経験値は加速度的に増えていく。それに追いつくには、より強い敵と戦う必要があるのだけれど、そのうち頭打ちになる。本来レベルを上げるのに必要な魔物を倒すには、ステータスが足りなくなっていくのよ。特に安全マージンが無くなる二十階層以上になると顕著に差が出るわ。効率よく強くなり続ける。レベルを上げ続ける。深く潜り続ける。ランキングを上げ続ける。それらには才能がいるの。才能がない人は必ずどこかで挫折する。そして、あなたには才能がある。少なくともその年齢でイビルオーガを倒す実力があるわけだし」
「「…………っ!?」」
何故バレたっ!?
俺が倒したってことはダンジョン管理局の人間にしか伝えていないはずだ。
情報が漏洩したのか?
「図星ね。半分鎌をかけただけだったんだけど、そこまでわかりやすい反応を貰えるとは思ってなかったわ」
「何故?」
「あなたが持っている成長の指輪を鑑定したお店、うちの系列店よ? 当然、顧客データは入ってくる。あの日、あなたは万博公園ダンジョンにいた。そして、インターネットの目撃情報からイビルオーガを倒したのは高校生カップルで、一人は緑髪の女の子だったって書いてある」
と押野さんは東さんを見る。
なるほど、鎌をかけるには十分過ぎる状況証拠が揃っていたってわけか。
俺の中で絶対に他人に知られてはいけないと思っているのは、「PD生成」と「詳細鑑定」の二つだけだったので、他の部分が疎かになっていた。わきが甘いと反省する。
「すみません、私の髪が目立ってしまったせいで」
「いや、気にすることはないよ。とはいえ、あれは一発芸みたいなもので、押野さんが思ってるほど強いわけじゃない。少なくともあの時二体目のイビルオーガが出て来ていたら俺たちは死んでた」
「でも、あなたたちは生きている」
彼女の言い分は理解した。
だが、一つだけ気になることがある。
「教えて欲しい。押野さんの――」
「姫でいいわ」
「押野さんの夢ってなんですか? 別にダンジョンに潜らなくても、いまのあなたの立場ならだいたいの夢は叶えられるでしょ?」
なにしろ、押野リゾートを含む押野グループっていえばGDCグループの傘下とはいえ、国内でも最大手の企業だ。
そこの社長の娘なんだから、本当にだいたいの夢はかなう。
ダンジョンで叶えたい夢ってなんだ?
「私はダディに認められたい。そのためにダディより上のランクにいきたいの」
「相手は世界ランキング一位ですよね!?」
「私は目標は大きい方が燃えるのよ」
なんて大きなことを言うんだ。
牛蔵さんより上のランクに行くことをひとまずの目標にしていた俺がちっぽけに思えてくる。
それに、父親に認められたい……か。
家族関係が良好の俺からしたら考えられない願いだな。
「大学だけは卒業しておきたい。今すぐ本格的にダンジョン探索するつもりはない」
「奇遇ね。私も大学生だし卒業までは本格的に動けないわ」
…………ん?
「押野さんって大学生?」
「ええ。私は三月三日生まれだからあなたたちより一学年上なの。この春から京大の学生よ」
見た目小学生なのに大学生かよっ!
しかもエリートっ!?
いや、現在十八歳だったら、だいたいの人は一学年上なのか。
四月生まれの俺や東さん、五月生まれのミルクの方が少数派なんだよな。
この様子だと、俺だけじゃなくて東さんの情報も手に入れているみたいだ。
「壱野さん、彼女とパーティを組むんですか?」
「うん、今日一日一緒にダンジョンで探索して、問題なさそうならね。まぁ仮のパーティだけど」
俺には俺でダンジョンに潜る目的がある。
それを考えると、世界一を目指す彼女とパーティを組むのは共通するところもある。
ただし、正式にパーティを組むかどうかは別の話だ。
「だったら私も一緒に組みます!」
うん、それはさっき決めてたから俺は構わないんだけど。
「でも、その前に確認させてください」
東さんが大魔術士の杖を押野さんに向けて宣言する。
彼女の対抗意識はなんなのだろう?
食事の邪魔をされたから怒ってるのか?
