プライベートダンジョン
ダンジョンの中にスマホは持って入れないため、一度部屋に戻ってスマホを置いて、
「ちょっとジョギングしてくる」
と母さんに嘘を吐いてダンジョンに向かった。
庭に出来た階段を下りていく。
今度は無事降りることができた。
誰もいない。
ゆっくり歩いて行くと、そこには換金所があった。
「いらっしゃいませ」
そこにいたのは目と鼻と口だけがある巨大なマシュマロだった。
異世界人ダンポン。
ダンジョンを生み出した張本人だ。
いまでは換金所でしか見ることがなくなったが、ダンジョンができた当初はいろいろなメディアに引っ張りだこだった。
その愛らしい見た目もさることながら、異世界の様々な物を紹介した。
薬だけをとっても痩せる薬、髪の毛が生えてくる薬、病気を治す薬と様々だ。
そして、彼らはその薬を政府や各国の要人、大富豪たちに売ってお金を得た。
そして、その得たお金をDコインと交換している。
Dコインが換金所で現金に換えられるのはそういう理由だ。
「プライベートダンジョンへようこそなのです」
やっぱりPDはプライベートダンジョンの略で正解のようだ。
「お客様は初めてなのですね? プライベートダンジョンの説明は必要なのです?」
「お願いします」
「はいなのです。プライベートダンジョンは、ソロ専用、あなた専用のダンジョンなのです。通常の方法で他の人が入ることはできないのです」
「通常の方法? 他の人が入る方法もあるんですか?」
「あるのですが、それは自分で探してほしいのです。次に、プライベートダンジョンの中は外に比べ百分の一の時間しか流れないのです。ここに一年間いても、外の世界では三日と半日程度しか経過していないのです。それに伴い、肉体の成長、老化も百分の一しか進まないのです」
完全に停止するわけじゃないのか。
「次に、プライベートダンジョンの生成する際の注意なのですが、半径五百メートル以内に他のダンジョンがあると、中で繋がってしまう可能性があるのです。その場合、こちらから他のダンジョンに行くことは可能なのですが、他のダンジョンからプライベートダンジョンに直接戻ることはできないのでご了承くださいなのです。また、他のダンジョンに移動した瞬間に、時間の流れは通常に戻ってしまうのでそちらも注意が必要なのです。それと、二箇所以上同時に開くことはできないのでこちらも注意してほしいのです」
「オッケー、理解した」
この辺りはダンジョンがないから問題ないな。
「ダンジョンはどこにでも作ることができるんですか?」
「作ることができる場所は、広くてダンジョンの中以外ならどこでも可能なのです」
この場合、地下に別の部屋があったらどうなるんだって疑問があるかもしれないが、そもそもダンジョンは本当に地面の下にあるわけではなく、異空間であるから問題ないらしい。
「次に、プライベートダンジョンは実際に行ったことのあるダンジョンの階層の情報を元にしたダンジョンしか生成することができないのです。お客様は梅田ダンジョンの一階層以外に行ったことがないので、そこから派生するダンジョンしか生成できないのですよ」
逆に言えば安全マージンは確保されているってことだよな。
プライベートダンジョンに潜って、いきなりドラゴンに遭遇する――なんてことはないわけか。
「最後に、プライベートダンジョンでは魔物や宝箱の発生頻度を調整することが可能なのです。調整できるのはこの部屋のみとなりますのでご注意ください」
「設定の変更? 宝箱が山ほど湧く部屋も可能ってことか?」
「いえ、宝箱と魔物の発生頻度は連動していますので、宝箱だけというのは不可能ですね。湧く頻度も通常の五倍までになっているのです」
梅田ダンジョンに出るスライムだったら棍棒一撃で倒せる。
五倍の量現れても平気だろう。
結構都合のいい設定だ。
魔物を独り占めできる上に出現量五倍だとか。
「武器のレンタルもしてますか?」
「当店ではレンタルではなく販売のみとなっているのです」
そういえば、梅田ダンジョンで武器を貸してくれるのは経営者でダンポンは携わっていなかった。
「棍棒はいくら?」
「10Dなのです」
「D? ってDコイン?」
俺は黒いDコインを見せる。
換金所もあるかもしれないと思って持ってきた
「はい。そちら10枚で販売しているのです」
「黒いコイン10枚……500円か。逆にDコインの換金はできますか?」
「生憎、このダンジョンは政府、企業との取引がないため、現金への換金は難しい状況なのです。他のダンジョンと繋げていただけましたら、そのダンジョンのダンポンと交渉し、融通することができますのでそれ以降お願いするのです」
ダンポン同士で取引とかもあるのか。
「説明は以上になるのですが、できることなら、Dコインはある程度当店に預けてくれると嬉しいのです。持っているDコインが少なすぎると詳しくは言えないのですが個人的にちょっと困ったことになるのです」
「……はい、わかりました。全部とはいかないまでも、ある程度は預けます。これからダンジョンに潜ってみるので、魔物の湧く速度五倍でお願いします。それと棍棒も買わせてください」
「はい、お気をつけてください」
ダンポンから棍棒を買い、俺は礼を言ってダンジョンフロアに向かう。
金属の扉がある。
梅田ダンジョンは開きっぱなしになっていたが、今は閉じていた。
その扉を思いっきり押して中に入ると――
いきなりスライムがとびかかってきた。
「ひょっ」
恥ずかしい声を上げながら、俺は咄嗟に棍棒を振り下ろす。
スライムはその一撃で倒れ、Dコインが落ちた。
梅田ダンジョンだと何時間も並び、さらに何十分も待たないと倒せなかったスライムがこうあっさりと。
さらにダンジョンのあちこちにスライムがいた。
俺はほくそ笑む。
これが俺の求めていたダンジョン生活だ。
まるでスイカ割りのスイカのようにスライムを次々に倒していく。
Dコインを集める方が時間がかかるくらいだ。
そして――
――――――――――――――――――
壱野泰良:レベル2
換金額:10D(ランキング:10M over〔JPN])
体力:17/17
魔力:0/0
攻撃:5
防御:4
技術:6
俊敏:4
幸運:103
スキル:PD生成
――――――――――――――――――
レベルアップしてる!