「あなたが壱野さんとパーティを組むに相応しい実力があるかどうかを! お金持ちの女の子ってだけじゃ、彼に相応しくありません!」
「上等よ。私の実力見せてあげるわ!」
なんかもう対立行動が始まった?
とりあえず、移動前にお弁当を片付けるから少し待ってくれ。
三人になった俺たちはそのまま五階層に移動する。
五階層は他のダンジョンと違って少々特殊な魔物が現れる。
ゴブリンとリザードマン、そしてキューブという宙に浮かぶ立方体の魔物だ。
このキューブは攻撃してこない。ただ逃げるだけ。
しかし、その逃げ足がとても速いのだ(足はないけど)。
倒す方法としてはキューブが逃げ出すより先に遠距離攻撃で倒すか、キューブを袋小路に追い詰めて倒すか、それより速く移動するかの三種類のみ。
経験値はゴブリンの二倍くらいある。
と思っていたら、そのキューブがさっそく現れた。
「見せてあげるわ。私の実力を――」
彼女はそう言うと、地を蹴った。
って、速いっ!?
逃げ出すキューブに追いついて、クナイで仕留めた。
「どう? 私はレベル23で俊敏値は250以上あるわ。私の脚から逃げられる敵はいない。あなたにこれができるかしら?」
「やってみせます! 壱野さん! キューブの気配はありますか?」
「キューブかはわからないけれど、あっちに魔物の気配がある」
「行きましょう」
東さんが言う。
俺の幸運値のおかげか、またキューブが現れた。
「あなたは見たところ風系統の魔術師よね? キューブは魔法耐性があるから生半可な魔法じゃ通用しないわよ」
「生半可じゃなかったらいいんですよね。でしたら見せてあげます! 風弾」
大魔術師の杖の効果か、圧縮された風がまるで弾丸のように噴射され、一撃でキューブを砕いた。
そして、Dコインと一緒に鉄の小箱が落ちている。
「やるわね。いきなりトレジャーボックスを手に入れるなんて」
「トレジャーボックス?」
「宝箱みたいなものだよ。中に入っているのは薬や魔石がほとんどだね。D缶と違って簡単に開くし、ハズレもないけれど、大当たりもない」
「壱野の言う通りよ。だいたいキューブ10匹につき1個の確率で落とすわ。そうね、せっかくだしこれから一時間でどれだけトレジャーボックスを集められるか勝負しましょう? これはダンジョン産の懐中時計。ちょうど三つあるわ。いまから一時間後、さっきの階段の前に集合し、トレジャーボックスを一番集めた人が勝者。公平にするため、この階層の地図を持っていきなさい。ハンデとして、さっきのトレジャーボックスはあなたの一個に計算していいわ」
「ハンデなんて必要ありません。望むところです!」
いつの間にか勝負の流れになってないか?
「あの、二人とも?」
「「スタートっ!」」
と二人同時に勝負の開始を宣言し、それぞれ別方向に走っていく。
これって、俺も参加する流れなのか?
俺、遠距離攻撃の手段もないし、俊敏もそこまで高くないんだけど。
※ ※ ※
そして一時間後。
三人は階段の前に再集合した。
結果だが、
東さん――3個。
押野さん――3個
俺――27個
俺の圧勝だった。
「おかしい、なんでこうなったの? ねぇ、東。壱野ってなんなの?」
「わかりません。この結果は壱野さんですから――としか言えないですね」
いや、たぶん倒している数は二人と同じくらいのはずだよ?
東さんは遠距離攻撃で、押野さんはその俊敏で倒したが、俺は袋小路に追い詰められる敵のみを狙ってキューブを倒していった。
気配探知のお陰で敵を見つけるのは楽で、そのお陰で二人と同じくらい倒すことができた。
この数の差は、単純に幸運値だ。
なにしろ、10匹に1個どころか、毎回落とすんだもんな。
こうして、押野さんは東さんを、東さんは押野さんを仲間として認め、仮のパーティ結成となったのだった。
押野姫「姫って呼んで」
壱野泰良「いや、なんか恥ずかしい……客の名前を覚えられないホストみたいだし」
ミルク抜きで仮のパーティが結成されちゃいました。
最初に登場した女の子が正ヒロインのはずなのに。
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