あと、棍棒を買った行為も換金とみなされるらしく、ランキングに載っていた。
日本人ランキング1000万位より下ってことか。
確か、トップランカーになると、日本ランキングと世界ランキングが同時に出るって話だったが、俺にとっては縁のない話――いや、PDがあれば完全に縁がないとは言えないか。
とにかく、レベルを上げるぞ!
と思ったら宝箱を見つけた。
当然、中身を見る。
入っていたのは長い剣だった。
棍棒卒業と行きたいが、装備できない。
適正レベルとか、剣術スキルの有無とかではない。
ダンジョンで手に入れた武器が刃渡り15センチ以上の剣である場合、緊急時を除いて許可なく使用することを禁止するという法律が存在するからだ。
それを破った場合、ダンジョン内であっても銃刀法違反で逮捕される。
一度ダンジョンの入り口に持ち帰り、ダンジョンの管理者経由でダンジョン産銃砲刀剣類登録証を入手しなくてはいけない。
プライベートダンジョンで見ている人間が誰もいない、地下なのでお天道様すら見ていないって言っても、ルールは守らないと。
あと、持ち歩いていたらやっぱり重いので、一度それらを持って帰る。
帰ると、ダンポンがゲーム〇ーイをしていた。
随分とレトロなゲームだ。
てか、手も足もないのに念動力で器用に操れるものだなぁ。
ゲームソフトが気になるところだが、俺の知らないゲームだと思う。
「コイ〇ングが500円? これは買いなのです」
ダンポンが呟いた。
……あぁ、うん。
何のゲームかわかった。
「あのぉ」
「あ、お客様、お帰りなさいなのです」
「ただいま。すぐ戻るけれど。この剣の所有申請できますか?」
「はい。二日ほど時間がかかるのですが可能なのです」
とダンポンがパソコンを取り出した。
剣の所有用の申請、パソコンでするんだ。電源ケーブルだけでLANケーブル繋がってないってことは、この部屋Wi-Fi飛んでるんだ。ていうか電気も届いてるのか。
俺はスマホやパソコンは持ち込めないけれど、ダンポンは持ち込めるらしい。それとも、ダンジョンで発掘されたのだろうか?
「武器の預かりは三本まで無料、剣の所有申請は20D必要なのです」
1Dは黒コイン一枚で、黒コインは50円で換金できるから1000円ってところか。
黒コインはスライムがいっぱい落としたので支払いは余裕だ。
剣を預かってもらった俺は、手に入れたDコインを全部ダンポンに預け、ダンジョンに戻る。
さらにスライムを狩り続ける。
三時間くらい狩ったところで、レベル4になった。
その時、スライムが消えた後に残ったのは黒コインと一本の一升瓶だった。
これは――
「スライム酒か!」
スライムが穀物等を食べて体内で発酵させた……らしいお酒だ。
ドロップ率は驚異の0.1%――つまりスライム1000匹に一本の割合で出る。
スライムのドロップアイテムの中では激レアだ。まぁ、スライムなので値段は知れているが、それでも3万円はくだらないはず。
これも俺一人で独占できるんだ。
そりゃ数時間スライムばっかり倒せばスライム酒も出るよな。
「レベル10までスライム7000匹……スライム酒7本……21万円か」
思わず笑みが零れた。
ただ、今日は疲れたので、一度家に帰ることにした。
家に帰って玄関に戻ると、ちょうど父さんが帰ってきたところだ。
こんな時間までお仕事お疲れ様です――って思ったけれど、まだ夜の七時か。
ダンジョンの中にいたせいで時間の感覚がおかしいことになっている。
「ただいま。ダンジョンはどうだった?」
「ぼちぼち……あ、これダンジョンで出たから飲んでいいよ」
「これ……スライム酒じゃないかっ! 売れば凄い額になるぞ」
うん、3万円は凄い額だ。
「いや、父さんから貰った小遣いで入ったダンジョンで手に入れたものだし」
「……ありがとう。大事に飾って、お前が二十歳になったら二人で開けて飲もうな」
まるで初任給で子どもからプレゼントを貰った親のような表情をしている。
いや、父さんからしたら同じような気持ちなのかもしれないが。
「大袈裟だって。欲しければまた取ってくるから。パーっと飲んじゃいなよ」
「また取って来るって、そう簡単に――いや、そうだな。うん、その時は頼む」
父さんはそう言うと「わかってるよ」という顔をして深く頷いた。
そして、家に帰ると――
「タイラ、もう帰ったの? いま出て行ったばかりじゃない」
と母さんに呆れられた。
ジョギングに行って数分で帰ってきたように思われたのだろうな。
――――――――――――――――――
壱野泰良:レベル5
換金額:30D(ランキング:10M over〔JPN〕)
体力:26/26
魔力:0/0
攻撃:11
防御:9
技術:13
俊敏:12
幸運:110
スキル:PD生成
――――――――――――――――――
うん、レベル5になった。
とはいえ、レベルは上がるにつれて必要な経験値も増えていく。
集めたメダルを全部ダンポンに預けたところ、昨日の分と合わせて合計1281枚だった。30枚は既に使っているので1311枚。
レベル10になるためにスライムを7000匹倒す必要があるというから、あとスライム約5700匹。
まだまだ先は長い。
ありがとうございました
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